気付いたら、節分も過ぎてましたね……ごきげんよう。
先日、Xのアンケート機能を使って、近況ノートのssの四択をしていました、が。間違って消してしまいました……!
投票されていた方、申し訳ございません。
恐らく、最初にいただいていた票が『天と咲む』でしたので、今回はこちらのお話の小話を。
完結したものですと、脳内で好き勝手に動くぐらいには育っているので比較的、ssは書きやすいのです。ならば、近況ノートに活かそうと思いましたが、いつまで続くかわかりません(にっこり
完結後のお話になりますので、そこをご了承の上、読み進めてください。
何となく恵子さんが好きとおっしゃってくださった方が票を投じてくださったかな???と思ったので、葵と恵子のお話です。
甘くもないし、何なら、続きが気になる感じになりましたが、まぁ、おいおい……おいおい、ね?
一ヶ月ほど経過しましたら、サポーター限定設定にしようと考えております。あらかじめ、ご了承くださいませ。
((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆=͟͟͞͞ ◦⚬°。゚。˚.º
恵子《けいこ》に恵方巻きを一緒に作ってほしいと言われた葵《あおい》は彼女を実家に招いた。干瓢を煮て、ほうれん草を茹でて、厚焼き卵を焼いて、高等師範学校の時の恵子と比べると見違えるような手際の良さに驚きつつ、あれから三年たつのだと懐かしさを覚える。
見本を巻いて見せている時に、ぽつりと呟いたのは恵子だ。
「結婚したの」
葵は、巻きすを見下ろしたまま固まってしまった。
結婚が決まった、ではなく、結婚『した』。
恵子だけになったとはいえ、胡桃谷家は名家中の名家。千年近くの系譜を持つ家がそう簡単に結婚を済ませていいものではない。
先日、会った初詣では何も言っていなかったが、その時、すでに決まっていたということだろうか。親族だけで済ませたのかもしれないが、宴の案内もなかったはずだ。
数瞬で思考を巡らせた葵は、やっと顔を上げることができて友の顔を見ることができた。
いつも輝いている瞳は長い睫毛で影を作られ、愛らしい唇はきゅっと絞られていた。作り物めいた面ばせに、彼女の本心に触れられないと葵は息を飲む。
視線に気が付いた恵子は、さっと表情をすり替えた。生来の明るさと天真爛漫さを含ませた笑顔で、歌うように軽口を叩く。
「お相手を聞いたら、きっと驚くわ」
「聞いてもいいんですか」
躊躇いがちな声に、もちろんと朗らかな声が返された。恐々と先を待つ葵に、飛びっきりの秘密を明かすように恵子は笑む。
「佐久田匠さんよ」
え、と溢した葵は今度こそ思考が止まった。優秀なのか馬鹿なのか、口だけは勝手に動く。
「さくだ、たくみ、さん」
「そうよ」
「たくみ、さん?」
「ええ、匠さん」
誰かはわかっているのに、頭は理解を拒んでいた。
葵の想い人の兄であり、軍人であり――恵子が慕う人だ、なんて。
経緯を求める内心を読まれたのか、恵子は労るように目元を和ませて、巻かれた恵方巻きを皿に取り上げる。
「匠さん本人が、私の住んでる借家にいらっしゃって、結婚する手筈になったと申されたの。理由を尋ねたら、上司の命令だって分かりやすく笑っていたわ」
如月にしては温かい陽射しの中、のびやかな声だった。
横から伸びた手に、海苔をひかれ、酢飯をのせられた。なされるがままの葵は降り積もる言葉に耳を傾ける。
「それからあっと言う間よ。次の週には仮病で休まされて、ほとんどない家財と荷物をまとめて匠さんの家。挨拶もそこそこに布団も並べなかったわ。たまらずに訊ねたら――胡桃谷の爵位を持てと言われたらしいの」
とんだ上司ねって言ったら、そこだけは同意されたわ、と恵子はあっけらかんとしている。
呆然と聞いていた葵は、冷水を浴びせられたような心地になった。声をかけたいのに言葉が見付からず、そうですか、と無難に返すことしかできない。あまりの歯がゆさに目頭に熱さを感じて、力を入れた。
