聖域のベルベティトワイライト

月魄

第1話 出会い



「丁度良いところに来たな。コレを森で拾ったからお前にやろう」


 陽が沈み美しい月が大地を優しく照らすなか深い森から戻ってきた数百歳ほど歳の離れている姉が開口一番こう言ってきた。

「…コレというのは、エレシアス姉様に連れられているその……娘のことですか?」

 ボロボロの服を着た娘の髪の色は、この国では見かけない黒髪で瞳の色は紫をしている。姉の手を握っている黒髪の少女は正気の無い人形の様で僕にはそれがとても印象深く目に焼き付いた。

「ああ、そうだ」

 余りにも突然の出来事に暫く言葉を失っていると娘の手を引いているもう一人の姉が口を開いた。

「お姉様、もう少し状況を詳しく説明してあげないと…ほら、フェリシオンが面食らっているじゃありませんか」

「…ふんっ。思い出すだけでもイライラしてくるからエレシアス、後は任せるわ」

 そう言うと不機嫌なオーラを纏っている一番上の姉は従者を率いて自室に戻って行ってしまった。状況が全く飲み込めない。


「一体何があったのですか…?」

「今日は、数年に一度アルテリアお姉様が楽しみにしていらっしゃるお忍びで結界外の世界…所謂人間族の国を散策してその帰り道の森でこの娘と母親が村人達に襲われていてね…」

「…賊では無く、村人に?」

 訝しがる僕に姉が見せたのはその娘の耳の形状だった。

 我々エルフ族に近い先がやや尖った形状。

「これは……」

「おそらく人間と何らかの混血でしょうね。発見して駆けつけた時には、母親であろう者が血塗れで倒れていたわ。見た目を恐れた村人たちに襲われたか或いは何かの儀式か…それとも贄として使われそうなのを必死で逃げてきた……というところではないかしら」

 やれやれといった様なため息混じりで二番目の姉は、事の経緯を教えてくれた。

 どうやら娘を救った時には既に母親の方は息が絶えていたそうで母親の遺体は先程結界内の森の一角に埋めて弔ってきたとの事。

「我らの領域(森)で出会ってしまったし、アルテリアお姉様ってああ見えてお優しいからこれも何かの運命と思ってこうやって連れ帰って来たというわけなのよ。ほら、貴方に与えた妖精の時の様にね」

「経緯は大体分かりましたが…妖精と人間族では訳が違いますし…こ、この娘…じょ、女性ですしっ…側に置くとしたら僕ではなく姉上達の方が宜しいのでは…?」

「あいにくと私たちには充分過ぎるほどの従者が付いてくれているわ。それに引き換え貴方は世話係が一人しかいないじゃない。貴方も王位継承権を持っている身としてそろそろ異性が苦手なのを克服していってもいい頃でしょう」

「我々の国は男系継承制ではなく魔力値が高い者が次期君主になるのでは?それならば僕ではなくて間違いなくアルテリア姉様でしょう」


「お姉様は……あの呪いが解けないと無理でしょうね…」

「…あ」



「そういうわけでこの娘は貴方に任せます」

 これが黒髪の彼女との出会いだった。



 此処はエルフが治める地。

 神々と精霊たちの加護を受ける数少ない種族、それがエルフ。

 二足歩行の種族の中で最も寿命が長く、魔力の強い者もいれば武に長けた者、星の導きの才を持つ者に精霊に愛されそして使役に長けた者など其々にあらゆる能力を持って生まれる。

 エルフ族の国は現在四つ存在し、三つはハイエルフ残り一つはダークエルフで構成されている。


 僕が生まれた国は、基本的に多種族とは距離を置き秩序を好むが、今の王…つまり僕の父の代になってからは、その辺りが寛容になり誤って迷い込んでしまった人間の記憶を抜いて帰したり特別な権限を持った一部の階級の貴族だけは外界の特定の地域の民族と貿易などもする様にもなった。

 意味も無く外界に降り立つのは許されないが、王家の血筋の者にしか広範囲の結界を張る能力が備わっていないので姉達は数年に一度、自分たちの魔力で人の姿に変化し結界の張りなおしという体で数名の従者引き連れ人間の居住区を観察しに行く。

