Under the Storm

新巻へもん

あらしの昼に

 先ほどまで向かいの建物の白壁からの照り返しが眩しいほどだったのに、辺りがすっと薄暗くなる。

 男は凝視していたモニターから視線を外して窓の外を見た。

 何かインスピレーションが降りてきたような気がするがその欠片は意識からふっと消えてなくなる。

 キーボードから手を離すと椅子から立ち上がった。

 ずっと座りっぱなしで強張った腰をトントンと叩き窓辺に寄る。

 窓をほんの少しだけ引き開けると冷たい風がさっと吹き込んだ。それと共に雨の匂いがする。

 男は少しだけ考えた。

 結局、ベランダに干してある洗濯物を中に取り込む。

 窓を閉めてピンチハンガーから洗濯物を外していると、ポツポツときたと思ったらすぐにザーッと土砂降りとなって雨が降り始める。

 吹き込んでくる雨はベランダの床で跳ね白いしぶきを激しく跳ね上げた。

 瞬く間に水が溜まり、水しぶきは窓ガラスの下の方を汚す。

 間一髪で取り込むのが間に合ったなと思いながら、男はパソコンのモニターに視線を移した。

 文字が打たれているのは最初の数行だけ。

 今日はなかなか筆が乗らなかった。

 嘘である。

 今日も、としないと正しくない。

 まあ、集中していたら折角乾いた洗濯物が濡れて、もう1度洗濯機を回す羽目になったのだから結果的に良しとするか。

 洗濯物を畳んでしまうと、大通りに面した窓辺に近づき下を覗いた。

 急な大雨に傘の用意もなくずぶぬれになりながら走っている人の姿が見える。

「見ろ。人がゴミのようだ」

 しゃべる相手とていないアパートで、久方ぶりに発した言葉がこれであった。

 そんな感慨がわき上がる自らの性格の悪さに思わず口元が微笑を形作る。

 他人様を評してゴミと言っているが、世間一般的には自分の方がゴミだろう。

 平日の午後2時半。

 世の中の大半の人は働いている。

 急激に下がった気圧のせいだろうか、男は眠気を覚えた。

 眠気覚ましにコーヒーでも淹れるかと戸棚に歩み寄る。

 取り出したプラスチックの包みを引き裂いて中からペーパーフィルターに包まれた珈琲豆を取り出した。

 その途端に香ばしいものが鼻腔を満たす。

 フィルターの端を千切りマグカップの上にセットし、電気ポットのお湯を注いだ。

 勢いよく出るお湯にグラインドされた珈琲豆がフィルターから溢れそうになる。

 慎重に何度かお湯を注ぎたし、静かに待った。

 雨だけでなく風も出てきたのか窓に直接大粒の雨が吹きつけザアッザアッと音を立てる。

 古いアパート自体も風に揺れて家鳴りがした。

 夜になれば上下左右の部屋の様々な生活音が響くが、この時間は誰も居ないのか雨と風の音だけが包み込んでいる。

 ペーパーフィルターを捨て、マグカップを抱えるようにしてパソコンの前に戻った。

 湯気に唇と鼻を湿らせてから一口すすり目をつぶる。

 激しい風の音、叩きつける雨、身体に伝わる振動。

 荒れ狂う自然と男を隔てるのはガラス1枚だけだった。

 実は世界はもうすでに滅び、最後の人類である自分がセーフハウスに1人取り残されている。

 ふとそんなことを考えた。

 目を開ければ、マグカップとほぼ一面白いモニターが視界に飛び込んでくる。

 でも、これが人類終焉を迎えた最後の人間の走馬灯でないという保証は何もない。

 太古の人類も自然の猛威におびえながら薄暗い洞窟の中で色々な想像をめぐらせたのかもしれないな。

 妙に壮大な気分になりながら、男は脳内に渦巻く物語を文字に置き換えようとキーボードに指を走らせた。

 

-完-

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