第6話 つまらない動機
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「なあ・・・お前って、何で笑ってられるんや?俺、お前の彼女取ったんやで?普通、怒るやろ。・・・・俺はお前の考えてることがようわからへんわ」
初めて僕が「黒闇姫」を肩掛けカバンに忍ばせて外出したその日。
僕と一緒に日本橋の電気街で行きつけの鉄道模型屋でNゲージを手に取っていた友人が、真顔でぼそりと呟いた。
「えっ?」
僕は、思わず聞き返していた。
友人は、鉄道模型を棚に戻すと振り返って僕の顔を見つめ口を開いた。
「話があるんや。どっかでお茶しよか?」
怒ったように友人はそう口にすると、僕をおいてさっさと店を後にする。
「・・ああ、いいよ」
僕は慌ててそう言うと、友人の後について店を出た。友人の背中を見ながら歩いていると、なんだか情けなくなって苦笑いが浮かんできた。
僕を裏切った友人に振り回されている現実。怒ったような様子の男に気を使っている自分自身に嫌気がさしてくる。同時に怒りがふつふつと湧いてくるのを、僕は抑えることができなかった。
恋人を奪われたのは僕なのに、どうして僕はこんな奴に気を使う必要があるんだ?
僕は、友人に気づかれないようにそっとカバンに触れ撫でた。
今、このカバンの中に凶器となるナイフが入っている。何時だって僕は『黒闇姫』を取り出して、犯罪者になることができる。
人間は大抵つまらない動機で人を殺す。
殺人事件のニュースを見聞きするたびにそう思っていた。
どうして、こんな動機で人を殺せるんだろう?
何時だってそう疑問に思っていたのに、今は僕がカバンにナイフを忍ばせている。恋人を奪われたぐらいで、人はこんなにも心を乱してしまうものなのか?
第一、僕は彼女をそんなにも愛していたか?
まだ、セックスさえしていない彼女。
キスどまりの彼女。
でも、生まれて初めてできた恋人。
初めて唇を触れ合わせた女。
殺意を抱く僕は、いかれてるか?
初めてできた友人が、初めてできた僕の彼女を奪って。
ようやく、人と触れ合う楽しさを知ったのにそれを簡単に砕いた友人。
僕はお前のようになりたいってずっと思ってた。
鉄オタの癖に、普通の奴とも仲がよくてさ。みんなに好かれて、社交的で快活で明るくて。僕と正反対で。でも、もしかしたらお前と一緒にいたら僕も変われるかもしれないって思えて。
でも・・・結局、錯覚だった。
僕は変われない。
変わらないどころか、今や犯罪予備軍。
情けなくて、笑える。なあ・・・『黒闇姫』笑えるだろ?
人間は、こんなつまらない動機で人を殺す。
僕はカバンの中に手を入れて『黒闇姫』の柄をしっかりと掴んでいた。
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