「人間の寿命はあっという間ですが、この子は混血ですし人間より多少寿命も長いでしょうから暫く一緒に過ごせそうですね」

「な、何を急に言い出すんだよ!ルー」

「先程、寿命についてお尋ねされたのでてっきり」

「僕はただ人間という種族について知りたくて」


 僕はまだこの国の外の世界を自分の眼で見たことがない。知識は全て書庫に保存されている本の文字から得ており、図が載っていないものは姉達から聞くか想像するしか手段がなかった。

 なので目の前に居る人間と何物かの混血の少女…薄ら汚れているが彼女には独特な雰囲気が有り、思わず目が奪われてしまう。ルーに茶化されるまで魅入ってしまっていた。



「あの…キミの名前は?」

「…」

 予想はしていたが返事は返って来なかった。

 まぁそうだろう。母を目の前で殺された後、急に拾われ見知らぬ土地に連れて来られ名前を教えろと言われても怯え黙り込んでしまうのは当たり前の事だ。

「あぁ、…ごめん。落ち着いてからで良いから教えてくれると嬉しいな。あとルーすまないがこの子を湯に入れて服も新調してあげて欲しい」

「わかりました」




 この国のエルフを統べる王は父で僕には三人の姉と兄がいる。

 其々百歳程度歳が離れており、長女のアルテリア姉様は強い魔力の持ち主で気が強く気分屋でそして実は最も僕に甘い。次女のエレシアス姉様は容姿端麗、アルテリア姉様の事をとても尊敬している。リオヴェル兄様は魔力は殆どないが武に長けた人なので国の部隊を任されている。僕は、生まれた時から魔力も高く幼い頃から中性的な容姿だったので姉と兄にとても甘やかされ過保護に育った。そして魔力と容姿のせいで子供の頃から男女関係なくかなり強引に言い寄られその結果、他人と接するのが少々苦手になってしまった。


「それにしても…」


 こんな展開になるだなんてまだ頭の中がついていっていない。僕の身の回りの事などは、幼い頃からルーだけで充分事足りているし…話し相手だって姉上と兄上、そしてルーさえいてくれたらなんの問題もなかったのにこれから異国の…しかも女の子とどうやって…。

 ここ最近は、必要最低限の行事くらいしか参加していないので同い年の女性とだってまともに会話してないから女性の好きそうな事とか物とか…そういうのがいまいちわからない。

 だからどうやって話題を振っていけばいいのか……ん、そういえば…

「名前もそうだけど…何歳なんだろう。十五…十六歳くらいに見えるけれど混血らしいしなぁ…」

 以前本で読んだ事がある。どの種族でも混血で生まれるものは寿命が長くなる傾向にある…と。

「二十歳です」

「⁉︎」

 見知らぬ声の主に目をやるとそこには艶めく黒髪と見違えるほど色白な肌をした人物が立っていた。

「何度もノック致しましたけれど返事が無いので勝手に入りましたよ」

 やれやれという様な顔をしながらルーこちらを見てくる。

「すまない。気が動転していると言うか考え事をしていたというか……なんと言うか…あぁ、そうだ自己紹介がまだだったね。僕は、フェリシオン・セレストゥス。この国は古き時代からエルフ族が治めていて王は僕の父なんだ。キミを助けたのは僕の姉上達で金髪の方が長女のアルテリア・セレストゥス。銀髪が次女のエレシアス・セレストゥス。もう一人兄もいるんだけどそのうち紹介するよ。キミの横にいるのは、僕に仕えているルシエル。僕は愛称でルーって呼んでる」

「宜しくね、お嬢さん」

 ルーが彼女の横でにっこり笑うと彼女はこくりと頷いた。

「それで…キミも多分この状況にあまりついて来れてないとは思うんだけれど…どうやらキミはこれから僕の…なんというかお世話係としてこの城に住む事になったみたいなんだ。それで…えっと…ルー…どうしよう」

「私に言われましても」

「そう…だよねぇ……でも、ほら身の回りのことは全部ルーにしてもらってるからそういうのはルーから教えてもらうのが一番かなって思って…あっ、勿論男の僕の世話とか嫌だったら姉上に頼んでなんとかするよ」

「……」

 うぅ…どうしよう。返事もないからどうして良いのかわからない。この微妙な間が苦しい…ルー…助け舟を出してくれないか…あ、目を逸らされた!

