第5話 アミュレット


 魔法の力を見たのは、命を助けてもらった時と今回の私の個室作りで二度目だけれど本当に凄い力で目の前で展開される現象に魅入ってしまう。


 指定の場所に出現した個室は、壁面の一辺を見る限りでは狭そうに見えるのだけれど中に入るとかなり奥行きがあり、かつて自分が住んでいた家の個室より広く、年頃の女の子が欲しいと思える家具がひと通り揃えられていた。


 お二人の説明では、その空間に従来無かったもの…しかもある程度の大きさの質量を創り出し長期的にその形のまま維持させる事が出来るのは、『結界』を生成する事が可能な人物のみらしい。その力を持っているのは「神と呼ばれる存在」とこの国を古の時代から統治している王族の血を受け継ぎ、並以上の魔力を保有する者のみ…なのだそう。そして質の良い魔力を持って生まれたフェリシオン王子は若干の精神統一のみであらゆる魔法を発動させる事が出来るそうだ。そこにルーの『精霊の力』が合わさると万物の波動が集まりやすくなり時短につながるのだという。

 ルーが言うには結界を生成するとき魔法で『時空のゆがみ』の元になるエネルギーを生み出し、部屋の中に高次元を創り出した…との事だけれど私にはとても理解が及ばないお話だった。魔法っておとぎ話や夢の世界みたいに手をかざしたり杖を使うとポンポンと奇跡が起きるものかと思っていたけれど実際は、なんていうかとても学術的というか…実はとても教養が求められるものなのかもしれない…。


 私が育った地域は学問が学べる施設がある街からは随分離れていたし私がこうなる前から余裕のある暮らしはしていなかったからその様な場所には縁など無くて今の私を形成しているものは、お母さんから教えてもらった生活に必要な知識と彼女が子供の時からコツコツ集めてきたという本が私の全てだったので時空の歪みとか高次元という単語の意味がいまいちピンとこない。


「人間の世界と此処では色々違いがあるだろうから今は魔法ってそういうものなんだ程度の軽い感じで受け止めていればいいと思うよ」

「そうそう、考えすぎると知恵熱出ちゃうからね!」


 眉間に皺を寄せて考え込む私を見て察してくれた王子がフォローしてくれる。

 魔法の仕組みはよく分からないけれど目の前にいる妖精と王子様は、子供の頃に読んだメルヘンの世界や夢では無くて現実に存在する人たちで…そしてそんな二人に優しく接してもらえてる事が今はとても嬉しい。

 フェリシオン王子から魔法の鍵を受け取り、今日からこの世界で暮らしていくのだなという実感めいたものが心に芽生えた。正直何も分からない事だらけで不安は有るけれど日々学んで少しづつ吸収していき、足を引っ張らない様にしなくては。


 そういえば、アミュレットのお話…どうしよう。


 身に付けるもの…か…。指輪は、身の回りのお世話する時、外れて落として無くしてしまったらいけないし腕輪やチョーカーやネックレスも普段付け慣れてないから大事な衣類に引っかけけてしまうかもしれない。……となると、やっぱり。


「あの…っ、先程のアミュレットのお話なのですけれど…ピアスにしてもらっても良いですか?」

「僕たちは作るだけだから全然構わないけれど体に傷をつけて大丈夫?」

「はい。耳だと二つになるわけで…という事は…例えば右側がフェリ殿下、左側はルーみたいな感じで守ってもらえてる感が増して安心するかな…なんて思ったのです。あとは…その、ピアスで出来たホールはお二人との繋がりというか此処で生きていく決意の証にしたいな…って」

「なるほど。そしたら必要な素材準備して持ってくるから待ってて」


 暫くするとルーが綺麗な箱を持って戻ってきた。中には魔除けの素材としては有名な銀とその他の鉱物のかけらに誕生石であるアメジストの原石と二色の色が混ざった原石が入っていた。


「耳をちょっと触らせてね」

 ルーはそう言うと私の耳に少し触れた後、ニコリと微笑んだ。

「うんうん、体質的に金属に過敏反応は無さそうだね。これなら銀に他の金属を少し混ぜて強化しても大丈夫そうだ。銀は手入れしないと黒ずんじゃうんだけど、そこは魔法の力を使って加工を施すからずっと綺麗なままだから安心して」


 金属の知識も無かったのでついでにルーから少し教えてもらったが、純銀だと物質が柔らかすぎて変形したりするので宝飾などで使う場合は、銅などの鉱物をほんの少量混ぜて強度を上げたものを使用するのだそう。過敏反応というのは体質によっては汗などで肌がかぶれてしまう事をいうらしく、私は幸いな事に宝飾で使われる様な類の鉱物は肌に触れても大丈夫らしい。


「金属加工は専門の職人がやる事なんだけどフェリが子供の頃からこの城に引きこもりがちで私をなかなか外に連れ出してくれなかったから暇を持て余しちゃってさ、書庫にある板金や鍛治、彫金の本読んで自分で色々試してるうちにこういう事がすっかり趣味になっちゃったというわけ」

「でも昔本で読んだ事あるんだけれど、妖精は冷たい鉄とかそういうのが苦手だって…」

「あ〜、そういうのは人間の創作っていうか作り話の一つだよ。よく大きな国が一つ誕生する様な伝説とか書物の物語って複数の国の争いがあって最後に勝った国の為の歴史が描かれて負けた方の国は文化等が無かった事にされちゃうのだけどそれに近いっていうか…簡単にいうと大昔どこかの地域で元々住んでいた民族は石とか矢の武器しか持っていなかった。其処へ鉄の武器を持って侵略してきた民族が土地を奪い取ったという歴史が歪曲されて…」

