卯佐見蓮華は八雲絵梨と暮らしたい
前回までのあらすじ。
クラスメイトのチアリーディング部の女子に特殊な性的嗜好がバレた結果、その子とお付き合いすることになったけどそろそろ心が折れそう。
あらすじ終わり。
卯佐見蓮華は、美しい顔をした女が心の底から絶望した表情に性的興奮を隠せない、というサガを背負っている。
「この卯佐見蓮華が切り抜けられなかったトラブルなど……」
サガである以上、抑えることはできない。
「一度だってないんだッ!」
わたしは八雲絵梨と同レベルの美少女である生徒会長のスキャンダルを追っていた。
するとどうだ、生徒会長は後輩の女子生徒と放課後の生徒会室できゃっきゃうふふなことを致した前科があるそうじゃないか。証拠写真を撮る前に八雲絵梨にわたしのサガを知られたせいでこれまで撮るチャンスを不意にしてきたが、もう耐えられない。
授業を抜け出し、教師たちの心を読むことで放送室の鍵を盗み出す完璧なプランを考案・実行し、盗んだ鍵で昼休みに放送室へ侵入。校内放送で生徒会長の痴態を全校に向けてときめきと微笑みのようにバラまくことで、生徒会長を絶望させてやる。
あの生徒会長の美しいかんばせが絶望に染まるための手段など、選んでいられる余裕はなかった。八雲絵梨関連のストレスでわたしはもうボロボロだったし、証拠隠滅や捜査撹乱の面で最悪な手段をとってしまうほど飢えていた。
校内放送用のマイクのスイッチを入れ、全校生徒に自分の声が行き渡っているかをテストし、ぶっつけ本番台本なしの生放送を開始する。
「聞こえているかな、親愛なる学友諸君。他人の色恋沙汰に首を突っ込みたくなる野次馬根性溢れる君たちに最新情報をお届けしよ──」
「ちょっと待ったあ!」
「──ッ!? 八雲絵梨ィ……またお前か! またそうやってわたしの邪魔をするのか!」
「蓮華が放送室をジャックして何をするつもりなのか、私は知らない! でも今そこのマイクがオンになってることだけはわかるよ!」
「マイクに近寄るなァ離れろォ!」
「どうせ聞こえちゃうなら、聞かせてあげる! 蓮華! 好きだよー! 蓮華! 愛してる! れーんーげー! 進級する前から好きだった! 好きなんてものじゃない! 蓮華のこと、もっと知りたい! 蓮華のことはみんな、ぜーんぶ知っておきたい!」
放送室のマイクの前からわたしを突き飛ばした八雲絵梨は、学校全体に響き渡る告白を始めた。
「蓮華を抱きしめたい! 潰しちゃうくらい抱きしめたーい!」
迂闊だった。八雲絵梨に尾行されていたことに気付かなかったこともそうだけど、それ以上に心の声は心の叫びでかき消せることを、完全に失念していた。これじゃあ心を読めない。これを止めることもできない。
今のわたしは、ただの女子高校生だ。強力無比な能力を持っていると、そう驕っていただけの子どもでしかないんだ。
「蓮華っ、好きっ! 蓮華ーっ! 愛してるよ!」
「全校に向けて言うな!」
「私のこの心の底の叫びを聞いて! れんげー! クラスが同じになってから、蓮華を知ってから、私は蓮華の虜になっちゃったんだ! 愛してるってこと! 好きだってこと! 私に振り向いて!」
このバカはなんだって世界三大恥ずかしい告白のうちの一つを知っているんだ。それを校舎中にバラまくのをやめろ。やめてくれ。
「蓮華が私に振り向いてくれれば、私はこんなに苦しまなくって済むのに……優しい蓮華なら、私の心の底を読み取ってくれて、私に応えてくれるはず! 私は、蓮華を私のものにしたい! その心と全部を! 誰が邪魔をしようとも奪ってみせる! 恋敵がいるなら、今すぐ出てきて! 相手してやるんだから!」
目の前で放送室のマイクを握って叫ぶ八雲絵梨の顔は、羞恥からか真っ赤になっていた。
そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに。というか本当にやめろ。
「でも蓮華が私の愛に応えてくれれば戦いません。私は蓮華を抱きしめるだけ! 蓮華の心の奥底にまでキスする! 力いっぱいのキスをどこにもここにもしてみせるから! キスだけじゃない! 心から蓮華に尽くすよ! それが私の喜びなんだから! 喜びを分かち合えるのなら、もっと深いキスを、どこまでも、どこまでも、させてもらいます! 蓮華! あなたが私に秘密をお墓まで持っていけと言うのなら、やってもみせるから!」
「黙れッ!」
