余談(みなまでいうな)

 退屈を持て余して、このような書き物など。このようなス

ウキな人生を記してみるのは、面白いことでしょう。

 まずは生まれが酷かった。

 物心付いたときには、既に軽業の見世物に売られ、いろは

ひふみも知らぬ憐れな子供でございました。

 ところが、自分で言うのはオモハユイのですが、私は美し

く育って参りました。露骨に言えば金持ちのヒヒジジイども

が、主(あるじ)に私を売れと持ち掛けてくるようになった

のです。

 一人二人ではなかった様で、これは金になると、主は更な

る価値を私に付ける為、読み書き手習いをさせ、その費用を

ヒヒジジイどもから巻き上げることで、どいつが一番金離れ

が良いかを見極めているようでした。

 私も知恵が付いてくるにしたがって、このままでは面倒な

ことになると、察するようになりました。当時、九州の片田

舎より遊学に来ていた、庄屋のソウリョウ息子と恋仲になっ

ていたもので、主もヒヒジジイどももジャマでジャマで仕方

がなくなった。

 そんなとき、あの商家の八重という娘に出会ったのです。

お花のお師さんが、あの娘と同じだったことが縁でした。

 八重は、いささかロマンチシズムが過ぎる娘で、私のこと

をお姉さまと呼び、恋人にセッするがごとくで、いささか気

色の悪いことでございました。

 そのグチを恋仲の男に伝えると、すぅっとアオザメて、八

重のことを根掘り葉掘り訊いてくるではありませんか。

 ジンジョウではないその様子に、私も問い詰め返しました。

すると、アゝ、事実は小説よりも奇なりとはまさにこのこと。

八重は、この男の生き別れの双子だと。

 何でも昔、村に流れてきたエラい占い師に、「双子が生ま

れるとお家が潰れる、と予言された」とかで、生まれてすぐ

に引き離されたと。確かに、この男と八重の顔立ちには非常

なソウジがありました。

 産婆一家に八重を預け、大金を与えて村から出し、当時の

使用人も全てヤめさせたと、あの男は申しました。使用人に

66 皆まで言うな

双子のことは伏せていたものの、気心が知れている者がソバ

にいると、心の弱い母親がいつザンゲをしないとも限らぬの

で、その用心をしたという徹底振りだったようです。

 ここで、私の頭に、計画がヒラメイた。

 私は八重の気持ちを逆手に取り、彼女と同性愛(エス)の

関係を持ちました。すぐに八重の家の知ることとなり、こと

のついでに八重は、自分の出生を義母より告げられました。

 混乱する八重に、お前はどうせ跡取りの為だけに育てられ

た、あの両親にとっては家をツがせる道具に過ぎないんだよ

と吹き込み、キレツを決定的なものにしました。

 そして私と八重とで……雨降りの後の……川に……。この

所業、何を隠そう八重本人が言い出したことです。家に帰る

ので迎えに来てくれと、育ての親達を人気のない小さな橋の

タモトに呼び出したのは、八重の手になる文でした。

 あの二人を殺すつもりはなかったのですが、これで勢い付

いたのは間違いありません。

「暫く身を隠し、官憲の目を逃れよう」と、とあるツテを使い、

関東の人買いに八重を売りました。「大丈夫、私も一緒だよ。

奉公先でまた会おう」と騙したのですが、生きていれば今頃

どうしているでしょう。

 このときに手に入れたお金で、主の元から逃げました。あ

の男の決心が付くまで、暫く掛かりましたが、逃げ切れたの

は実に幸いです。

 男をタき付け、私を「八重」と「妹」として、連れ帰るよ

うに仕向けること。これは手強かった。

 妹として連れ帰るのならば、私と一緒になれないのは明白。

そこを私が主から逃げおおせる為には、どうしてもと説き伏

せ、云を言わせたときには、心底胸をナデオロシタものです。

 庄屋に入ってからですが、最初は上手くいきました。両親

とも、娘を手放したことを、ずっと後悔しておったようです。

特に、父親は全く似ていないにもカカワラズ、私を疑いませ

んでした。これは最後のサイゴまで、私の手で細引きで首を

絞められ、絶命する瞬間まで信じていたことでしょう。

 ほつれは、ウワサ好きのおシゲがきっかけでした。庄屋が

私を、何かにつけソバに呼び寄せることに不潔な想像をタク

マシクしたのです。

 コトアル毎に私に当てコスリを言い、ついにお内儀の耳に

まで。

 アンノンとしていた私に、またも居場所がなくなる恐怖が

降り掛かってきたのです。

 殺すつもりはありませんでした。なんとか言いくるめよう

としたのですが、オゾマシイ妄想に取りツかれたお内儀に襲

い掛かられ、つい返り討ちにしてしまったのです。これは誓っ

て、私のイトするところではありませんでした。

 丁度、息子――あの男が留守をして、家の中にはお内儀

の他に、庄屋、カマ炊き、中年の女中、おシゲ、皆、ばらば

らに居てくれたので助かりました。こうなったら、全部壊し

てしまうしかないのです。

 おシゲだけは、暫く生かして苛めて仕返しにしようと決め

ましたが、あとは何の罪もない可哀想な人達なので、一思い

に絞め殺してあげました。

 男が帰ってきてから、お内儀に殺されそうになったことを

告げますと、さもありなんという顔をして、「お前が無事で

よかった」とだけ言われました。何か感じるものはあったの

でしょう。

 私は「官憲は女一人でこれをやったとは信じてくれないで

しょう、アナタに罪をカブせられることがあっては」と、泣

いて見せました。

 そしておシゲだけ生かしている訳を、「これ以上の殺生は

できないし、アナタに罪はないことの証人になってもらいま

しょう」と、でまかせを言いました。

