第8話 一計
今日は普段はやらない事を朝からしていたからなのだろうか…お茶の時間が終わった後、夕暮れあたりから本を読んだまま寝ていたらしい。
直ぐに起こしてくれればよかったのにとルーに言うとリズに「お疲れみたいなのでこのまま寝かして差しあげましょう」と言われたんだよと聞かされたのでそれ以上何も言えなくなってクッションに顔を
「…そういえばリズが居ないけれど」
「あぁ、フェリが寝てしまってから使用人も入れる方のライブラリーに案内してお互いの国の読み書きを教えあったりしたら文法とかが割と近い事が分かって暫く勉強してみたいって今もあの部屋に
「そうだったんだ」
「夕食の時間が近くなったら迎えに行ってそのまま配膳室に行く流れになってるからフェリはそれまでダラダラと過ごしてても大丈夫だよ」
「ダラダラって…」
「気合いが入ってないって言い換えた方がいい?」
「…なんかホッとしたというか気が抜けたんだよね。初めて会った時、あんなに正気の無い顔してたからどうしようって思ってたけれどルーのお陰もあってよく喋ってくれるし、一日で色んな表情してくれる様になって…あぁ、良かったって思ったら安心したのかもしれない」
「フェリの場合は、人付き合いしてこなかった分、余計に気が張ってたのかもね」
「…うん、それもあると思う」
「あと一目惚れもしてるしね」
「⁉︎」
「大丈夫。勿論、私は応援しているよ!」
「ルー‼」
フフフと笑いながら部屋を出て行くルーを見てまた顔を埋める。
ルーは、ああ言って茶化してくるけれど正直自分の気持ちがよくわかっていない。
気に入ってる紅茶を褒めてもらいメイドたちが丹精込めて作ってくれたお菓子を美味しそうに食べてる姿を見た時、なんとも愛らしいなと思ったし、なんとも言えない心地良さで満たされたけれど自分にちょっと歳の離れた妹や姪がいたらきっと同じ思いになっていたかもしれないし、心地良いのも結局自己満足の類からくるものだろう。
それに…仮に好きになってしまっていたとして…其の気持ちをどの様にすれば良いのか皆目見当もつかない。
「………何もかも分かってない曖昧な気持ちで色々考えるのは、よそう。今は、リズが暮らしやすい環境を作ってあげるのが最優先だ」
目を閉じるとまた眠りに
「すまない、ちょっと顔を洗ってくる」
落ち着くまでしばらく待っていようかと言われたが、もうワゴンで運んでくれていたのでシャキッとする為に急いで顔を洗い部屋に戻ると食器の扱いを習ったのだろう、もうリズがそつなくこなしていたので地頭が良いだけでなく、要領も良い事が
「リズは、私が教える事を直ぐ覚えちゃうから嬉しい様な寂しい様な…」
「お二人のお手を
「もっと甘えて良いんだよー。というか甘えて!」
「ふふ、ありがとう。ルー」
食事中、リズにマナーを少し教えてあげただけで所作が様になり、調理や食材の感想も的を得ている発言をする事に驚いた。これだけセンスがあるのだから今後、色んな経験をさせてあげればその分、
そういえば…ニヶ月後にエレシアス姉様の誕生祝賀会(晩餐会)が催されるはず。それまでにはある程度必要な知識は習得出来てるだろうし…ゲストも父上の祝賀会より規模が抑えられてるのでここで慣れておけばどんな催しにも参加しやすくなるはず…。まずはルーの意見を聞き、賛成してもらえたら次にエレシアス姉様に相談して、そこで良い返事が聞けたらリズにも話してみよう。
「となると…ダンスとドレスか…」
練習相手は、僕かルーでいけるとしてドレスは本人の好みもあるし…何よりサイズ的なものを直接聞くのは流石にデリカシーが無さすぎる男になってしまう。
「うーん…」
「何ひとりでブツブツ言ってるのさ」
「うわっ!ルー、いたのか」
「二人でワゴンを下げるつもりでいたけれどリズが一人でやってみたいって言うから任せたんだよ」
「成程」
丁度良いタイミングなので先程まで考えていた事を伝えると「それは、イイね」と返事が返ってきた。
「あと、あの子のサイズ大体わかるよ」
「えっ、なんで⁉僕の知らない妖精の特殊能力⁉︎」
「なんでって、初日に彼女の体を洗ってあげたの私だから」
…そういえば、そうだった。あの時は、ルーが女性の容姿でいたので特に何も気にせず
「今晩も一緒に入ろうかな〜。今日は、こっちの姿で入ろうかな〜」
「嫌われたくなかったらやめておきなさい」
僕らエルフは、『妖精とはこういうものだ』という慣れというか
「わかったよ。一緒にお風呂に入る時は、あっちの姿になる。ドレスの話に戻すけど、エレシアス様が許諾してくれたらドレスの制作も
「確かに。やっぱりルーは頼りになるな」
「私に彫金と同レベルの裁縫スキルがあれば良かったんだけどね…今まで女性ものを作る機会が無かったから今回は専門の人に任せるのがベストだと思う。なんかちょっと悔しいから、今度服飾の本でも読んで勉強しとくか〜」