「あいたっ」
咄嗟に脱いだ靴下の中に小銭を入れたものでぶん殴ると、ようやく八雲絵梨の暴走が止まった。
マイクのスイッチを切り、力の限り怒鳴り散らす。
「よくもまあこんな恥ずかしいことしたな八雲絵梨ィ! これからどんな顔して高校生活すごせばいいんだ!」
「私と堂々と仲良くすればいいでしょ?」
「良かないわ! だいたい自分の首絞めてることわかってんのかお前お前お前!」
「蓮華、私ね。お姉ちゃんにこう言われたの。私たちの関係を秘密にする限り、蓮華は恋人ごっこをやめられない。やめられないけど、恋人ごっこ以上のことをしてくれないって」
「だからってバラしたのか! 後先考えず一時の恋煩いのためだけに! このバカが!」
「バカは蓮華でしょ! 私だって恥ずかしいんだから!」
「わたしは恥ずかしいとかそういう話をしてるんじゃあない!」
「でも、こうなったらもう蓮華には私しかいないんだよ?」
「お前にはわたししかいない、の間違いだろうが! 自分で築き上げたコミュニティを自分でぶち壊すやつが言うことか! だいたい今までの関係だって、お前にわたしの秘密をバラされたくないから維持してきたんだ! 周囲にも、お前にも、今までする必要のなかった気遣いを強いてきたのは、他でもないお前だ八雲絵梨! お前さえ、お前さえいなければ、わたしは……わたしの平穏で静かな暮らしは……」
「やっぱり、バカだよ。蓮華」
「この期に及んで罵り足りないか!」
「蓮華の秘密をバラすなんて、私一度も言ったことないよ。思ったこともない。蓮華のそんな変態なところだって好きだから」
「変態だとは思ってるじゃあないか……!」
「これから先、私以上に蓮華の秘密を受け入れられる人は、出てこないと思う。蓮華は、そんな私を見限れるの?」
「見限ってやるさ……!」
「『これからどんな顔して高校生活すごせばいいんだ』って言ったのは蓮華だよ?」
「……ッ」
「蓮華だって、ひとりは寂しいんだよね?」
「…………ああ、そうだよ。わたしだって寂しいと思うし感じる……これで満足か!?」
「──卯佐見蓮華さん。これから先の高校生活も、卒業してからのもっと先も、ずっと、あなたの秘密を守ります。だから、ずっと一緒にいてくれませんか?」
「告白の次はプロポーズか、マセてるんだかせっかちなんだかわからないね……いいよ、この責任はきっちりとってもらおうかな」
ねえ、エリー?
熱く、熱く、蕩けるように、そう囁いてみた。
◇
のちに『八雲絵梨全校大公開告白事件』として語られる事件の後、わたしと絵梨は恋人ごっこをやめて、正確な意味で恋人同士になった。
絵梨が同性愛者であることをカミングアウトしたことによる悪影響は、絵梨自身には全くなかった。
わたしにはめちゃくちゃあったけど。具体的には絵梨と交友関係のあるチアリーディング部の面々からからかわれたり男装していたことがバレたりとか。
ただ、絵梨の勇敢と無謀の区別がついていない行動のおかげで、絵梨とのデートで周囲の目を気にしてわざわざ男装する必要がなくなったのは大きい変化かもしれない。ナンパ目的の男が寄り付いてくるようになったのは良くない変化だが。そういえば近頃女子生徒同士で恋人繋ぎしているのをよく見かけるようになった気がするが、因果関係がはっきりしないので気のせいかもしれない。
ちなみに、わたしのサガは相変わらず抑えられそうにないので、定期的に他人を絶望のドン底に叩き落としている。絵梨はわたしのサガを受け入れてくれるが、それでもやっぱり他の女の写真をオカズにしていることにはジェラシーを感じるらしく、心の表層ギリギリにまで嫉妬心が浮かんでくることがある。そんな絵梨の機微を『可愛らしい』とか思えるようになったあたり、わたしも絵梨のことをちゃんと好きになっているのかもしれない。
わたしのサガは他人と相容れられるものじゃあない。けれども、絵梨はそんなわたしのサガを受け入れてくれた。なら、今度はわたしが絵梨を受け入れる番だろう。
恋人同士ですることを全部するまでには時間がかかるだろうけど、そんなわたしでいいと、そんなわたしがいいと言ったのは、他の誰でもない絵梨なんだから。
「ねえ、エリー」
手、繋ごう?
心を読める陰キャとそれに惚れてる陽キャ カゲツキ主任 @5H4D0WM00N
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