第2話 彼女


 私は臆病だった。何故なら私は逃げたのだ。人が殴られているのに、それを助けずにただの自分も殴られるという恐怖心、そんなものの為に私は被害に合っている人を救えなかったのだ。しかも殴られている人はクラスメイトの綾人だった。


 綾人とは2か月前の席替えでペアの席になって初めて話すことができた。彼は自分に対して自信が無いように見えた。下を向くことが多く、休み時間も1人で過ごす時間が多かったように見える。そんな彼だが、私は彼の事が気になっていた。その理由は1週間前まで遡る。


 1週間前、私は下校途中だった。その時、私は人通りの少ない場所を1人で歩いていた。ひっそりと静まり返っている場所を歩くのは少し怖かったけど、すぐに慣れてきて、ここは静かで平和だなと思うぐらいになった。


「うえーん」


 そう思っていた矢先、向こうで幼稚園生ぐらいの子供が泣いているのを見かけた。多分迷子になってしまったんだろう。助けようと声をかけようと思ったら、その子の更に向こう側から1人の男の子がやってきた。


 その男の子は私の知っている人だった。


「どうしたの?大丈夫?」


男の子は目線を子供に合わせてから声をかけていた。その後、男の子は話をして、手を繋いで一緒に歩いていった。そしてその男の子こそが綾人だったのだ。


(良い人だな、あの人…)


 今まであまり印象がなかったけど、優しい人だとしれたから、その時は凄く嬉しかった。でも同時にこんなに良い人なのに学校ではいつも下を向いたままでもったいない、あの時、私はそう思った。


 そしたらこの有り様だった。殴られているあの人、それから逃げる私、自分が初めて憎く感じた。


 それから2日経って下校しようとすると、彼を見かけた。彼は顔に傷を負っていた。帰りの会ではそんな怪我はしていなかったはず。だとすると放課後にあの時みたいに…


「綾人、どうしたのその顔!?」


 もうこれ以上、あの人が嫌な目にあうのを見過ごしたくなかった。だから私は綾人に話しかけて、一緒に遊ぼうと言った。彼は最初、迷惑がかかるからと断っていた。彼は本当に優しい人だ。でも、今は自分の事だけ考えて欲しい、そう思った私は彼の説得を続け、彼は納得して提案を受け入れてくれた。


 それから綾人と友達になったが、彼との日々は楽しいものだった。


「よっ、綾人。算数のテストどうだった?」


「めっちゃ機嫌良いな。でも残念だったね。僕は95点だ。どうだ、この点数には勝てまい」


「ふふふ笑、甘いね。私は100点よ」


「嘘だろ!?、今回のテスト100点1人だけって聞いたのにそれが…」


「そう、それが私だったってわけよ。じゃあ、今日は綾人にいっぱいブランコ押してもらおー、あー楽しみ、楽しみ」


「にゃろう〜、次のテストでは勝ってブランコ占領してやる…」


「へへ笑、楽しみにしてるよ」


 こんな風に他愛もない会話もすれば、遊具で遊んだり、趣味の話もした。彼は意外にもスポーツが大好きで、よくテニスを見るそうだ。逆に私も自分の好きなアーティストを紹介した。彼も気に入ってくれてあの時はとても嬉しかった。それに何よりも彼はいつも優しかった。一緒にいて落ち着く人だった。私にとって綾人と過ごした時間は宝物だった。中学校からは別々の学校に通って、連絡手段もあの時は無く、彼とは疎遠になった。


 それから月日は流れ、私は大学生になっていた。その間も彼が今、どこで何をやっているのか分からなかった。中学から大学では色んな男子が私にアプローチしてきたけど、私は綾人との時間が忘れられず、全ての告白を断った。


 そして大学2年生になってからのとある日、友達と大学内を歩いている日だった。


「ねえ、あの人カッコよくない?」


 と友達が話す。友達が話すその男性に目をやると、身長は高く、スラッとした体型に端正な顔つきをしている人だった。


「こら。あんまり、人の事ジロジロ見ない。でも、そうだね、かっこい……」


 その人は身長、体格は変わっているが、前に見たことある人だった。間違いない、あの人は綾人だった。


「綾人!」


 校門から出ていく彼を私は追いかけた。私は校門から出て、綾人を探したが、彼の姿は無かった。


「はっ、はっ、ど…どうしたの?、急に走り出して」


「ご…ごめん。会いたいなって思った人がいたような気がして…」


「それってさっきのかっこいい人?まだ近くにいると思うから、探せば何とか見つけられるんじゃない?」


「そうだね。……でも今回は探さない」


「え?」


「だって私達、これから留学の為の飛行機に乗るじゃん。私の個人的理由で留学のメンバーに迷惑かけられないよ」


「良いの、本当にそれで?確かその人、初恋の人だったんだよんね?」


「良いの。…それに元気にしてるって分かっただけで、それだけで十分だから」


「そっか…」


「さあ、空港に行こう」


 そして私はアメリカ行きの飛行機に乗って離陸を待っていた。機内の窓からは空港内の建物が見えていた。ふと、さっきの事を思い出していた。まさか綾人が東京に、そして同じ大学に通っていたとは思わなかった。彼は本当に見違えるようだった。身長、体つきも男らしくなっていた。凄くカッコよくなっていた。でも彼の温かい雰囲気は何一つ変わっていなかったように思う。会って話が出来なかったのは、正直残念だったけど、久しぶりに姿を見れて嬉しかった。


「きっとまたどこかで会えるよね」


 離陸する飛行機の中で私は呟いた。






 

 


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きっとまたどこかで なかみち @dramaticroad

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