第3話 初めての感情


 人から好意を持ってもらう事に対して悪い気はしないが、それが積極的すぎるというかしつこく強引に自我を押し付けられると気が滅入るというか…好意の向こう側にある本当の真意が透けて見えていつしか気持ち悪さを感じる様になり、そこから他人との接触は最低限の事以外は出来るだけ避ける様になった。

 幼い頃は、優しい姉や兄がフォローしてくれたが成人になり末っ子とはいえ一国の王子である以上これから隣国のエルフとの外交にも参加しなくてはいけないのでこの人見知りはいずれ克服しなければならないというのが僕の課題だった。

 そんな折に出会った外界の異国の少女。いや、見た目は少女だが年齢は二十歳なので人間族の分類でいくと立派なレディである。リズリエットは、僕が想像できない様な人生を送ってきたからだろうがとても儚く見え、なんというか気が付けば僕の方から目で追ってしまっている。物珍しさからくるものであれば彼女に対してとても失礼な行為をしている…が、なんというか…自分でもわからないがそういう目で見ているわけではない気がする。


 この気持ちは、なんなのだろうか。

 明け方、目が覚めてそんな事をぼんやり考えていると寝室の方でうなされている声が聞こえる。レディの寝ている部屋に勝手に入るのは良くない事だけれどあまりにも苦しそうなので小さくノックしてそっと扉を開けるとルーが気が付いて手招きしてきた。

「きっと昨日の事夢に見ているんだろうね。見てよこの涙、可哀想に。私は夢の類を操作するのは苦手だからどうしてあげる事も出来ないな…」

 ルーは、そう言うと赤子をあやす様に優しく頬を撫でた。

 苦しそうに呻いている顔を見ていると居た堪れなくて気休めかもしれないが…と、ヒーリングの魔法を使ってみると少し表情が和らぎ寝息も落ち着いた。

「フェリもたまには気が利くようになったね」

「それはどうも」

「そうだ。また良くない夢を見ない様にアミュレット作ってあげようよ。石は誕生石を使おう。それにフェリと私の魔力を注げば品質が格段に上がるだろうから夜の寝つきが改善されると思うんだ」

「それはいい考えだね。朝食の時間に誕生月を聞いてみよう」

「私の鉱物コレクションから一番良いものを使おう。耳飾り、首飾り、腕輪、指輪…何が良いかな?これも何が良いか聞こうね。装飾も彼女が好みそうなものを聞いてから作ろう。うふふ、フェリに何かしてあげるよりウキウキしてきたよ!」

「ふーん」

「あれぇ、ヤキモチ?」

「そんなんじゃないよ、ただこんなに浮かれてる姿見た事ないなと思ってね」

「この子に興味あるのは間違い無いけれどフェリと私のは絆みたいなものだから安心しなよ」

「よくそんな恥ずかしげも無く言えるね。羨ましいよ」

「私は義理に厚い妖精なのさ。ま、結果的に助けてくれたのはキミの姉上だけど。でもキミがお願いしてくれたから今の私がいるわけで、まぁそういう事!」


『ルシエル』は、僕がつけた名前で目の前にいるこの妖精は、本当は別の名前を持っている。


 この地は、今でこそ平和だけれど僕が生まれて間もない頃まで闇の力を崇拝するダークエルフと争いが絶えなかったらしい。争いというよりも向こうが一方的に土地を奪おうとしてきたという方が正しいかもしれない。

 ある時、僅かに綻んだ結界を破って侵入してきたダークエルフの奇襲部隊と呪詛師達が疫(呪い)をばら撒いた事があり、父上率いる王国軍が程なくして制圧し、疫は魔力の強い母上と姉上達や魔術部隊で解呪げじゅさせたらしいのだけれど僅かに解けきらなかった禍々しい念が長い年月大気を静かに漂いこの国で一番美しい湖に沈澱しそこから徐々に異変が起こり、気づいた時にはその一帯の水や花々に宿る精霊が消滅していった。

 僕が出歩ける歳になった頃、王家の子供達と僅かな従者で湖を訪れた際、一番最初に異変に気づいたアルテリア姉様が魔術隊が到着する前に魔力を使って対応した結果、被害を最小限に抑える代わりに疫と精霊達の哀しみを吸い呪いにかかってしまった。