 男は、面白いくらいよく言うことを聞きました。始末がし

やすいよう死体を一マトメにさせ、母親の首を切らせ、私の

着物を着せたその胴体を道祖神の裏まで運ばせました。これ

は「八重」という存在を消し、安全に逃げる為です。

 証券や色々なものを換金させるのには、気を遣いました。

あまり一度に片付けると危険が伴います。早く村を出たいの

はやまやまでしたが、ここがシンボウのしどころでした。男

も、黙々と従ってくれました。

 その、肝心の男ですが、財産を換金させ終わった日。「さぁ、

そろそろ逃げないか」と、振り返ろうとしたそのままの姿勢

で、他ならぬ私に絞め殺されました。残念なことですが、犯

人は「庄屋の息子」ということになってもらわないと、この

先、私が困るのです。

 最後の支度です。お内儀を殺して、既に半月が経っていま

した。全ての罪をカブせる為に、死体は誰のものか分からぬ

ように、特に念入りに始末せねばなりません。

 それには頭を悩ませる必要はなく、屋敷もろとも焼くと決

めていたのです。納屋には油が、たっぷりとありましたから。

 苛め殺そうと思っていたおシゲですが、これがなかなか死

にません。ちょっと思いついたことがあったので、逃がして

やると嘘をつき、お内儀の着物に着替えさせました。そして

首を絞めて殺しました。

 今度は私が首を切り、猫車で運んだ胴体を、寺の土塀に寄

り掛からせて晒したのです。前の死体だと歳を取り過ぎてい

て、八重だとは思われなかったかもしれないという不安が、

今さらながら湧いてきたのです。

 これで、八重は確実に殺されたのだと思わせられるだろう

か。いや、それとも単純にお内儀が息子に殺されたと騒いで

終わるのか。

 ところが、これはやり過ぎだったようで、まだ逃げる用意

が終わらぬうちに、村人達がタイキョしてやって来ました。

塀の外から、大勢の話し声と長いエモノが見えたときには、

肝が冷えたものです。

 大慌てで、残った油をマキ散らし、火をツけました。庄屋

親子の死体は特に油漬けにしていたので、大丈夫だとは思い

ましたが、気が気ではなかったです。

 現金などを入れたカバンと、二つの首を入れた木箱を背負

い、フスマに足指を掛け天井に潜り込みました。あれほど嫌

だった軽業が、ここで役に立とうとは。

 そのまま逃げればよいものを、荒々しい気配に、ついうっ

かり頭を出してしまったのはサダメでしょうか。

 棒を持った、髭の濃い男と目が合いました。

 あの瞬間、私は死ぬ覚悟さえ決めました。その上でこの顔

を見せつけたのです。このカイワイで、これより美しい顔な

どあるはずがない。この男をトリコにすることができるかと、

賭けました。

 追ってきた彼が天板を突いたとき、私は逆さにそこから下

がり、セツプンをしてやりました。そのときの男の瞳と言っ

たら。私は賭けに勝ったのです。

 その男、辰男は、私の目と手になりました。首のない二体

の死体を、村人達がどう論じたか、辰男を通じて知りました。

 しかしまだ弱い。

「八重の死」を確定させなければならない。その為には、や

はり「八重の首」を出さないとなりません。用心をし、変装

には大阪で覚えた男装を使い、幼い子供を狙いました。しか

し、これは上手くいかなかった。

 なので、考えていたもう一つの方法を取ることにし、辰男

に頼みごとをしました。

 その夜、案の定、騒ぎになり、色めき立ったまではいいの

ですが、それだけでした。やはり「八重の首」を皆の前に転

がさないと、「八重の死」は絶対ではない。天井裏でハガミ

しました。

 年寄りが、今日の出来事を警察に届けるよう提案したので、

自然な流れで辰男が村の外に出ることになったのですが、ま

さか警官が先に首を見付けることになろうとは。

 あれには参った。

 おシゲの汚い前歯を全部タタキ折って、「八重」の首とし

たものを。あの不器量なツラを私のものとごまかす為に、ど

れだけ工夫してクヅしたものか。ああ、思い出しても腹が立つ。

 あの男が「見付ける」前にその計画はツイエタので、その

首はお内儀の首の待つ谷底にケり転がしてやりました。

 しかし、もう潮時だと悟っていました。

 もうこの村にいる理由もない。早く逃げ出すほうがトクサ

クだと。しかし首のことは、腹が立って収まらない。

 出ていくときに、また昨日の子供らに会いましたので、な

んとなくやけっぱちな気分になり、大きな糸切り歯をムき出

しにして笑ってやりました。

 この歯のことを、親に告げる子はいただろうか。例え告げ

ても、親が「八重」のトクチョウだと気付くか否か。思えば、

馬鹿な事をしたものです。

 辰男を連れて出たのは、生き証人を野放しにするようなマ

ネをしない為ですが、本人は、私と一緒になるのだと信じて

いる。

 とことん醜い部分を晒していても、私という女は元来心根

の優しい女だと思い込んでいるのです。とんだオロカ者です。

 私のこの告白は、書いてるソバからその男の目の前に広げ

散らかしてあるのです。しかし、満足に字が読めないことの

哀しさよ。

 ここを書いている今も、目の前でミカンを食べながら「お

い、目の悪くなるばい」なんて言っているのですよ。本当に

馬鹿で、ロドンで、呆れるではありませんか。

 最初はこのイタヅラも面白かったのですが、もうアきました。

 そろそろ、もういいでしょう。辰男にとっての救いは、愛

しい私の手で死んでいく、と、いうことです。

 この愚か者は、いくらノゾき込んでも、分かりはしな

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