第4話 魔法の力



「リズってさ、誕生日って何月?」


 朝食が済み、お茶を頂いている最中にルーが唐突に質問するのでリズがポカーンとした顔をしている。

 そりゃそうなるだろう。ルーは、コミュニケーション能力が有るのか無いのか僕には計りかねる。

「ルー、ものには順序というものがあるだろう」

「初日にプロポーズしたキミが言う?」

「だから、あれはそういう事じゃ無くて!」

 僕とルーのやりとりが彼女のツボにハマったのか直にクスクスと笑い声が漏れ出した。

「えっとニ月です」

「へー、ちょっと待っててね」

 ルーは席を外すと古い本を持って戻ってきた。見たことがない本だったので誰でも出入り出来る書庫の本ではなさそうだ…となると…。

「ルー、またアルテリア姉様のライブラリー(書庫)に勝手に入ったのかい?」

「ん。さっきワゴンで食器を下げている時に偶然出会ってリズの事聞かれたから答えたついでに人間界の占星術とかチャームについての本がないか聞いたらお茶の用意をしてる時、使用人が届けてくれたんだよ」

「なるほど」


「うーんと、なになに…人間の文字はまだ読めないから絵と色で判断するしかないな…あ!そうだ。リズ、私に人間の文字と読み書き教えてよ」

 ルーは、僕の事を変わり者というけれどキミだって僕からすると多趣味で一度興味を持ったらその事について理解するまで調べ尽くす真面目で探究心が強くて勉強家な一面もあって稀な気質を持っている妖精だと思うよ。そしてそんなルーから僕はいろんな事を教えてもらって育ってきたんだ。

「私でよかったら」

「ありがとう〜!こっちの言葉の読み書きは、私が手取り足取り教えてあげるね!」

 テンションが上がり距離感無視のルーがリズに抱きつくものだからみるみるうちに彼女の顔が真っ赤になっていく。妖精とはいえ見た目が現在『男性』の状態のルーに抱きつかれたら『性別はない』と聞かされても最初は戸惑ってしまうだろうな。

「おぉ…フェリ、人間界とエルフ族って誕生石の概念がほぼ一緒らしいぞ。と、なるとニ月はアメジストだね!リズのその紫の瞳と一緒の色だ」

 どうやらその本は人間界の魔術の類が記載された書物らしい。リズの言葉を借りると誕生石の様なパワーストーンの他にも人間界のまじないや占いについても詳しく書かれている様なので聞いてて興味が出てきた。今度僕もリズから人間の言葉の読み書きを教わって自分で読める様にしよう。あぁ未知の知識が得られるなんて…幸せだ!こういう所…きっとルーに似たのだろう。

「それにしても急に誕生石なんて…どうしたのですか?」

 話が飲み込めていないリズが質問してくるので事の経緯を話した。


「だから朝起きたら横にいらしたのですね。お気遣いありがとうございます」

「前も言ったけれど三人でいる時は敬語じゃ無くていいよ」

「でも昨日ここに来たばかりでまだ環境に慣れてない…ので、変な所で言葉使いが悪くなるのも…いけないだろうしと思うとなかなか普通に喋れない…かもです」

「そうだね、慣れるまではリズのやりやすいように喋ればいいよ。でも私はただの妖精だからいつでもどこでも気兼ねなく友達感覚で接してくれていいよ。と言うかそうじゃなきゃイヤだからね!」

「ありがとう、ルー」

 僕は曲がりなりにもこの国の王子でリズは取り敢えず形式上、世話係ということなので仕方ないこととはいえルーが羨ましい。

 二人を見ているとルーは本当に楽しそうだしリズも時々見せる笑顔が可愛くて僕だけ蚊帳の外みたいな感覚になってちょっとした疎外感を感じてしまう。不思議だな、今まであれだけ他人と関わる事を自ら避けて生活していたのに。

 そんなモヤモヤした気持ちを見抜かれたのか僕にルーがにっこり笑ってきた。

「うんうん、その反応いい傾向だねぇ」

「…何が」

「リズが来てくれて本当に良かったね〜」

 ここぞとばかりに揶揄からかってくる。全く妖精はこれだから…っ。

「…こほん。と、いうわけで…ルーからの提案で誕生石を使ったアミュレットをキミに作ってあげたいのだけれど耳飾りとか首飾り、腕輪に指輪とかで好きなアクセサリーってあるかな?」

「ん〜…子供の頃お花で作った花冠とか首輪や指輪はしたことあるのですが、ちゃんとしたアクセサリーって身に付けてこなかったので好きな…という物はこれといって思い浮かばないのですが、耳はホールを開けていないのでピアスとなると先ずはそこからやらないと…です」

「そっか、じゃぁピアスにしたらリズの初めてを頂くことになっちゃうね!」

「は、初めて…」

「ルー…あのね、そんな下品な言い方はやめなさい!ほら、またリズが真っ赤になってるじゃないか」

「もーう、二人とも妄想力が豊かだねぇ」

 思わずリズと目が合って間も無くお互い何かを察し視線をそらした。ルーは相変わらず愉しそうに此方を見てくる。はぁ…反撃してやりたいが、今のままではいい様に弄ばれるだけな気がしたので平然を装い話の続きを切り出す事にした。

