第6話 城の日常

 リズの為の個室とアミュレットを作り終えた頃には正午になっていた。


「二人ともお腹空いてない?」


「もうそんな時間になってたのか。色々と集中していたから気が付かなかったな」

 いつもの様にルーに頼んでここに配膳して貰おうとしたが、折角なので今日は使用人用の食堂に足を運び食後は城内の案内をしようと閃いた。こういう事は、僕のヴァレット(従者)であるルーに全部任せても良かったのだけれどリズは黒髪で…その上、異国の…そう人間なのでどうしても目立ってしまう。

 彼らからしたら人間という自分達とは異なる種族がパッと現れて自分たちより良い待遇で暮らし出すのは顔には出さないにしても多かれ少なかれ心理としてしゃくさわるに違いない。ルーが目を離した隙に使用人に囲まれたり嫌味を言われたり陰湿なイジメにあうかもしれないと思うと最初は僕が一緒にいて行動した方が今後の為にも安全だと思ったからだ。

 なので初日に僕という存在を印象付けて下手な事は出来ない様にしておく必要があった。

「昼食は、半地下の食堂に行こう」

「んっ、半地下って…使用人が使う方って事?いいのかい?」

「うん。こんな機会じゃないと僕も行く事がないしね。食後は、各使用人の仕事場をある程度案内するよ。流石に今日は全部は無理だけれど今後よく利用する様な場所は見て回ろうか」

「…成程。それじゃぁ、私は一足早く向かってキッチンメイドに用意する様に伝えておくよ」

「ああ、ありがとう」


 僕の意図を察し、部屋を出ていくルーを見送って振り向くとリズと目が合った。そういえば初めて二人きりになるのではないだろうか…何気ない会話をしなければと思うと変に緊張しだしてうまく言葉が出てこない。なんとも言えない間が生まれて困っていると彼女の方から切り出してくれた。

「フェリ殿下が使用人の食堂に行ったらみなさんビックリしてしまうんじゃないですか?」

「普段は立ち寄らないからね。多分そうなると思う。けど、広いダイニングルームだと数名の上級使用人に囲まれるからリズが緊張して食べられなくなっちゃうでしょ?」

「私、田舎暮らしの平民育ちなのでテーブルマナーがまだわからないから…確かに…絶対そうなりますね…」

「マナーの色々は僕の部屋で少しづつ覚えていこう」

「はい」


 姉上達から「この子は貴方に任せるわ」と言われたことをふと思い出す。これは「好きにしたらいい」という事ではなくて僕のやり方で「この子を立派なレディにしてみせなさい」という事なのだろう。

 普通、侍女は女主人に仕えるものなのだけど僕の側で焦らずゆっくり学んでもらって最終的にはそういった立場の子になってもらい、立派なレディに育ってもらおう。…いや、でも流石に湯浴ゆあみや着付けの世話をしてもらうのは、僕が照れてしまうし「上着をどうぞ」とされてもきっと手が届かない気がする。…うん。そういうのは今までと変わらずルーに任せよう…。


「どうされたのですか?お顔が…」

 一人で勝手に色々想像してるうちに顔が火照っていたらしい。


「あっ、いやっ、気にする事はないよ。そろそろ食堂に向かおうか」


 部屋を出て階段へ向かう。廊下には其々の仕事をこなしている使用人がいるので此方に気が付くと手を止め道を開けて僕らが通り過ぎるまでお辞儀をするが、やはりリズの黒髪は目立つので彼らの好奇な目がいつまでも追いかけてくる。

 僕でさえその視線を痛いほど感じるのだからリズにはもの凄くストレスになっているのではと思い、立ち止まって声をかけてみる。


「大丈夫?」

「はい、髪の色が徐々に変化した時、こんな感じだったのでこういうのは慣れてます。あの時は、染料を誤って頭から被ったと適当な事を言って誤魔化しました。でも目の色が変化した時は、流石に隠せないと思って…その時、村外れに引っ越したんです」

「そうなんだ」

「今は、お二人がいらっしゃいますし、このアミュレットもいただいたので心強いです」

「それは良かった」

 直ぐには無理かもしれないが、使用人にも慣れてもらってリズにとって過ごしやすい環境を作らなくては。

「それにしても…最初に来た時は、日も暮れていたし周囲を見る心の余裕もなかったので気付かなかったのですが、本当に広いですね。一人で出歩いたらルーの言う様に絶対に迷子になってます」

「王族の僕でも立ち寄った事がない場所が沢山あるよ」

「そうなんですか!」

「使用人の居住区画になってる半地下の奥とか離れの使用人寮や地下牢は子供の頃に入ろうとして立ち入り禁止になってそれっきりだし、上の階だと王と王妃の居住区画なんてもってのほかだし、少し離れた塔も現在姉上たちの居住区画だからあそこも立ち入らないかな。でもルーは、アルテリア姉様専用ライブラリーにこっそり入ってるみたい。だけど未だにお咎めなしの様だし、時々姉様の話し相手になってるみたいだから『妖精』って事で黙認されてるんだと思う」

「ルーらしいですね」

「そうだね」

 一階の廊下を歩き一番奥にある裏階段を降りて使用人用の食堂に辿り着くとルーが扉の前で待っていた。

「フェリの提案でみんな大慌てだよ」

 使用人の階級によっては雇い主と接点を持たないまま日々を過ごすので今回のこの前例の無い僕の提案に慌てふためいているらしい。

「出来ればいつも通りでいて欲しいけど…なかなかそういうわけにもいかないか」

「まぁ、抜き打ちチェックで気を引き締めてもらうのもいいんじゃない?」


 僕が知らないだけかもしれないが各使用人達の度の過ぎる様な悪い噂は聞かないし、仕事もちゃんとこなしているみたいなので抜き打ちチェックだなんて意地悪みたいな事しなくても大丈夫なんじゃないかなぁと思いつつ、リズの為にはここでインパクトを残しておくかと少々乗り気になってしまう。

