第9話 黎明
使用人でも利用が出来るライブラリーは、私にとってキラキラした宝箱に見える。但し、文字はこの国のものなので今のままでは殆ど読む事なんて出来ない。だけど幸いな事に私が暮らしていた国とさほど遠くない文法だという事をルーから教えてもらったので私は時間がある時にこのライブラリーに通い、借りても大丈夫そうな本は部屋に持ち帰り、寝る前に少しでも学んでいずれ一人で読める様になりたいと決意を固めた。
それにしてもお風呂の件。妖精は性別が無い生き物なのだと頭では解っていてもやっぱり育った環境のせいで気持ちが追いついてこない。嫌という感情は、全く無いのだけれど外見が男性に見える方のルーは、
今日は、精神を落ち着かせるために一人で簡易の浴室の方を使わせてもらった。簡易といっても私からしたら人間の世界とは比べ物にならないくらい設備が充実している様に感じる。フェリ王子が引き籠り気味になった頃に自作されたらしく、壁に埋め込まれている貯水設備に水を入れて魔法を使えばほんの少し高めのぬるま湯程度まで温めて使えるし、その熱で浴室もほんのり暖かかくなり夜光花で出来た照明があるから室内も明るい。湯船も魔力の強い土で精製された陶土(粘土)を使用した陶器で出来ているとの事で保温性も高いから直ぐには冷めない。幼少期にこの様な設備を作ってしまうフェリ王子は、本当に類稀な能力の持ち主なのだと改めて納得した。
もっと広い空間でくつろぎたい場合や寒い季節になってぬるま湯では物足りない時は、一階にある大浴場を使うといいよとお勧めされたけれど当面此方の方を使用させてもらおう。
お風呂上がり、待ってましたといわんばかりにタオルを持って現れたルーに濡れた髪を拭いてもらいながらなんとなく容姿について気になる事を質問をしてみた。
「ルーは、どっちの容姿でいる方が楽なの?」
「ん〜。特にどっちが…とかは、無いかな。筋力も同じだし食べる量だって変わらないよ」
「そうなんだ」
「あぁ、でもこっちの方だと背が高いのとリーチもあるから沢山の物を持ち運ぶのは便利かな。あと、こっちの方だとメイドが色々モノをくれたり城内や外の噂を教えてくれやすい!あっちの姿だと指が細いから細かい仕事をする時に便利かな。あと、男の使用人たちが優しくなる!」
「つまり都合良く使い分けてるんだよ」
フェリ王子が苦笑しながら補足してくれた。
「途中で容姿を変える時、お洋服はどうなっているの?」
「フフフ、いい所に気付いたね!」
「これも都合良く魔法の力なんだよ」
「ちょっと!ここは私が格好良く説明するターンでしょ!しかもなに短くまとめてくれちゃってるの!」
「いつもイタズラしてくる仕返し」
今晩の二人は、いつになく形勢が逆転しているらしく、ルーの方がぐぬぬという顔になっている。
初日の時もそうだったけれど、ルーが魔法で程良い風を起こしながら拭いてくれたので長めに伸びている私の髪があっという間に乾き、良い香りがする。
「今までこんな良い香りがするものを使った事がないです」
「この城で使われている石鹸や洗髪剤やスキンケアの類は、薬草やハーブにお詳しいエレシアス様が趣味で調合されているんだよ。材料として必ず必要なポーション(霊薬)も生成されてるから物凄く質が高いのさ。普通の粉状の洗髪剤でも高価だから平民はなかなか手が出せないけれどここの使用人なりさえすれば誰でも使えるからその噂が国中に広まって今じゃその為だけにこの城で働きたいって女の子が多いみたい」
あぁ、だから美肌の若いメイドさんが多いのか。
「兄上の薬草やハーブの種収集も元はといえばエレシアス姉様のリクエストから始まった事なんだよ」
「極寒の地の崖にしか咲かない薬草を頼まれてたのを聞いた時は、流石に同情してしまったね」
「あの時は、何回も採りに行かされるのはごめんだって二つの袋をいっぱいにして戻ってきてたけど、あの薬草…もうそろそろ在庫が無くなりそうだから今度また頼まれそうだなぁ」
「たったの二十年しか持たなかったかー…次回は採集要員沢山連れて行きそうだね!」
「いつか人手が足りないからって駆り出されやしないかとヒヤヒヤしてるよ」
「うわぁ……特に私なんか『妖精だから飛べるだろ』て言われそうで…あり得そうで怖い!絶対断ってよね!」
「勿論だよ!」
結束を固める二人は、本当にいいコンビに見える。
「さてと、明日も色々歩き回るし、その前にも色々しないといけないから僕も湯に浸かって早めに寝ようかな。リズも今日は勉強は程々にしてしっかり寝ておくんだよ」
「はい」
「羽ペンとインクに……」