 ルシエルは、その時消滅しかかったのを僕がお願いして助けてもらった妖精なのだ。

 アルテリア姉様は、治癒部隊が到着し運ばれていく際にルシエルに「フェリシオンの事を助けてあげて」と言い残しルシエルはそれをずっと守り今に至る。


 あの時…僅かに残っているアルテリア姉様の魔力を僕が使わせてしまった。

 国を治める才と能力を兼ね揃えた人だったのに自分の一言でこんな事になってしまうなんて…子供の時は気が付かなかった。大人になるにつれて事の重大さを感じていると察した彼女はこう言った。

「フェリが気にする事では無いわ。これは、疫を解き切れなかった己の不甲斐なさのせいよ」

 お姉様は気まぐれな性格だし時々口が悪くなるけれど憧れるほど高潔な人だ。

 僕は今までお姉様に救われてきた。だから今度は、彼女の呪いを解く力になりたい。


「今、昔の事思い出してたでしょ」

「…うん、まぁ」

「気にするな…と私が言えることでは無いけどさ、フェリも私もアルテリア様の解呪を諦めてはいないし、今はこの子を任されたわけだから取り敢えずやれる事をやっていけば良いんじゃ無い?」

「そうだね」


 ルーの言う通りだ。今は彼女の事を考えよう。

 昨日の今日だしお世話掛といっても当分の間は国の行事ごとは予定されていないから直ぐにあれこれ覚えてもらう必要も無い。今の彼女には癒しの時間が必要だ。

 だから暫くは、この地に慣れてもらう為にもゆったりした日々を送ってもらおう。天気の良い日は街に出てみるのも良いかもしれないし近いうちに僕もリズリエットのお母さんのお墓をお参りしたい。

 そんな事を思って目をやるとリズリエットが目を覚ましていた。

「おはよう、リズリエット。今日は何もしなくていいから好きに過ごすと良いよ」

 寝起きはそんなにいい方では無いのか暫くぼーっとしている様子を見ているとルーから一緒に寝れば良かったのにと茶化してくるので出来るわけないだろうと返事をした。

 秩序の国とはいっても体を売る娼婦の様な職もあるし奴隷の売り買いだって古くから認められているのでルーの言う通り貴族の間では若いうちから女遊びやら奴隷で性処理を行う輩がいるのは風の噂で知ってはいる。最初は、双方を汚らわしいと感じていたがそうでもしないと生きていけない者だっているし奴隷から出世して立派な使用人になる事例も少なく無い事をやがて知っていくと一つの視点だけで物事を判断してはいけないのだなと感じる様になった。


 誰もが平等に暮らせる理想の世界は現実にはなかなか難しい。


 しかし今ある世の中を維持したりより良くして守っていくのが王家の勤めでありその血筋に生まれたのだから自分も政治に参加出来るような時期が来たらただ理想だけ追いかけるのでは無く理不尽なことや現状起こっている問題点にもしっかり目を向けて然るべき所で対策を考えていかなくてはいけないな。って…こういうことは実は一番上の姉がよく僕に教えてくれる事なので次期当主は本当にアルテリア姉様が適任だと思う。あの呪いさえなければ本当に…。

 ふと見るとルーがリズリエットを小動物を扱うように愛でていた。全く…妖精は気ままで羨ましい。いや、羨ましいというのは、けしてリズリエットに密着してるからという部分では無くて難しい事を考えなくても良い立場で良いなという事であって…!……何を一人で慌てているんだ、僕は。

 なんだか昨日から本当に調子がおかしい。

 そうこうしているうちに目の前の二人は、愛称で呼び合っていた。


「やったー!フェリより先にリズって呼べる!」


「…んっ。それは、ちょっと悔しい」


 思わず口をついてしまった。それを見てルーがニヤリと笑っているしリズリエットは、キョトンとしてこちらを見ている。なんだかとても恥ずかしい。


「……フェリシオン様も…いいですよ」


「!」

 予想してなかった展開と胸の底から湧き上がる不思議な感情に驚きつつ気がつけば少し表情を緩ませている自分がいる事に気がついた。

 爽やかな朝、三人とも笑顔でこういうのも悪く無いと思える一日の始まり。




 それにしても今朝はちょっと身体が痛い。きっとソファーで寝たからなのだろう。朝食を済ませたら早速リズの個室を作ってあげて今日の夜は、ちゃんとベッドで眠ろう。

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