「それじゃ、入ろうか」

 ルーに扉を開けてもらうと生活感あるれる使用人ホール(食堂)に居る全員が緊張した顔をして出迎えている。


「急な事ですまないね。この子は、人間が暮らす国からやってきた子でちょっと諸事情があって此処(城)で生活する事になったリズリエット。城の生活にはまだ慣れていないのでみんな優しく接してほしい」

「リズリエットと申します。至らない点が多々あるとは思いますが宜しくお願いします」


 一瞬ザワっとしたが、使用人側の方から雇い主(とその一族)に声をかけるのはマナー違反なので直ぐにまた静寂が訪れた。僕らは窓が近い側の上座に移動し、ルーに着席させてもらうと軽めの食事を配膳してもらい食事を済ませて何事もなかった様にその部屋を後にした。

「もう少しゆっくりしていても良かったんじゃない?」

「こういうプレッシャーは一瞬でも充分効果はあるさ。あまり長居しすぎて使用人に余計なストレスをかけさせて逆効果になってもいけないからね。それじゃぁ軽い散歩をしながら案内するね。場所の説明はルーに任せるよ」

「仰せのままに。まずこの半地下は主に下級使用人の居住区画と仕事場で構成されているよ。裏階段側はパントリーと台所、蒸留室そして洗濯場と浴場。台所の真上(一階)が配膳室になってて普段私は其処からフェリの部屋に食事を運んでる。リズが頻繁に行き来するのは配膳室になると思うけれどお茶の準備する時は、台所も利用すると思うからキッチンメイドとお友達になっておくといいかもね。ここだけの話、配膳室の隣の部屋には転移装置があって城壁の外に繋がってるんだ。フェリやフェリの姉上の様に水準以上の魔力を持ってる人物(王族)しか扱えないので部外者はここから侵入してこれないから安心してね。食堂から奥はセラー(酒造貯蔵室)と使用人の生活空間。その中でも一番広い部屋がバトラー(執事)の書斎になってるよ。リズは行くことはないと思うけれど使用人の居住区画も一応説明しておくね。あそこは、風紀のみだれ防止のために廊下を隔てて男女で別れてる。其々の扉は一応鍵で管理されてるんだけど、恋は障害があるほど燃え上がるじゃない?という事であまりにも痴情の度がすぎる輩が出たら内部告発されて半地下のさらに地下にある牢獄行き。反省が見られない様なら時期をずらして解雇ね。でも、ここの給与って破格で魅力的だからさ、よっぽどの事がない限り遊びの逢引きする時はみんな慎ましやかだよ」

「其処まで教えなくてもいいの」

「此処で説明するのはこれくらいかな」

 裏玄関から外に出ると井戸の先に高い柵で覆われた一角が有り、其処ではシーツなどが天日干しされ、石鹸で洗濯された布の仄かな香りがそよ風に乗ってきた。

「私の住んでいた田舎でよくある光景なので見てるとちょっとホッとします」

「もう少し進むと家庭菜園があって珍しい野菜とかお茶や薬に使うハーブを育ててるんだ。そしてその先が広い中庭になってるよ。管理は全部ガーデナー(園丁)に任せてる。中庭はとても美しいから晴れている日は気品あるエレシアス様御一行がガゼボでお茶されてる光景が見れるよ。私たちも近いうちに三人でお茶しようね」

「はい」


 暫く中庭の花々を見てまわり、そのまま城の背面から向かって左回りで歩き、城の表側に向かうと別館と鍛錬場や厩舎が見えてくる。


「あそこは外仕事を主軸にしてる男性使用人の宿舎と馬の厩舎。ガーデナー(園丁)やグルーム(馬丁)、ゲームキーパー(狩場番人)、あとは特別な部隊…まぁ言ってみればむさい男どもの溜まり場だからリズの様な綺麗な若いお嬢さんは一人で近づいては駄目だよ。直ぐ声をかけられて下手をしたら中に連れ込まれちゃうからね!ちなみに真反対の側面は小ぶりの家畜小屋と卵や乳製品の生産兼管理室、礼拝堂とあと女性使用人の宿舎。勿論、宿舎は異性の出入りは禁止されているよ。だけどここも夜中こっそり入ろうとする輩が出てくるんだよ。でもね、あそこの管理人怖いから見つかったらえげつない目に遭っちゃうんだよね」

「ルーって本当そういう噂に詳しいね…」

「フェリが他人に興味なさすぎるんだよ。というか、キミがなかなか外に出ないからイヤでもこういう話を城内で聞いちゃうの。何せ妖精はとっても耳が良いからね!だからいつまでも引きこもってるとリズもこうなっちゃうよ!」

「むむむ…それは問題だ。近いうちに必ずお忍びで城下町に行こう…」

「やったね!後で行きたい場所リストアップしとかなくっちゃ」


 なんというか、ルーがリズをダシにして僕をいいように使ってる気がしなくはないが、外に出るにはいい機会かと空を仰いだ。


「さて、そろそろお茶の時間だろうから今日はこの辺りにして部屋に戻ろうか」

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