第13話 人を殺した少女
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一瞬の出来事だった。
少女は、折れた左手をぶらりと垂らしたまま父親の背中に抱きついていた。
いや、抱きついたんじゃない。
「うぐっ・・・あっ」
少女の父親の口からは、うめき声が漏れ出ていた。
少女が男を刺した。
男は、口から泡を垂らしながら地面に崩れ落ちていく。その背中には『黒闇姫』が深々と突き刺さっていた。僕は呆然として男を見つめ、そして立ち尽くす少女に視線を向けた。
真っ赤な血に染まった少女が、つつじの花に包まれながら立っていた。その右手は血に濡れていた。不意に少女は返り血を浴びた頬に、ぽたぽたと涙を零した。
「君・・・」
「死ん・・・で。死んでいいの・・・お父さんは、死んで・・いいの」
潤んだ目をした少女はそう呟くと、ふらりと体を揺らせた。僕は慌てて彼女を抱きしめる。彼女は気を失っていた。
気を失っているのに、少女の顔が微笑んでいるように見えるのは気のせいか?
僕はぞくりと背中を震わせながら、彼女を抱きしめていた。
その後の事はあまりよく覚えていない。
マンションの住人が騒ぎを聞きつけて集まりだした。その中の誰かが、救急車と警察を呼んだようだった。怪我を負った少女と少女の父親は、救急車に乗せられ病院に運ばれることになった。僕は呆然としたまま、救急隊員に促されて腕の中で眠る少女を引き渡すと、走り去る救急車をただ見送るしかできなかった。
そして、僕には警察での取調べが待っていた。
現場に到着した警察官に連れられて警察署に行くと、まるで犯罪者のように取調室に入れられた。酷く疲れていた僕は、刑事の繰り返される執拗な質問をぐったりしながらも答えていった。自分で事件の状況を説明していても、それはまるで作り話のような気さえしていた。その気持ちは、刑事さんも同じらしく何度も同じ質問をしてきた。
「だから・・女の子がマンションから落ちてきたんです。その彼女を助けようとしてナイフでつつじの垣根の中に道を作って女の子を助け出した時に、突然男が現れて。その男は、彼女の父親で・・・でも、少女に酷いことをしようとしたから僕と揉み合いになって。気が付いたら・・・彼女が僕のナイフで父親を刺していたんです」
自分でそう説明しながら、その現実感のなさにげんなりしていた。
それでも・・・それが、現実だった。
刑事さんは、僕がナイフを所持していた理由を執拗に聞いてきたが、ナイフは植物や樹木を採取する為に持っていただけだと言い張った。もしかしたら、銃刀法違反に問われるかと思ったのでその点だけは譲らず主張し続けた。
結局、僕は銃刀法違反に問われることはなかった。
それでも、厳重注意を受けてしまった。
ようやく取調べが終わって、警察署の休憩室で缶コーヒーを飲んでいる時にその知らせが警察に伝えられた。
少女の父親は、病院で息を引き取ったらしい。
その事を聞いて、僕は思わず缶コーヒーを床に落としてしまった。ぶるぶると手が震えるのを僕は、抑えることができなかった。
僕のナイフが・・・・『黒闇姫』が男の命を奪ってしまった。
あの少女を人殺しにしてしまった。
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