第五巻 √ 壊れた操り人形編⑤

 第五話 √ 動き出す頭脳


 午前七時五十分。五藤に続き、不可思議な死を旅館亭主の元木が迎えてしまった。未桜が元木の死体を調べるとBluetooth越しに声が聞こえて来る。

『口元を何かで塞がれていた痕跡があるね~』

「どういう事だ?」

『多分ガムテだね』

 ガムテープで口元を塞がれていた? 何故だ。こんな天気だ、全員がいつ殺されてもおかしくないっと言った面持ちで沈んでいく。無理もない。

「個人的には内科医師である川北さんに解剖をお願いしたいんだけど~まあそんな都合良く医療器具持って来て無いよね~?」

「……残念ですが」

「元木さんが殺害されたと思われる時刻は分からないけど~不思議な事に皆にアリバイ有りそうなんだよねえ。うちは二条さん、片村さん、斑鳩ちゃん、みぃちゃんと一緒に行動していたし、川北さんと岩井と長澤君と小川君も一緒に行動していた、と」

 俺は斑鳩の手を引き、足早に旅館への獣道を歩き出す。こいつには聞きたい事が相も変わらず沢山ある。俺はみぃと未桜にだけ聞こえるBluetoothで「ちょっと先に戻って調べとく」っとだけ言い残した。会話は未桜とみぃには筒抜けと成るが仕方ない。二人も死んでんだ、若しもこれ以上の被害が出る様なら俺には到底、殺人カルト教団の思考は止められない。

「斑鳩。いやマリア、分かってる事を全部話してくれ」

「あら大胆ね。もう少し丁寧にエスコートしてくれると話易いんだけれど?」

 俺は斑鳩の手を振り解き、鬱蒼とした森を歩いて行く。

「丁寧なエスコートを出来る様な歳じゃないんでね」

 俺が振り返り、表情を確認すると片手をパーカーのポケットに仕舞、鋭い双眸が俺を睨んでいた。

「貴方。自動殺人って考えた事ある?」

「自動殺人? 馬鹿な事を、そんな事が出来たら世の中、未解決事件だらけになっちまう」

「そうね。出来るならって発想は良いとして、私なら『出来たから殺人が実行された』っと、こう考えるわね」

 俺は足を一度止める。自動殺人? どうやって人を自動的に殺害すると言うんだ。直ぐに足を運び、俺と斑鳩が先に旅館へと戻って来る。クロックスを脱いで大広間への襖を開けると確かに料理が用意されていた。斑鳩が料理、特にご飯へと片手を差し伸べて確認する。

「用意されてから大分経つわね」

「之も自動殺人の手引きに必要な事だったって事なのか……?」

「言った筈よ。出来たから実行された、と。ついて来て」

 次は斑鳩が俺の手を引いて、事務室へとやって来る。此処で何をするって言うんだ。っと思った矢先に斑鳩は本棚にある書類を勝手に読み漁り始めた。その双眸は真実を見つけ出したい一心で推理している様にも見えた。俺にとっては到底出来ない姿勢だ。

「在る筈よ」

「何が?」

 片手で耳まで髪を掻き上げると斑鳩は続ける。

「神隠しの真実よ」

 驚いた。之だけ推論を述べていたクセに神隠しなんてオカルト信じてんのか。

「馬鹿気てる。神隠しなんて――」

「在る筈が無いわ、その推測に行き着く答えを探して欲しいって、言われなきゃ分からない?」

 俺は一枚の新聞記事へと視線を下ろす。令和五年の記事だ、確か神隠しが初めて起こったのは二条の話が正しければ四年前だった筈だ。直ぐに四年前の新聞記事を探すと、『奇妙な事』に気づく。

「なあ。この旅館が建つ前って何が建っていたか分かるか?」

「そうよ。その記事は正しいの、其れはこの会話を聞いている佐藤未桜も知っていた事実な筈よ」

 俺は眺めていた新聞記事の切り抜きを一枚手に取って確かめた。此処が若し記事通りの建物が建っていたとしたら……。俺は息を飲み『その接点』について書かれている記事が無いかを調べ始める。四年前に起きた神隠しは意図的な物だったかも知れない、そう予見させる発言は有った筈だ。