「其れが、おとぎ話とかその土地の伝説の元になった…?」

「そういう事。だから魔法で呪いがかけてあるとかそういう物じゃ無い限り普通の鉱物に触れるのは平気だよ。ちなみに銀が魔除けによく使われているのは鉱物の性質上、毒を見破りやすかったりするのと熱伝導率が高い素材だから魔力も込めやすいっていうのがあって…」

「ルー、あれこれ一気に説明すると本当にリズが知恵熱出しちゃうから難しい話はそれくらいにしておこう」

「あ、ごめーん!こういう話ってフェリくらいしか聞いてくれないからさ。話してるうちに楽しくなっちゃってついつい勢いで話しちゃった」


 フェリ王子が私を気遣ってルーのお話はそこまでになってしまったけれど古い物語や言い伝えには元となる出来事が有るというのは、目から鱗というかちょっと興味が出てきたのでまた別の機会が出来た時にもっと教えてもらおう。

 目の前ではルーが銀の強化のために金属の生成を開始していた。普通金属を溶かすには炉を使ったりするらしいのだけどそのあたりはルーの魔法で一気に済んでしまった。本当に魔法という力はなんて便利なのだろう。

 デザインはルーとフェリ王子に全てお任せした。お洒落として使うというよりもアミュレット(お守り)として使うので寝ていて付けても比較的安全な形状(フープタイプ)を採用し、そこに合成した銀で細工した留め具を施して先程まではアメジストの原石だったものが魔法でペアシェイプに加工されて宝石としての形状になったアメジストが留め具に固定され、振ると少し揺れるものが完成した。


「ペアシェイプって別名ティアドロップとも呼ばれていて『神々が流す涙の雫』という意味があるんだ。神の涙は乾いた大地を潤す特別なもので癒しや生命力…そういう意味合いがこのカットに込められてる。だからリズに良さそうかなってルーと考えたんだけど、どうかな?」

「ありがとうございます!…とっても素敵です」


 デザインも勿論素敵だしこんな綺麗な濃い紫のアメジストは初めて見たので吸い込まれる様に魅入ってしまった。


「リズの目の色に合わせたくてアメジストのコレクションの中で一番お気に入りを使ってみたんだ。あとは、アミュレットとしての効果をさらに高めたくてピアスのフープの普段は見え辛い側面に小さいアメトリンを埋め込んでみたよ。アメジストは浄化とか精神安定、アメトリンは心と体の調和に作用するからこれだけで結構な力はあるんだけどここに私とフェリの質の良い魔力を落とし込むことにより唯一無二の完璧な一品に!」

 説明し出したルーはいつも以上に目がキラキラ輝いている。本当にこういうのを作るのが好きなんだなぁ。


「それじゃぁ、最後の仕上げをするね」

 二人が手をかざすとどこからともなく優しさを伴った小さな光が幾つも現れて一箇所に集まったかと思うとやがてテーブルに置かれたピアスの中に吸い込まれていった。

「これでこっちは完了」

 魔力を封じ込めた宝石は能力が増幅し、先程よりも煌めきが増している。

「じゃぁ、これを付けるためにホールを開けるね。出来るだけ痛くしないようにはするけれど最初はどうしてもチクッとした痛みがあるのはごめん。魔法を使って直ぐに傷を塞ぐからほんの少しだけ我慢してね」


 凄く申し訳なさそうな顔をしながら説明してくれるフェリ王子を見て、逆にこんな事を王子にさせてしまっても良いのだろうかという思いが頭を駆け巡り…。

「あ、開けるのは自分でやってみます…!」

 と切り出してみたけれど両肩を掴まれてブンブンと横に首を振ったルーに却下されてしまった。

「何言ってるんだよリズ!自分では見えない場所に穴を開けるんだよっ。変な所に開いちゃうかもしれないじゃないか。こういうのはそこの王子に全部任せればいいの!それにこんなに焦ってるフェリを見るのは久しぶりすぎてもの凄く…楽しい!…最後まで見届けたい!」

「全く、キミは本当に悪趣味だな!」

 暫く軽い兄弟喧嘩みたいな言い合いが続いた後、フェリ王子は覚悟を決めたのか「ふぅ」と深呼吸して私と向かい合わせになり魔法で熱処理を施した針の様な形状のモノを私の耳たぶに近づけた。


「それじゃぁ、いくね」


 耳たぶに先端が触れプツリと金属が侵入する。貫通した瞬間に直ぐ治癒魔法をしてもらったので痛みは本当に一瞬の事で傷ひとつない綺麗なホールが仕上がり体にストレスはかからなかったけれどフェリ王子の眉がハの字になり少し涙目になって何度も「大丈夫だった?痛みはある?」と聞いてくるし、横にいたルーはその顔を見て涙目になって笑っているしでなんとも言えない状況になっていた。

「大丈夫です。最初だけプチって感覚があっただけで今は本当に痛みはありませんよ。ピアス付けてみてもいいですか?」

 ルーが差し出してくれたピアスをぎこちない手付きで装着してみる。少し顔を傾けるとアメジスト部分が軽く揺れて少しドキドキしている自分に気付き、お洒落に目覚める女の子の気持ちってこういうものなのだろうかと感じた。


「おぉ!リズ、凄く似合ってるよ。ねぇ、フェリ」

「うん。元々魅力的だけど益々……あっ、いや、今のは聞かなかった事に…」


 出会った時から王子は、不器用というか社交辞令の様なお世辞とかを口に出すのは苦手なタイプの人なのだろうと感じていたので先ほどの言葉は、心から言ってくれているのだと思うと嬉しさと共になんだか心の奥に言葉では表せないフワフワとしたものが湧き出してきた。

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