第四巻 √ 壊れた操り人形編④

 第四話 √ 第二の殺人


  八月九日、午後二十時。雷雨は止まない。俺は五藤の殺害現場と思われる三〇九号室の中に居る。明かりを点けようと思ったが、この室内に電源は無かった。仕方ないのでスマホの懐中電灯で辺りを照らし、再度現場を確認する。気になっていた鉄格子の窓にカラクリが無いかだが、何をしても固い鉄の柵が外れる訳でも無く、何とか片手が外に出るぐらいだ。縦三十センチ、横四十センチの幅。五藤の死体の直ぐ後ろにあるこの窓以外に外に出られる要素はドアしか無い、だけどどうやって出たんだ……。

「だぁちゃん、怖くないの!? 其の布の下には五藤さんの死体と首が……」

 ドアの前で待って居るみぃがそう言ってくる。いや流石に怖いわな、っとは言え未桜もあの年でこの現場に入ったのだ。俺からしたらそんな未桜のが怖い。天井は俺達の部屋と同じで木製の火打梁や筋違い等が剥き出しに成っていて、複雑に木材が入り組んでいる。せめてもう少し板張りにするとか見栄えに拘ってほしいもんだ。

「親父が言ってたなあ、探偵に成るのなら五感以上の物を頼れって」

「どういう意味?」

「さあ……。」

 すると、未桜特製Bluetoothから声が聞こえて来る。

『直感だと思うよ~憶測に結びつく様な直感が大事なんだ~探偵♪』

「直感、か。……あー無理余計分からん」

 俺は最後に鍵の形状をもう一度確認する。取っ手の所に丸い穴の開いたよくアニメとかで見る牢屋の鍵って感じだ。だからなんなんだ、厚さだけでも五センチ以上あるのだ、ドアの下から滑り込ませる事はやっぱり不可能だ。俺は鍵の掛けられないドアを閉めて溜息を吐く。煙草を取り出し火を灯す。

「小川が心配してんじゃない?」

「伯が? そうかねえ……まあいいやみぃ。先に俺と伯の部屋に戻っててくれ」

「だぁちゃんは?」

「せめて露天風呂にでも入らんと何の為に来たのか分からないからな」

「雷雨の中!?」

 俺は、片手を頭上で振り、みぃと離れて一階の露天風呂に向かった。


 一階の露天風呂は階段を下りて直ぐの場所に入口がある。そして俺は露天風呂の表札に目を疑った。混浴と書いてあるのだ、マジかよ。俺は吸っていた煙草をポケット灰皿に捨てて息を飲んで露天風呂の暖簾を潜る。古臭い造りの脱衣所には一着だけ衣服が置かれている。俺みたいなもの好きが居るもんだなと思ったがよく見ると衣服に見覚えがある、斑鳩のスカートだ。俺はタオルを巻いてBluetoothを脱衣所に置き、雨の降りしきる露天風呂のかけ流しの湯に浸かり溜息を又吐く。

「通話は良いのかしら?」

 斑鳩の声が背後から聞こえた。俺は暖かい湯で顔を洗いながら返事をする。

「マリアの方か……つか気づいてたのか」

 突然、背中に斑鳩と思われる背中が触れる。

「そりゃそうよ、事情聴取から帰ってきたら着けて無かったBluetooth着けてるんだもの。其れで……小さなmother・brainから有力な情報は得られたの?」

 何で未桜がmother・brainだと気づいたんだ。少なくともあの警察手帳は本物だった。こいつも中々抜け目無いな、だけどこっちとしても今マリアの人格なら訊きたい事はある。

「三年前、ロンドンで何が起きたんだ? 連続殺人事件なのは把握してるけど、どうして親父が殺されなきゃ成らなかったんだ?」

 クスクスと肩で笑うのが背中を伝って分かる。

「私はママを殺されたわ。そしてクズの父が私を苦しめた」

「? 何の話だ……」

「あいつは私と真実を虐待したわ。今は殺人犯として刑務所、そんな父に復讐するには妄想で只管あいつを殺すしか無い。実際に殺人犯が作り出したトリックを用いてね、完全犯罪のトリックを見つけ出すのが私の存在意義なの」

