第7話 蒔かぬ種は生えぬ

「ルーに付いていって良いですか?」


 屋外にある設備をある程度教えてもらい戻ってきた頃には西陽が傾き出し、フェリ王子が、丁度良いからお茶にしようかとルーに声をかけていたので出来る事を少しでも増やしたいと思い、私も付いていきたいと切り出してみた。


「いってらっしゃい」


 王子は、にっこり微笑んで送り出してくれ、私は今ルーと一緒に台所の前まで来ている。扉を開けると数名が今夜のディナーのための仕込みをし始めていた。ルーは、その中で手が空きそうなメイドに声をかける。

「お茶の時間にしたいから茶葉はいつものにして準備ができたら配膳室によろしく」

「承知致しました」

「あと、これからリズリエットも此処にちょくちょく顔を出すと思うので色々教えてあげてね」


 声をかけられたメイドさんは、こちらを見るとお辞儀をしてくれたので私も慌てて頭を下げた。


「宜しくお願いします!」

「さぁ、私たちは配膳室に向かおう」



 配膳室に向かうまでに使用人のあれこれについて少し教えてもらった。使用人にも上級、下級とヒエラルキー(階層制)があり、その世界の中にも暗黙のルールが存在するのだと。私の場合は、特殊な事象らしく言葉で表すなら『侍女じじょ見習い(上級使用人扱い)』らしい。


「何せ異国の民が城内に入ること自体が初めてだし、建前上『王子のお世話係』だけど結果的に王子の方がお世話してるなんて前代未聞だから既存の役職なんて当てはまるはず無いんだよ。まぁ、こんな事言ってる私も妖精だから正しい役職なんてないんだけれどね!」

 ルーは妖精だけどフェリ王子の『ヴァレット(従者)』扱いらしく、その女性版の『侍女じじょ』は基本女主人に支える使用人なので正確には私はそれには該当しないけれど多分この先第三者からはそういう立ち位置としてみられるのではという事で『侍女じじょ見習い』という曖昧な存在として生活出来るという話だった。


「まぁ…見方によっちゃ王子の『愛人』って見ちゃう人もいるかもねっ」

「えっっっ⁉そ、そんなのじゃないです!︎だって昨日会ったばかりで助けてもらっただけなのに‼」

「事情を知らない人はそういう色眼鏡で見ちゃうんだよ。でもさ、そっちの方が生活するには楽だと思うんだよね〜。というか、本当の使用人ではないわけだし、いっそお嫁さんになっちゃえば?フェリは、国を継ぐ気はあんまりないみたいだしきっと悠々自適な毎日をおくれるよっ」

「ルー‼」

「あははは、リズはフェリ以上に揶揄からかい甲斐があって楽しいなぁ」


 子供の頃に読んだ妖精が出てくる物語の内容もこんな感じで常にイタズラ好きだったのを思い出し、作者は空想で描いたのではなくて実は妖精と一緒に生活していたのではないかと今ならそう思えてしまう。

 しばらくそうやってルーに揶揄からかわれていると部屋の一角から何かが動く音が聞こえ、程なくして音が止んだ。いぶかしがる私を見て察したルーは、クスっと笑うと音がした方向を指差しながらこう言った。


「そこの扉を開けてごらん」


 言われるままに扉を開けてみるとそこにはお茶一式が乗っているワゴンが在った。


「そこね、配膳用昇降機になっていて半地下の台所から最上階まで繋がってるの。食事の時間やお茶が欲しかったらさっきみたいに伝えておくとこうやって一式を各階に届けてくれるんだ。素敵なシステムでしょ」


「はい!」

「さっきはメイドに『茶葉はいつもの』って言っちゃったけど茶葉の種類は結構揃えてあるから時間のある時にその辺りも教えるね。それじゃ、これを部屋まで運んでお茶の準備をしよう」

 お城なだけあって今まで見たこともない設備に溢れていて目に映るものが全て新鮮で…緊張は勿論してるけれどそれ以上にドキドキ、ワクワクしている。多分それは、ルーやフェリ王子という優しさに溢れる人たちが側に居てくれるからなのだろう。