「未桜、聞こえてただろ。これ以上殺人が起きない為にお前の意見も訊きたい」

 すると数秒置いてから未桜の声が聞こえて来る。

『うんうん~自動殺人かあ、っというか斑鳩ちゃん何者なの~? うちは其の自動殺人が行われたと考えているよ♪』

『え? 斑鳩さんって凄い二面性の持ち主なんだね……みぃみもビックリだってか、だぁちゃん今何処に居るの? 皆、黙祷してから戻ってる最中なのに』

 二面性ねえ。二重人格者なのは今は置いておこう。

「今は事務室で『未桜が調べてある』本棚漁って四年前の出来事を調べてる」

『げっ、もう其処まで思考が届いちゃったんだ~流石だぁさん♪』

 俺は片手を額に添えて首を振る。

「いや……凄いのは斑鳩だ」

 凄い速度でページを捲り、記事や書類を読む斑鳩の瞳は輝いていた。俺もお零れの記事達へと視線を流すが、やはり四年前の神隠しは無かったんだ『其れが犯行の動機』と見て間違い無いだろう。だとすると――。

「この殺人劇は……之で終わりなのか。犯人は初めから元木と五藤だけを狙っていたんだ」

「問題は未だ有るわ。私が欲してるトリックの全貌よ」

 確かに。密室トリックと自動殺人トリックが解けない限り、犯人は断定出来ない。俺、斑鳩、未桜、みぃは其々が知らぬ存ぜぬの面持ちで合流する事を決める。未だ足りていない情報がある。この欠けた情報が埋まりさえすれば全ての全貌が見えるんだが……簡単にいくのだろうか。


 午前八時半。其々、大広間に出された食事を摂る事にする。全員が揃った所で『暖かい食事』を全員が食べた。俺達は其の時の反応を監視していた、が。案の定か、一人驚きを隠せない人物が居た事を俺と未桜は見落とさない。

「そう言えば~岩井さんってライフル持って来てんだねえ、物騒だから持ち歩かない方が良いよ~」

 其の未桜の言葉に岩井は肩をビクつかせて答える。

「ヒヒヒッ、二人死んでんだ、自己防衛の為にも持ち歩かせてもらうぞ、之は刑事の命令でも聞けないね、ヒヒ」

「ふうん、まあ良いんだけど、其れって射程何十メートルとかあるの~?」

「ヒヒッ! 三十メートルぐらいの距離なら仕留められる自信はある、ヒヒ」

 射程? 急に何の話をしてんだ未桜は。いや、待て……考えすぎか。俺の中で突飛な発想が浮かんだが直ぐに消えた。そんな事より困った事態が起きた、斑鳩がマリアの人格から普段の真実の人格へと移ってしまった点だ。此処までの話を訊いた未桜が斑鳩を多重人格者、ないし二重人格者と断定するのも時間の問題だ。

「二条さんは何かの雑誌の記者かなんか? 俺には大分カメラ大事にしてる様に見えるし」

 二条は食後の一服をしながら、片手を頬辺りでひらつかせて俺の質問に答える。

「あ? 今更だろ、オカルト雑誌の記者だぜ俺は。四年前の神隠しが『此処の場所』で起きたと訊いて飛んで来たんだからよ。八月のロジックにゃ感謝してるぜ、行きたかった隔離島に来れる機会をくれたんだ」

「貴方は未だ神隠しなんて言ってるのですか! 五藤様も元木さんも其れが原因で死んでいるかも知れないのに!」

 テーブルを叩く片村に諭す様に「落ち着いて下さい」っと川北が言う。御もっとも、今はそんな在りもしない神隠しなんかに踊らされている場合じゃない。俺は席を立ち、伯を連れて自室に戻る旨を全員に伝え、大広間を後にした。