恵子は気付かないふりをして肩をすくめる。
「一応、嫁いだ身として、妻らしいことをしておこうと思って、葵さんにすがりつきに来たわけ」
「いくらでも頼ってください」
「お忙しいでしょう、葵さんも」
「忙しいのは恵子さんもでしょう? 休まれた分の仕事もありますし、それが終わったら年度末のまとめもありますし――」
そこまで言って葵は気が付いた。結婚したというならば、恵子が教職を辞めてしまうのではないか、と。
青ざめる葵に、恵子はけろりと返す。
「仕事は続けてもいいと言われているの。匠さんもお仕事で家を空けることは多いらしくて、家が変わるだけで今まで通りの生活をするように、て」
家が変わるだけってと眉を下げる葵に、茶目っ気たっぷりな恵子が姑もいらっしゃるわよ、と付け加える。
「……その、お義母様はどのような方ですか」
ますます眉を下げた葵は、興味に負けた。笑顔の裏で計算高い詞《つかさ》と、冗談とも本当とも取れる豪胆な発言をする匠の母が全くもって想像できないからだ。何かの折りに訊ねた時の詞には、気弱な人ですよと当たり障りなくはぐらかされた。
心配と興味と申し訳なさが押し合う友であり同僚に、恵子は心から笑う。
「同じ人間なんだから、そう恐ろしいものではないわよ」
下がる葵の肩を叩きながら、言葉は続く。
「ささ、お義母様をびっくりさせたいから、ちゃんと教えてくれないと困るわ」
「一緒に作られないのですか」
「だいたい床に伏せっていらっしゃるから、難しいでしょうね」
ころりと転がり落ちた疑問に、ぽろりと言葉が溢れた。
顔色が逆戻りした葵を見た恵子は、またやってしまったわと口を手の先で隠す。余計な心配をさせまいと隠していたことは明白だ。誤魔化すように自分の巻きすにも海苔と酢飯を並べ始める。
「干瓢の位置はここ?」
「家事に加えてお義母様のお世話もあるなんて、恵子さんが倒れてしまいます」
何事もなかったように振る舞う恵子は、葵の真剣な眼差しに気まずげに瞼を伏せた。嘆息混じりに話す声は、言い訳じみている。
「家事は通いのお手伝いさんに頼んでるから問題ないの。私のやることと言ったら、お義母様とお話するぐらいよ」
それは結婚というのかと言いたくなる口を葵はつぐんだ。恵子は恵子として納得したことに口を出すべきではないが、どうも釈然としない。
唇を噛み締める葵に恵子は仕方なさそうに破顔する。
「面倒なことに、手持ち無沙汰な爵位欲しさに言い寄ってくる人がいたの。物みたいにあげれたら楽でしょうけど、家を取り潰すのも申し訳なかったし、ちょうどよかったのよ」
「ちょうどよかった、て、そんな」
「あら、葵さん。私、野心家なのよ」
茶目っ気たっぷりに細められた瞳は、何処と無く色っぽい。桜色の小さな唇に弧を描いて、恵子は冗談めかして言う。
「今は無理だろうけど、時間をかければ絆されてくれないかしらと思ってるの」
友人の精一杯の虚勢を葵は鼻で笑うことはできなかった。一度、唇を噛み締めて彼女と同じ調子で応える。
「野心家な恵子さんにいいことを教えてあげます。匠さんは嘘をつく時、笑って眉間に皺を寄せるんです。ほんのちょっとだけ、可笑しくて堪らないと見せかけて」
覚えておいて損はないでしょと付け加える葵に、いいことを聞いたわと恵子は悪い顔をした。
二人同時に吹き出して、巻きすに向き直る。
巻き方のコツを教えて、初めてにしては様になった巻き物が出来上がった。
やれば出来るものね、と自画自賛する恵子に、葵はまだまだ巻きますよと発破をかける。
友のゆるむ顔につられて恵子も頬を綻ばせた。
生来の彼女らしい笑顔が、はっと変わったのはその後だ。
「そうよ、葵さん」
「はい、何でしょう」
「フミさんにはまだ言わないでおいてね」
きっと海に突き落とされるわ、と続く言葉に、葵も深く同意した。