 ワゴンを運び、ノックをすると「どうぞ」と優しい声が聞こえ、入室するとフェリ王子が本を読みながらくつろいでいた。


「昨日よりちょっとだらけてるでしょ。これがいつものフェリ」

「本を読んでるだけじゃないか」

「いい所見せようとしてもいつか粗が出るんだからいつもみたいに頬杖付いたりクッション抱いてソファーに寄りかかってればイイんだよ。さぁ、リズお茶の準備手伝って」

「はい」

 クッションを抱いているフェリ王子を想像するとなんて可愛らしいのだろうと笑いながら返事をすると王子は、なんでバラすかなと言わんばかりの表情をしていてそれを見たルーが涙目になりながらお茶の美味しい淹れ方を手ほどきしてくれた。

 ワゴンには茶器一式の他に三段重ねのアフタヌーンティースタンドというものも添えられていて其々に軽食やお菓子が置かれている。これも本で読んでどういうものかくらいは知っていたけれど暮らしていた環境が田舎すぎて自分には程遠いものだと思っていたので現物をエルフの国で見て、しかも自分が食す事が出来るなんて…世の中本当に何が起きるかわからない。

「リズ、この国のディナーの時間は、ちょっと遅いからアフタヌーンティの時は遠慮せずしっかり食べてね。私の分も食べてもいいよ!」

 ルー曰く、妖精は人の様に食事をする事も出来るけれど対象物そのものを食べなくてもそのフォイゾン(精気)を空気を吸う様に少量だけでも取り込めばそれが食事になるのだとか。だから遠慮せず自分の分も食べていいよという事らしいけれど…この量は…

「僕の分も食べていいからね」

「流石に全部は無理です」


 紅茶の蒸らし時間が終わったのでカップにお茶を注ぐと優しいオレンジ色でとても良い香りがした。

「わぁ、凄く綺麗で香りも素敵ですね」

「この品種は標高が高い地域で栽培されてて厳しい環境で育ったから茶葉が良質。特にこのセカンドフラッシュ(夏摘み)は色がとても優しく出るし、マスカテルフレーバーっていう特有の風味があってフェリのお気に入りのひとつでこの時間によく飲むお茶なんだ」

 流石、王族だけあって質の良いものを取り揃えているんだなぁ。私は、外見が変化してからは隠れる様に生活していたから食べられる木の実や薬草、ハーブに痩せこけた土でも育つ野菜…そういったモノしか食べてこなかったので目の前にあるこんな上質な飲み物や食べ物の感想を求められても「美味しいです」みたいなありきたりな受け答えしか出来ない気がする。

 暫くじっと紅茶を見つめているとルーに頭を撫でられた。


「難しい事を考えると美味しいモノも美味しくなくなるよ!食事は気楽に楽しもう。特にこの三人でいる時は、ねっ」


 妖精って心の中まで読めるのかな。と、ルーを見つめると笑顔で受け止めてくれた。其れは、その通りという事なの…⁉︎と、動揺してもう一度見つめると…

「一つ教えてあげよう。私が何かしらの力を使ってるんじゃなくてリズが表情に出やすいだけ。まぁ、そういう『分かりやすい所』が可愛らしい部分なんだけどね!」

 分かりやすい…自分では気が付かなかったけれどそうだったのか…恥ずかしい。と、ちらりとフェリ王子を見ると王子もニコニコしながらお茶を楽しんでいる。

「ちなみにフェリのあの表情は、『そうだね、リズはとても可愛いよ』という顔だよ」

 ルーが喋り終わるまでに王子がゲホゲホと噎せだす。

「飲んでる時にそういうのはやめて‼」

「本当に二人ともわかり易くて楽しいなぁ」


 ルーは、場を和ませるのがとても上手だ。気がつけば二人のやりとりを見ながら自然にお茶を飲んでいた。カップを持ち、口に運ぶと優しいオレンジ色が少し揺蕩い芳醇な香りが漂う。それだけで昨晩のお茶と違うとわかる。口に入れると上品な味が広がり自分が知り得る単語で表現するなら『優雅』という言葉が似合うと感じた。下段のお皿からサンドイッチをいただいて食すると挟んである野菜が瑞々しく、シャキシャキという食感が美味しさを更に引き立ててくれる。