あと、綺麗な白色の…これは『紙』というものらしい。ライブラリーでルーとお勉強してる時に教えてもらった。古い文献などに使われている
「はぁ…こんな素敵な部屋をこれから一人で使えるなんて…夢の様」
椅子に座り参考書を開き、ルーが「最初にこれだけは押さえておいて」と言っていた文法や単語をノートに書き出したら楽しくなってしまい止まらなくなって気が付けば小一時間経過していた。
「あ!いけない。今日は早めに寝ないと」
慌ててふかふかのベッドに入る。
明日は、お忍びで王都を散策だ。
行ってみたい場所があれば連れて行くよと言ってもらえたけれど急には思い付かなかったので今回はルーの行ってみたい場所に付いて行くことになっている。
王都なので人の往来もそこそこあるだろうからキョロキョロしてると直ぐにはぐれそうなので兎に角フェリ王子とルーの衣服の一部を握って迷惑かけない様にしないと。
目を閉じて眠りにつくまで微風でサラサラと揺れる葉擦れの音を聞き、そろそろ眠りに誘われそうだとぼんやり感じていると葉擦れに混じって薄ら何か聞こえてくる。
「……の……には………時が……だった筈だが…これだけ……の強い………と………が起こってしまうな」
フェリ王子やルーの声でもない……誰か別の人。
「未熟なこの…で……た場合、…が耐えられないだろう」
耐えられないとはどういう事なんだろう。
「……は……がない。そう、……まだその……では無い。……して…の限界が……にこの『…』を何処かへ一時的に……たねば」
肝心な場所が聞き取れない。
「……そうだ。あの者ならば『………』も……ではないはず」
気が付くと窓の向こうは
「あの者…って?」
その部分が特に引っかかる。
「……覚えてる事が少なすぎるし悩んでも仕方ないか。うんうん、今はそれより朝の支度しなくっちゃ!」
着替えをして部屋を出て顔を洗っていると「おはよう」とルーの声が聞こえてきた。
「遅くまで起きてた?」
「ルー、おはよう。うん、紙の書き心地が楽しくてついつい…」
「そんな事だろうって思ってたよ。フェリは朝が弱くてまだ寝てるからリズも二度寝してきて良いよ」
「二度寝…」
「そうそう。フェリのベッドに潜り込んで驚かせようよ」
「またそんな事言って!」
「ふふふ、ん?目の下少しクマが気になるなぁ。今日は元気なリズと一緒に街歩きしたいからソファーにおいで。膝枕してあげるから少し寝ときなよ」
「えっ」
返事をする前にヒョイっとお姫様抱っこされてあっという間に膝枕してもらった。
頭をなでなでされてると心地よ良くてあっという間に寝ていたらしくフェリ王子の「この部屋には可愛い眠り姫がいるみたいだね」という声で目が覚めた。
「ごめんなさい!沢山寝ていたみたいで…」
「事情は、ルーから聞いてるから気にしなくていいよ。調べ物とか興味のある事をし出すとやめ時が判らなくなる気持ち、僕もわかるから」
「すっかり寝入ったリズをフェリのベッドまで運んでしまおうかと思ったけどあまりにも可愛かったから独り占めしちゃった」
「ルー…そんな事を画策していたのか…」
「フェリが慌てふためく様を見たかったのになぁ。よし、次は躊躇わずに実行しよう」
「本当にやめなさい」
「一瞬満更でも無いって顔したの見逃さなかったからね。さぁ、髪を梳いてあげるからリズは向こう向いて」
毎朝フェリ王子にやってあげているのか優しく慣れた手つきであっという間に整えてもらった。
「リズ、朝食が終わったら諸用でエレシアス様の所に行ってくるので一人でお留守番してもらえる?」
「はい」
「多分一時間くらいで終わるから戻ってきたら外出の準備をしようか」
「って事は、昼食は外でかな?」
「これからお忍びが多くなりそうだしそういう食事出来る場所も把握しとこうかなって思ったんだけど…どうかな?」
「イイね!そういう場所は、いろんな情報集めやすいし有益だと思うよ」
「リズは、どうかな?人が多い所に慣れてなかったら無理強いはしないよ。まぁ、僕もどっちかというと得意な方じゃ無いしね」
「お二人がいらっしゃれば平気です!」
「じゃぁ、決定だね。それとルー、一日であれやこれや行くと流石に疲れるから行きたい所は、三つまでにしといて。他に行きたい所は、次の機会を作るから」
「了解!」
陽が沈むまでには戻ってこようという計画まで立てたところで食事の時間になったので準備をして三人で和やかな時間を過ごした。そう、昨夜見た夢の事など忘れるくらいに。
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