第2話 忘れていた感情



 自分の身がこの様に変化してからは無闇に外へは出歩かなくなり本が友達の様になっていた。特に伝説や伝承が書かれている本に取り憑かれる様になったのは、多分無意識のうちに自分のもう一つの血、ルーツを探ろうとしていたからなのかもしれない。



 手持ちの書物には父親に該当する筆録が無かったので顔を出来るだけ隠し、村で一番古い教会の書庫を訪れてみた。それが今回の事の起こりで今から思えば、父の事など考えず今までみたいに誰にも悟られぬ様静かに暮らしていればこの様なことにならず済んだのかもしれないと悔やんでも悔やみきれない。

 教会を出た先で偶然に昔よく遊んでいた子に出会ってしまい少女のままの骨格を怪しまれ顔を隠していた頭巾を剥ぎ取られ容姿を暴かられ「悪魔がいる」と叫ばれた。

 必死で家に戻り母に事情を説明して僅かな荷造りをして扉を開けた先には私よりもよっぽど悪魔の様な形相の村人達がくわなたかまを持ち此方に向かってきた。

 森までなんとか逃げたが貧しい生活をしていた私たちにはそれ以上逃げ切れる体力など無く直に追いつかれ囲まれそして母は私を庇って殺された。次は私の番だと思った瞬間辺り一面が煌めき風や水が生命を宿した様に村人達を襲い気が付けば目の前には自分に殺意を持った人物が全て倒れ月が昇る方向から美しい容姿をした女性が歩み寄ってきた。

 近づくにつれ徐々に神々しさが増し、女神といわれる人物がいるとしたらきっとこの二人なのだろうと思った瞬間気が抜けたのか気を失い、意識を取り戻した時には二人の従者らしき男性に抱き抱えられ目の前には見た事もない美しい地が広がっていた。

「残念だけれど貴方の母は亡くなってしまったから此処に眠っていただきましょう」

 背の高い美しい人が私にそう伝えると背の低い気が強そうな少女が私を見つめ静かにこう言ってきた。

「出来るだけ早いうちに墓石を用意させるから暫くは簡素なままを許せ」

 穴を掘ってもらい遺体を埋葬して手を合わせると二人とその従者達も一緒に弔ってくれそして小さい方の少女が口を開いた。



「何処にも行き場所がないのなら私についてこい」


 自分がこんな見た目になったし今まで読んできた伝承の本お陰で人外の知識はそれなりにあった為、自分を助けてくれた人物の見た目が変化してエルフが目の前に現れてもそんなに驚きはしなかったしエルフの国に足を踏み入れてもそれが幻や目の錯覚などとも思わなかった。母の遺体を土に返したのも現実で自分を愛してくれる人は誰一人としていないこの世界もまた現実なのだ。



 そうはわかっていても受け入れ難い。


 母は、死ぬ間際に「どうか生きて」と言ったけれど孤独になった私に母の最後の願いは荷が重すぎる。


 せめて生きる意味が一つでもあれば……



「リズリエット、今日は何もしなくていいから好きに過ごすと良いよ」


 人の気配を感じ夢から覚めるとそこはよく見慣れている薄暗いジメジメした天井では無く明るい世界が広がっていた。大きな窓の向こうで綺麗な小鳥が囀って優しい風が木々を揺らしている。大きなベッドで横になっている自分の隣には妖精のルシエルさんが頬を伝う涙を拭いたり頭を撫でてくれて声の主であるエルフ族のフェリシオン王子はベッドの横の椅子に座り優しい顔で此方を見ていた。

 昨日の夜は、今後私室をどうするかの話になった。使用人の為の居住空間で都合の良さそうな場所は、あいにくフェリシオン王子のお姉様とお兄様の使用人で埋まってしまっており、空きが無さそうなので離れの館を提案されたがそれを聞いたルシエルさんが…やれやれという表情でこう言った。

「遠すぎるよ!ここまで来るのに絶対迷い子になるよ。それにもしキミの熱狂的なファン(使用人)にいじめられたらどうするんだ。キミは知らないだろうが、女の嫉妬は恐ろしいんだぞ。子供の頃、キミの取り合いで何度も醜い争いがあったの忘れたのかい?あれの大人版を想像してみなよ。あー、恐ろしい。私は絶対反対だからね!」

 と猛抗議した結果…過去の色々で察した王子が観念し

「うーん…」

 と、考え込むと自分の部屋をじっと見渡し、ふぅと一つため息をついた後、

「ルー、明日少し力を貸してくれないか。久しぶりに幻術魔法を応用してリズリエットの個室を作ってみるよ。それでどうだろうか?」

「良いね!そういう事なら勿論手を貸すよ。楽しみだなぁ」

「……リズリエット、そういうわけで明日から僕の部屋の一部を使ってもらう事になったのだけれど…それでもいいかな?あ、勿論鍵をつけられる様にはするから…!」

「私は、拒否する理由がないので…」

「それじゃぁ、今晩僕はソファーで寝るからキミはベッドを使いなさい」

 と寝室に連れていかれ今まで見た事もない様な大きなベッドに横になり、心細かろうとルシエルさんが添い寝をしてくれたのだった。



「フェリもベッドで寝ればよかったのに」

「あのねー、ルー。キミは妖精だから良いけれど僕はそんなわけにもいかないの」

「キミと同年代の特級貴族の坊ちゃん嬢ちゃん達は毎晩夜の手ほどきを受けてるというのに全くキミは純真というか頭が堅いというか」

「はぁ…そういう話はリズリエットのいない時にやってくれないか。…ほら、毛布に隠れてしまった」

「ふふっ、リズリエットもまだお子様だったか。ユニコーンが喜んでやってくるね」

 けしてそういう話題に興味が無いわけではないけれど自分には縁のない事だろうと思っていたのでいざ聞くとなんだか恥ずかしくなってしまい毛布にくるまって顔の火照りを隠したけれど更に揶揄われてしまう結果になった。

「それにしても意外だな。ルーは、リズリエットの事を相当気に入ったみたいだね」

「だって可愛いじゃない。あと、なんだか惹かれるんだよね」

 そういうと毛布越しに優しく抱きしめられた。こんな事、母以外にされた事がなかったので何故か胸が熱くなっていく。

「ルーが言う『可愛い』は小動物に向けて言う其れに聞こえるんだけれど」

「そうだね、リズリエットは声も可愛いし華奢で紫の瞳もこの黒髪も綺麗。うんうん、黒猫の子猫ちゃんみたい。永遠に愛しく可愛いと思える存在だね。フェリも昔は小さくて可愛かったのに今ではこんな大きくなっちゃって私は悲しいよ。そうだ、リズリエット。私を呼ぶ時はこれから特別に『ルー』で良いよ」

「……る、ルー…」

「うん?」

「私の事も…『リズ』…でいいです」

「やったー!フェリより先にリズって呼べる!」

「…んっ。それは、ちょっと悔しい」

 端正な顔立ちをしたエルフの王子がこんな事で拗ねるなんて…不思議だ。

「……フェリシオン様も…いいですよ」

「!」

 今度は笑顔になった……やっぱり不思議だ。

「リズ、公の場では無理だけどこうやって三人でいる時は僕を呼ぶ時『フェリ』で良いからね」

 昨日の夜から、今まで体験した事がなかった事ずくめで少々混乱している。でも、この感じはけして不快なものでは無い。

「リズ、初めて笑った。笑顔も可愛いね」

「本当だ」

 言われて気がついた。

 私は、数年ぶりに人前で笑っていたらしい。



「さて、リズも起きたしそろそろ遅めの朝食にしようか」

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