「アクセサリーに使う素材は、ルーがひと通り揃えてくれてるから気になるアイテムができた時にでも教えてくれたらいつでも作るからね」

「はい」

 あとは…そうだ。アミュレットの話で忘れそうになっていたけれど…今日は別件が有ったんだった。

「それとリズの部屋をこれから作るのだけれど窓はあったほうが良いかなと思うので…家具を置いていないあの一角を使おうと思うんだけど、どうかな?」

 僕にあてがわれている居住区画は、割と広めで個人が使用する居間(パーラー)、書斎、寝室、お手洗いと簡易の浴室とあとはバルコニーで構成されている。居間は僕とルーの二人で使うには広すぎて一部ダイニングとして使用しているが、ある程度の調度品を置いてもやはりやや殺風景さっぷうけいな空間が存在してしまう。僕が指し示したスペースは、隙間を埋める調度品は無く、あると言えば大きな窓だけだったのでそこを使えばそのまま外に出て景色を見ることもできるから…。

「一人用のベッドとワードローブに机と…リズは女性なのでドレッサーなどを置いたらどうかなって思うんだけれど」

「フェリにしては(他人の事を)良く考えてる!私は感動したよ」

「ルーと出会う前のまだまだ小さい子供の頃、こんな僕でもやんちゃな時期があって使用人の部屋に勝手に入って困らせた事が有ったんだけど、確かそういう家具で構成されていた様な…って昨日思い出したんだよ」

「そ、そんな…私は寝具さえあれば」

「何言ってるのリズ。衣装を収納する家具が無かったら私が衣装を用意してあげるまで毎日寝衣姿でここをウロウロする事になっちゃうよ。私は良いけど寝ぼけてはだけたりしてたらフェリにはちょっと刺激が強いんじゃない?」

「!」

 確かに毎日それでは僕も目のやり場に困ってしまう。

「あー、でもフェリ…これは荒療治と思えば良いのか!」

「良くない!」

「す、済みません!か、家具もお願いします…っ」



 幻術魔法は久しぶりだ。

 しかも人の為に使うなんて少し前の自分では考えられない事だと思う。

 僕は生まれながらに魔力が高かったので質の良い魔法が子供の頃から使えた。ある日、同年代の子供の集まり(お茶会)で女の子にせがまれるままに魔法で辺り一面花で埋め尽くしたら「私にも」「私のために」とあっという間に囲まれてそこから子供ながらに女の争いが始まってしまい、そして親を巻き込む猛烈なアピール合戦が勃発。

 純粋な気持ちで良かれと思ってやった事が結果、子供は中性的で容姿の良い王子の取り合いで争い、その親たちは、社会的ステータスに固執する人達の媚びと同じ穴の狢同士の巧妙で醜い蹴落としあい…と、そういった人の醜さを暴くカタチになり怖さと嫌悪でそこから暫く自室で塞ぎ込んだ思い出がある。

 あの時はもう血縁以外の人の為に気軽に魔法は使うものかと思ったけれど不思議とリズにはそういう気持ちが起きなかった。リズは異国の人で貴族の世界とは関係のない人だから…かな?


「今から行う魔法は、結界と幻術の応用で其処に本来は無かったものを創り出すんだけど僕一人で創っちゃうと透視出来てしまうのでルーの力も使ってお互いの力の干渉で術者も中を見れなくするから安心してね」

「はい」


「それじゃぁ始めるよ」


 普通術者は力を補う為に魔力が凝縮された杖や指輪を用いたり用途に応じた詠唱を行うが、僕は己の身一つでなんでも出来るし補佐としてルーもいるから無詠唱で寝具やその他の家具、そして壁面があっという間に目の前に出現した。多分リズには随分あっけない出来事に見えていたのかもしれない。


「こんな感じでどうかな。中を確認してもらえる?不備があったら手直しするよ」

 ドアノブに手をかけてゆっくり入っていくリズを見て気に入ってくれると良いのだけれど…となんだかソワソワしてしまう。少しして出てきた彼女の表情はとてもキラキラしていた。

「わぁ…凄いです!鏡もピカピカでベッドもとってもフカフカしてました」

「僕がイメージしたのは子供の時に見た使用人の部屋をベースにしてちょっと手を加えたぐらいだからちょっと地味だったかな」

「とんでもない!こんなに綺麗なお部屋を私が使っていいなんて…まるでお姫様になってしまった気分です」

「お姫様かー、だったらこの部屋は私が使うからリズはフェリと一緒のベッドで寝ちゃいなよ」

「ルー!なんで毎回そういう発想になるんだよ」

「ははは」


 ああそうだ、これも作っておかないとと…手のひらに魔力を集中させて鍵も作りリズに差し出した。


「はい、これが部屋の鍵。それと内鍵できるようにしてあるし結界にちょっと細工してルーも壁を貫通できない様にしたから寝て起きたら横にルーが添い寝してるなんてことも無いので安心してね」

「うわーっ、そんな事を施してたのか!フェリの意地悪!」

「ふっ」

「いいもん。私はノックして堂々と中に入らせてもらうから。いいよね?リズ」

 男の姿で後ろからリズに抱きついて最後は囁くように言うものだからまだ慣れないリズは、またりんごの様に真っ赤になっている。全くもう…妖精は純真な子を弄ぶのが好きなんだから。

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