「……です」

「ん?」

「多分…嫌とかはないです」

「!」

 俯き気味だった彼女は僕をじっと見つめるとゆっくりと聞き取れる大きさで喋り出した。

「名前は…、リズリエットといいます。物心つく時からずっと母と二人暮らしで…母は最後まで教えてはくれなかったけれど皆さんのお察しの通り父親は人間では無いらしいです。私…、十五歳くらいまでは、髪も目もこんな色ではなかったし耳だって尖って無くて友達も普通に居て…でも十六歳の誕生日…見た目が急にこうなってしまって…そこから村外れの小さな家で隠れる様に暮らしていましたが、昨日跡を付けてきた昔の友達にこの容姿を見られてしまい…悪魔退治だと村人に襲われて…そして今に至ります」

「リズリエット、辛い事を話してくれてありがとう」


 育つ過程で父親の方の力が覚醒したという感じなのだろうか。見た目も二十歳という割には少し幼さがあるしエルフの様に一定の年齢から外見が変化しにくくなったのかも…。魔力は…う〜ん、今の所それらしいものは感じられないか。

「立ち話もアレですし、お二人とも席につきませんか?お茶を淹れてきます」

「ああ、そうだね。リズリエット、此方へおいで」

「はい」

 話を夢中で聞いていたのと考察で気が利かなかった…僕のこういうところ直さないとなぁ。

「確認なんだけれど本当に僕のところで…いいの?」

「…本音を言えば何処でもいいです。もっと言うと今の私には生きる意味が有りません。唯一私を愛してくれていた母の居ないこの世界にしがみつく理由が無い。本当は…もう消えてしまいたい」

 再び魂のない人形の様になっていく目の前の彼女にかける言葉が見つからない。僕みたいにぬくぬくと育ってきた人物に慰めの言葉をもらっても彼女の心はさらに荒むだけだろう。だとしても…出会ったのはきっと何かの縁、運命なのだ。


「僕…さ、幼少期に色々あって人見知りが激しくなっちゃって…他人が少々苦手なんだ」


 自分でも何を急に言い出すんだと思ったが口が勝手に喋り出す。

「キミが今、生きる理由がないと言うならその理由を僕にしてみないかい?なんというか…その…僕の傍にいて助けてくれないかな」


「それ、今流行りのプロポーズかなんかですか?」

 話終わった後、返ってきたのはクスクス笑いながらお茶を運んできたルーの声だった。

「ルー!そ、そんなわけないだろーーー!」

「ふふふ、リズリエット、この人面白いでしょ。見た目美人なのに結構変わり者だからきっと毎日楽しくなるよ」

「男に美人って変だろ!あと変わり者とか余計なんだよ」

「……ルー…?え?」

 正気を失っていたリズリエットが、僕たちのやりとりを見て困惑の表情に変化する。

「ルシエルさん…ってさっきまでいた女性の方…ですよね?」

 そう。今、彼女の目の前には二人の『男性』がいる様に見えている。

「あ……あぁ、そうだった。話していなかったね。ルシエルはエルフではなくて妖精なんだ」

「妖精は精霊。つまり基本性別などないからその時の状況や気分で見た目なんて変えれるんだよ。伝承の神様だって動物に姿を変えたりするでしょ?まぁ、そんな感じ。改めて宜しくね」

「……」

「あ、さっき入浴のお世話したの気にしてる?大丈夫。人間に欲情なんてしないから。あ、でも人肌恋しくなったらお相手してあげなくもないよ。あ、そういうのはこの人に頼むのも手かも」

 イタズラ好きないかにも妖精気質のルーが此方を見ながらリズリエットに囁いた。

「ルー!」

「クスクス」

「ごめん、リズリエット。そんなわけでルーは人前では従者の様に振る舞うのだけど僕といる時はこんな感じになるから…失礼な事を言うかもしれないけれど妖精なので多めに見て欲しい」

「…はい」

 困惑から恥じらいの表情をのぞかせる乙女なリズリエットを見て僕の心は少しざわめいた。

 

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