 俺は振り返り、咄嗟に言葉を発しようとしたが、湯気の霞の中見えるのは斑鳩の身体に残っている無残な虐待の痕だった。少し間を開けて俺は言おうとした事を伝える。

「お前……八月のロジックの関わってる殺人カルト教団の一員なのか」

「そっちこそ何の話? なるほどね」

 不味い、要らない事を喋った。

「まあ良いわ。ねえ、お互い隠し事は無しにしない? 私としても五藤殺しの密室トリックには興味があるの、協力するって言うのはどうかしら」

 俺は肩まで湯に浸かる。

「俺に何の得があるんだ」

「私の頭脳が味方するわ、貴方の父親殺しの真犯人にも辿り着けるかもしれないわよ」

「笑わすよなあ、こっちはmother・brainの頭脳が付いてるんだ」

「私は其のmother・brainの頭脳の上を行くわよ」

 雷鳴が轟き、俺は言葉を失った。とんでもねえ自信だ、まるでmother・brainがどんな力を持っているのかすら把握している様な態度だ。

「ロンドンで起きた連続殺人と八月のロジックは繋がってるわ。私は覚えてる、あの惨劇を作り出し長澤従一郎と私のママ、そして観光客を虐殺して逃げ果せた八月のロジックの仮面を。あいつは私に言ったわ『之からは君も楽しいショータイムに招待しよう、是非楽しんで生きていってほしい』と、其れから招待状が来る度に奴に会いに行ったけど……捕まった奴等は『本物の八月のロジック』じゃなかった。貴方は知っているんでしょ? 私のたった一言で貴方は私が八月のロジックは一人だけだと思って居たと考えた筈よ、だけど実際は違う、八月のロジックには模倣犯みたいに何人も壊れた操り人形が居るって事を私は知っている。そして貴方のさっきの言葉で確信した、殺人カルト教団が実在していると」

 逆だったのか、斑鳩は本物の八月のロジックの存在に気付いていた。何せ本物の八月のロジックを仮面を被っていたとはいえ見た事があるのだ、まるで俺の推察力を試された気分だ。だが此処まで頭のキレる奴と……斑鳩と協力していけば親父を殺した八月のロジックに辿り着けるかも知れない。斑鳩にはmother・brainの存在を何処で知ったのか訊きたい所だが、今は置いておこう。斑鳩が湯から立ち上がり、最後の確認かの様に問い掛けて来る。

「私に協力する気になったかしら?」

 簡単には返事が出来ない状況だろう。だけど俺は……親父の死の真相を知りたい、母さんや姉さんよりも早く。

「分かった、だけど俺と一緒に居る限りBluetoothで会話内容は筒抜けだぞ」

「聴かせてやれば良いのよ、あの佐藤未桜と私達、どちらが先にこの殺人を解体出来るのかを。明日から調査するわ、私から貴方に接触する=マリア、つまり私だと思っておいて」

 其れだけ言い残して斑鳩は露天風呂を出て行く。其の後ろ姿を改めて見つめるとタオルを巻いていも分かる程に酷い傷だ。

 俺は深く三度目の溜息をついた、もう此の侭なんの事件も起きずにフェリーでとっとと帰りてえな。mother・brainと斑鳩の板挟み状態だ、少しは自分を持てよな俺。


 翌日、八月十日、午前七時丁度。

 俺は伯のスマホから鳴るアラーム音で目が覚める。ベッドの上で腰から起き上がり欠伸をする。親父の命日は色々な事があり過ぎて少し整理しておきたい所だが、寝起きは脳が働かない。「おはよっす!」と元気に起きる伯を横目に俺はベッドから下りて煙草を吸う。暗雲立ち込める空、雨は止んでいるみたいだが窓を叩く程の強い風と雷は鳴っている。

「兄貴、昆虫採取行くっすか!?」

「いや行かないだろどう考えても無理ヤダ断固拒否」

「い、言い過ぎっす」

 その時、ストンっと小気味良い音が聞こえた。俺と伯は窓から旅館の入口方面を見下ろした。すると川北が弓の様な物を持って遠くの木へと矢を放っている所だった。そう言えば川北の自慢出来る事はアーチェリーだったな。


 未だ朝食のアナウンスは流れていない、俺と伯は二人で暇潰しに悪天候の中、旅館の入口で話す川北と岩井の元へと足を運んだ。狩猟銃を片手に持つ岩井とアーチェリーに使う弓を持つ川北に挨拶をする。

「物騒なもん持ってるっすね……えっと確か岩井さんっすか」

 岩井は銃砲所持許可証を片手に持ってヒラヒラさせる。

「ヒヒヒっ! 何か狩れるもんでもいないかねえ、銃声が聞こえても心配するな俺の狩猟タイムだ、ヒーヒヒ」

「遠くの的を狙うって事に関しては自分と岩井さんは似てますねって話をしていました。自分は的しか狙わないんですけどね」

 岩井に続いて川北が言う。しかし弓矢もどうかと思うがまさかライフル銃まで持ち込んでる奴が居るとは思わなかった。

「矢の音なら兎も角、銃声は流石に止めといた方が良いですよ。只でさえ五藤さんの殺害で皆過敏に成ってるんだ」

「ヒヒ、つまらねえな」

 狩猟に関しても余り知らないが、アーチェリーに関しては無知だった為、川北に訊いてみる。

「アーチェリーと弓道って似た様なもんなんですか?」

 川北は相変わらずの冷静な面持ちで答えてくれる。

「アーチェリーと弓道の大会では、主にフィールドが違います。流鏑馬とかは無いのですが、こう言った山や草原とか射撃テクニックが主に問われるのがアーチェリーの醍醐味です。打ち上げ打ち下ろしとかも多いんですよ」