「キミは、本当にモノ作りが好きだね」
「フェリの引き篭もりのお陰で暇つぶしの才能が開花したからね」
「これからは出来るだけ二人を連れて外に出るから許してよ」
僕の返答でルーが喜んでいるところにノックの音がした。
「リズが戻ってきたみたいだね」
「そうだね」
戻ってきたリズは、配膳室に居合わせたメイドと少し話が出来たらしく、それをとても喜んで話してくれた。
「暮らす世界が違っても女の子が話す話題ってさほど違いがないのですね。久しぶりに話が弾みました」
「どんな事を話したの?」
「それは…秘密ですっ」
思い出し笑いなのかとても可愛らしい笑顔で返答してきたのできっと楽しい話題だったのだろう。何より友達になれそうなメイドが出来た事は良い傾向だ。
「私たちの方はね、お風呂の話してたよ」
「お風呂?」
「あっちの姿でだったらリズと一緒に入ってもいいって!」
「いいとは言っていない!」
「………‼︎」
最初は、なんの話か分からなかった様だが初日の事を思い出したらしくリズの頬が次第に林檎の様に真っ赤になった。やっぱりそうだよね。妖精に性別は無いと言われても直ぐには受け入れられないと思うよ。
「ダメ?」
珍しくルーが力無い表情になっている。こっちも古来からエルフに妖精とはそういうものだと認知されてる分、その他の人種にも『話せば解って貰える』ものだと思っているだろう…。なので拒絶されたら…しかもそれが好意を持ってる人物ならば少なからずショックは受けるだろう。この場をなんとかしたいけれどこの沈黙の間を打ち崩す良い話の切り出し方が分からない…己の無力さを痛感していると真っ赤な顔を両手で隠していたリズの手が動き、大きく深呼吸すると目を見開いてこう言った。
「自分の中にある思い込みを…払拭出来たら…で、よかったら!」
なんとか適応しようという心意気が見える。全く…この
和やかな空気に包まれたついでに明日
「あ…そうだ、ルー。今から行って欲しい所があるんだけれど」
これだけで僕がして欲しい事が伝わり、ルーは頷いて部屋を出て行く。
「あれだけで何の事かわかってしまうなんて…ルーって凄いですね」
「本当に。ルーが居なくなったら僕は何も出来ないよ」
「信頼されているんですね」
「そうだね」
体裁上、普段はヴァレットとして立ち振る舞ってくれているけれど子供の頃から血縁者よりも同じ時間を共有してくれているから僕としては、それ以上の関係だと思っている。こういうのがきっと信頼とか絆というものかもしれないな。
「そういえば、夕方ライブラリーに行ってたって聞いたけれど、楽しめた?」
「はい!使用人も使えるライブラリーに案内してもらってルーに此方の言葉を教えてもらいました」
「あそこは、父上の代になってから出来たみたい。仕事さえしっかりしてくれたら時間外は趣味や教養を磨くために使ってもらおうって事で開放したんだって。だから夜に行くと勉強熱心な使用人たちに出会えると思うよ」
「そうなんですね。とっても素敵です!今日は参考書として勧めてもらった本を何冊か借りてきたので夜寝る前に読もうかと思ってます。まだまだ気になる本もあったので今度、夜に行ってみますね」
勉強熱心だな。おっと、これを伝えておかなくては。
「ライブラリーは、夜半頃までなら夜光花で作ってある魔法のランプが灯っているからそれくらいまでなら誰でも入って調べ物をしてもいいよ。深夜一時になると自動的に照明が消えて鍵も掛かってしまうから気をつけてね」
「閉じ込められちゃうんですね」
「うん。明け方五時になると自動的に解錠するからそれまで我慢だね。夏はまだいいけれど冬は冷えるどころじゃ無いから日を
「わぁ……私、集中しちゃうと時間忘れてしまうので気をつけます…!」
「まぁ、もしそんな事になったとしてもリズが戻りたいって強く念じてくれたら僕とルーが何処にいても迎えに行けるよ」
「?」
「持ち主の感情や思念にそのアミュレットに閉じ込めた僕らの魔力が反応するからそれを頼りに探す事が出来るんだ。強く思えば思うほど閉じ込めた魔力も強く反応するから見つけやすくなるよ」
「そうなんですか!凄いですね。絶対無くさない様にしなくっちゃ」
その他、城内の設備について話しているとルーが戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「明日の正午前なら時間が取れるらしいので問題ないよ」
「では、明日城下町に向かうのは午後からでいいかな?」
二人の返事は軽快そのものだったのでこっちもつられて笑顔になってしまう。
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