第11話 ツツジの花

◆◆◆◆◆◆




赤いつつじの花が、一気に飛び散る。


少女が落ちてきた。


うっそうと生い茂ったつつじの垣根の中に、少女が落ちてきた。赤いつつじの花が衝撃で飛び散り僕の足元まで花びらを散らせた。真っ赤なつつじの花が血のように見えて、僕は動くことができなかった。


「あっ・・・・助けないと」


僕は一呼吸おいて正気に戻ると、彼女が落ちたつつじの垣根に走り出していた。つつじの垣根は思ったよりも幾重にも植えられ生い茂っていて、少女の姿すら見つけることができない。


「どこだよ!!あの子は。早く助けないと・・・」


焦燥感に駆られたまま、僕はつつじの木を掻き分けようとして手を垣根に突っ込んだ。


「痛っ・・」


指先に痛みが走って思わず手を引っ込める。見ると、指先が少し血が滲んでいた。手で垣根を掻き分けるのは無理そうだった。僕は、焦って上着のポケットから『黒闇姫』を取り出すと鞘から刃先を抜き出した。

月夜にきらりと輝いたナイフで、僕はつつじの垣根を切りつけ掻き分け始めた。


ざっくりとつつじの太い枝が切れて、花びらを地面に散らせて行く。

血のように飛び散る花びらを踏みしめながら、思った以上に深い垣根の中に道を作っていった。


「あっ!!」


切り開いた垣根の先に、少女の姿がちらりと見えた。僕は、顔に擦り傷を作りながらも必死でナイフを振るった。そして、ようやくつつじの樹木に絡まった少女にたどり着いた。


「うっ・・・」


少女の左腕が奇妙な方向に折れ曲がっている。明らかに骨折していた。それにもかかわらず、彼女は気を失うこともなくうめき声も漏らさずに、ただ濡れた目を大きく見開いていた。彼女が生きていたことよりも、そのことに気圧されてしばらく動きを止めてしまった。


「王子・・様」


不意に彼女が口を開いた。その異様な姿とは、あまりにかけ離れた弱々しい声だった。僕ははっとして体の呪縛が解けた。彼女に駆けより抱きしめようとして、右手に『黒闇姫』を手にしていることに気が付きそれを地面に置くと彼女の体にそっと触れた。

少女は、驚いたように目を見開きそして身を震わせた。

僕の胸の中に崩れ落ちた少女が、震えながらぽろりと涙を零すのが見えた。僕は少女の背中にそっと手を回し、落ち着かせるために撫でていた。


「もう大丈夫だからね。今救急車を呼ぶから。親御さんも呼んでくるからね、怖くないよ」


僕はそう言いながら、救急車を呼ぶ為にポケットから携帯電話を取り出した。


その時だった。

突然、手に握っていたはずの携帯電話が吹き飛んだ。あっけに取られて少女を抱きしめたまま振り返ると、大柄な男が立っていた。その男の顔は、奇妙なほど怒りに歪んでいるように見えた。その男が、僕の携帯を払い落としたのは明らかだった。


「あなたは?」


僕の言葉に男は口を開く。


「そいつの親や。救急車なんて必要ない。部屋に連れて帰るから、勝手なことするな!!」

「そんな!!この子は骨折しているんですよ!!このまま病院にも連れて行かないなんて・・・っ!!」


突然だった。

男は反論を封じるように髪を掴むと、そのまま少女から僕を無理やり引き剥がした。


「痛いっ!」


僕は思わず悲鳴をあげて地面に尻餅をついてしまった。唖然としながら、男を見つめる。その男は、僕を無視して娘のはずの少女の襟首を掴むと怒鳴りだしていた。


「お前は、どういうつもりだ!!ベランダから飛び出して騒ぎ起こして、俺に迷惑掛けて楽しいか!!アホが、さっさと立て。帰るぞ!!」


男の目は怒りで血走っていた。尋常じゃない。僕は、恐怖を感じながらも男に掴みかかって彼女から引き剥がした。男が怒りに身を震わせたが、構わず叫んでいた。


「連れて帰るって、どういうことですか!!彼女、手を骨折しているのに」


「うるさい、黙れ。他人はひっこんどれ!!」


「っ!!」


男はそう言うと、僕を殴りつけてきた。




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