「なるほど……俺には無理そうだなあ、勿論狩猟もね」

『だぁちゃん、今って外?』

 Bluetoothからみぃの声が聞こえてきて、俺は皆から数歩下がり「外だよ」っと小声で返事をする。更に続けて未桜の声が聞こえて来る。

『参ったな~元木さんはそっちに居ない~?』

「ん? 居ねえけど」

『何処にも姿が見えないんだよね~今みぃさんと、二条さんと斑鳩さん、そして片村さんの五人で探してるんだけどね~かくれんぼなら得意なのにな、特に鬼側♪ 因みにご飯の時ってアナウンス流れるんだよね~? ところが……困った事に既に大広間にご飯用意されてるんだ』

 どう言う事だ。自慢出来る事に時間管理だと答えた元木がアナウンスを忘れてるとは思えない。俺はスマホで時刻を確認する。午前七時十分、そもそも此処に来て初めての朝食だったから朝食が何時予定だったのか予想もつかない。嫌な予感がした。

「岩井さん、川北さん。元木さんが何処に行ったかご存じ無いですか?」

 俺の質問に岩井は片手を横に振る。

「元木さんだったら私が朝の練習中に森の方へ入って行きましたよ」

『待ってね、今から自然にそっちへ合流するから、全員集まったら、探しに行こ~♪』


 こうして旅館入口に揃った一同は未桜の「元木さんが姿を消しました」っと言う発言に衝撃を受ける。二条は舌打ちし、煙草を咥える。時刻は午前七時二十分、俺がスマホで時刻を確認すると川北もスマホを見て「相変わらず圏外ですね」と言う。朝食が用意されているのにアナウンスが無く、姿を消した。

「神隠しよ……元木さんも五藤様の様に殺されるんだわ」

 片村が言う。冗談で済む問題じゃ無い、未桜は親指の爪を一度齧り「森の中に居るとしたら厄介だね~」と呟いた。

「兎に角、探しましょう」

 川北の言う通りだ、今は早く探して安全の確認が先だ。俺達は川北が最後に見た森方面へと足を運ぶ。すると御神木は此方と書かれた札と滝は此方と書かれた札が視界に入る。どうやら二手に分かれた良さそうだ。薄暗い雲、薄暗い気味の悪い森、俺は御神木方面へ向かうと言うと川北と岩井が付いて行くと発言する。未桜は残りの面子は広そうな滝方面に割こうと言う。鬱蒼と並ぶ木々と厚い葉の天井、俺の横に岩井がライフル銃を構えたまま進んで来る。虫を払いながら進んで居ると頭上から奇妙な音が聞こえた気がした。

「何か変な音聞こえませんでした?」

「ヒヒヒ、そうか? 気にし過ぎだ、ヒヒっ」

 進む事、六分。大体五十メートルを注意深く元木の名前を呼びながら探した。川北が先行して探してくれているが、生い茂る草で彼女の姿は見えなくなって居た。俺は此処に来てもう何度目か忘れる程の溜息を吐く。瞬間。

「きゃああああああああああっ!!」

 川北の悲鳴が森全体に響き渡った。俺と岩井は顔を見合わせる事無く前方から聞こえてきた悲鳴の元へと走った。だが森の中をガサガサと何かが動く音が聞こえ「誰か居るのか!?」と俺は足を止めて叫ぶ、しかし音は止んでしまう。俺は一度小首を傾げて直ぐに岩井の後を追った。


 時刻午前七時三十分。俺は御神木とやらがある開けた丘へとゆっくりと足を進めた。眼前に広がる光景に双眸を少し閉じる。御神木に飛び散る血、元木は首が曲がってはならない方向へと折れて顔面は潰れていた。川北は地面に座り込み、岩井は事切れている元木のぐしゃぐしゃの顔面を見て、腰を抜かした。

「ヒッ!?」

 御神木の肌には鮮血が垂れている。何だ、何でこんな事が出来るんだ……。Bluetoothで此方の状況を聞いていた未桜達が十五分後に到着するが、みぃと伯は直ぐに顔を伏せた。雷鳴響く空、二人目の犠牲者は出てしまった。相手は八月のロジックからトリックを授かってる殺人犯、此の侭殺人カルト教団の好き勝手にさせて良いのか……。殺人犯はこの中に居る、其れだけは分かっているが、どうやって元木や五藤を殺害したんだ、謎は深まっていく一方で、俺の横に立つ斑鳩は燻り笑って居た。こいつは何かを見つけたのか? 其れとももう殺人犯の目星を付けているとでも言うのか。俺は未桜や斑鳩の思考に追いつけるのだろうか、自分の事ながら全然分からない。今は只、元木の死を悔やむ事しか出来なかった。


 第四巻 完 第五巻へ続く。

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