「伯、悪いが一人で部屋に戻れるか?」

「どぇっ!? マジすか!」

「ちょっと調べ物して行くわ」

 鍵を渡し、俺とみぃ以外の人物にはドアを開けるなと注意を促してから、俺は再度事務室へと戻った。未だ見落としている情報がある筈だ。四年前に此処に建っていた元々の建造物、そして殺された五藤に対する元木の態度の不自然さ。何故、島を買い取ったのかは直ぐに理解出来る、其処までくれば自然と五藤と元木の接点を調べたく成ってくる。犯人は多分『あの人』だ。だけど、どうやって二人を殺害した? 其れが分かれば証拠も掴めそうな気がする。俺は斑鳩が読み散らかした書類等を片付けるついでに目を通していく。

 次に俺は第一の殺人が起きた三〇九号室に向かう。打ち破った木製のドアには何の仕掛けも無いし、鉄格子にも何の仕掛けも無い。ただ五藤の死体の元に落ちていた牢獄に使われそうな鍵は入口から十数メートル離れている。鉄格子から外を見やると対岸があり、三十メートル近くの絶壁を挟む。完全な密室だ。だが確か斑鳩の真実の方が当日雨の中、雨具を着た人影らしき者を見ている。考えろ、俺が若しあの人だったら、どうやってこの密室を作り出す……。足元に落ちている鍵を見下ろすと、違和感を覚えた。

「あれ、之って」

 僅かだが、木片が散っていた。俺は親指と人差し指で木片をなぞる。其のまま上へと視線を向けると、何かが刺さっていた様な痕跡がある事に気づいた。捕虜に拷問する際に使われた痕跡なのか、其れとも……待て、俺はさっき何を突飛に考えた? あの時の突飛な発想が脳内で組み合わさっていく。

「嘘だろ……。そんな事が可能なのか……」

 俺は再度鉄格子越しから外を見る。この時ふと斑鳩、マリアの言っていた言葉を思い出す。『出来たから殺人が実行された』その瞬間、俺の脳内でこの完全密室だった筈の部屋がまるで壁の無い部屋の様に冴え渡って見えた。

「やっぱり、犯人はあの人だ。だけど、だとするとどうやって元木を殺せたんだ……思い出せ」

 あの時、確かに鬱蒼とした森を進む中、上空から何かの異音が聞こえた。そして悲鳴を聞いた後、何かが森の中を走る様な音が。

 くそっ、此処まで来て分からないのか、俺は三〇九号室を出て、階段を下りる最中に壁へと背を預けて溜息を捨てる。この旅館に来てから何度目の溜息だよ本当に。

「分かんねぇ……元木殺しのトリックが」

 俺は再度、元木の死体の現状を思い出す。顔面は神木に衝突した様に潰れ、口にはガムテープで塞がれていた痕……何でガムテープなんだ、口を塞ぐ必要があった? 何の為にだ、待てよ。そもそも何で神木に顔面ぶつけてんだ。俺は急ぎ足で階段を下りて三階から二階へと差し掛かるところで、丁度俺の心配をして一人でうろついていた伯と衝突する。

「のは! 驚いたっす! あ、僕のチョコゴール」

「…………え?」

 一瞬目を疑った。伯の持っていた『大量の丸いチョコが一斉に転がった』のだ。其の向きを確認し慌てて旅館の入口から外へと出る。其の間に出会った人物は伯以外居ない。若し『其れを可能にする状況』だったら、俺の推理は憶測を捉えるかも知れない、そう思ったら自然と駆け足に成り暗い森の中を進む。そして辿り着く神木前、俺は丘に成っている地面を踏みしめて、元木の死体の前まで足を運ぶ。そして驚愕した『其れを可能にする状況』だったのだ。瞳孔が開き、今までの出来事と事務室で見た記事等が眼前に広がった気がする。

「自動殺人、そう言うカラクリだったのか……未桜、聞こえるか」

『わお、若しかして?』

 俺は小雨に額髪を濡らし、一粒の雫が毛先から地面へと落ちる。眼前に広がる光景は旅館アトランティスの姿を捉えていた。只静かにこの殺人劇の幕を下ろそうとして。


「全てが一つに繋がった。八月のロジックの操り人形は既に『完全じゃない』と認めるべきだ」



 第五巻 完 第六巻へ続く。

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