「その野菜は今日見た畑で作ったものだよ」

「こんなに美味しいなんて…きっと畑の土も良いし管理されてる方も丹精込めてるのが物凄く窺えます」

「今度ガーデナーと兄上にそう伝えておくよ」

「お兄様にも…?」

「あぁ、兄上の趣味が土いじりなんだ。血縁者の中で魔力量が少ない分、身体能力が秀でていて戦術の知識も豊富なので軍事の方を任されてるから防衛のために各地に遠征に行っては珍しい植物や野菜の種を持ち帰って時間ができた時にあの畑で育ててるんだよ。育ててるといっても城に留まる期間は短いから実際には、ほぼガーデナーが管理をしてるんだけどね」

「遠征から戻ってくるのは十日後くらいだったっけ?」

「確かそれくらいだからその時が来たらまた紹介するよ。畑の事を話したらきっと喜んでくれると思う」

「はい」


 詳しい事は、また今度という事で今回はざっくりした事を教えてもらったのだけれど、エルフの住むこの大陸には大きく分けて四つの国が存在していて比較的友好な関係の国もあれば、隙あらば領土や平民を奴隷にしようと狙ってくる国もあるので定期的に砦やその周辺の町や村を巡回して抑止、防衛しているのだとか。其れを任されているのがフェリ王子のお兄様なのだそうだ。

 それにしても…王子自らが各地を赴いたり畑仕事したりクッションを抱いてソファーでくつろいだりお姫様がお忍びで姿を変え他の世界を散策したり妖精が彫金の趣味を持っていたり…私が今まで本で読んできた様な王族、貴族の華やいで煌びやかな暮らしぶりとはかけ離れていてなんというか軽い親近感を抱いてしまう。本から得た知識が先行してどうしても固定観念にとらわれていたけれど幻想はあくまでも幻想でどこの世界の人たちも王族、貴族、平民関係無く其処そこの環境に適した生活があって其々それぞれに個性を損なわない暮らしをおくっているんだなぁ。

 そんな事をぼんやり考えながら中段のスコーンの食べ方を教わりその流れで目に留まった上段のフルーツのタルトを口に入れると今まで食べたこともない爽やかな酸味と甘味が口いっぱい広がり思わず目を見開いてしまった。

「ふふふ、美味しいでしょ」

甘味かんみの食べ物って今までショートブレッドみたいな小麦粉、バター、砂糖だけで作る様なものやトフィーみたいなバター、蜂蜜、砂糖で作るキャラメルの様なものやキャロットケーキくらいしか食べた事がなかったので…こんなに口の中で色んな味が広がるものは初めてでビックリしちゃいました!」

「将来は菓子職人として独立したいっていうキッチンメイドが数人いるんだけど城内の食事のあれこれは料理長が仕切ってるのでメイドたちの鍛錬の機会がなかなか無いって嘆いてるのをルーが偶然聞いたから、だったら僕らのアフタヌーンティー用のお菓子をその子たちだけで作ってもらおうって事になって今に至るんだ」

「最初は料理長から色々言われたけど、結果的にメイドたちのストレスも無くなったし、以前よりやる気が増して通常の業務に良い影響しかないし、その噂が城下まで流れて今では雇用して欲しいって若い子が沢山いるみたい」

「素敵な環境ですね」

「格式や伝統も大切な事だけれど時代の流れで柔軟な考えになる事も必要だと思うんだよ。まぁ、そういうのを有言実行しているのが僕の父と姉で僕はその真似っこしてるだけなんだけどね」


 聞きながらこの国の王族は、表面上ではなく本当に平民から愛されているのだろうなと感じた。

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