第三巻 √ 壊れた操り人形編③

 第三話 √ mother・brainの最年少探偵現る


 八月九日。午後十五時。五藤八平が何者かの手によって虐殺された死体を発見し凡そ三十分経った現在。五藤の死体に布を被せてから大広間に集まる一同の表情は暗い。伯はトイレで嘔吐し続けている、そりゃそうだよなあんな死体をモロ見したんだ。状況は最悪だ、殺人鬼が居るのに大雨と雷で海が荒れてフェリーなんて来れる訳も無いし、スマホは全員圏外だと言う事もみぃが確認を取ってくれた。元木が電話ならっとアトランティスの事務室から掛けてみるっと言って大広間を出て行って、この世の終わりでも見て来たかの様な面持ちで戻って来ると「電話回線が切断されておりました」っと全員に告げた。

「ヒヒヒ……ふざけるな、ふざけるなよ? じゃあ俺達はこの隔離島から出られ無いって事だろ、ヒヒヒっ!」

 岩井がテーブルに両肘を付き頭を抱える。更に追い打ちを掛ける様に元木が言葉にしたのは「隔離島には現在、此処に居る以外の人は来訪しておりません」だ。……つまり。

「五藤さんを殺害した犯人は……この中に居るんだ」

 俺のボソっと呟いたその言葉で一同に戦慄が走った。

「おいおい、誰だよ。俺だって生きて帰らなきゃ、このスクープを記事に出来ねぇんだからよ」

「疑心暗鬼に成りますね」

 二条に続いて川北がそう発言する。言われるまでも無いが誰かがって疑うと切りが無いし疑心暗鬼に陥る。だがこんな状況でも一人だけ楽しそうに笑みを浮かべている奴が一人居る。斑鳩だ。くそ、何が楽しいんだこの状況下で。精神薬を飲んでいない所を見るとマリアの人格のままなのだろう。しかし一言も斑鳩は喋らない、まるで何かを待って居るかの様にただ大広間に飾られている時計を見つめていた。

「みぃ、大丈夫か?」

「だぁちゃん……うん、何とかね。私よりショック受けてんのきっと片村さんだし。私は大丈夫だよ」

 確かに、ショックを隠し切れず表情に陰を落とす片村の肩は遠目で見ても分かる程に震えて居る。そんな片村に近づき「この度は御愁傷様でした」と告げた川北を睨み、片村が彼女の胸倉を掴んで叫ぶ。

「あんたが殺したの!?」

「ちょ、ちょっと何……」

 勢いにたじろぐ川北。此処にきてようやく斑鳩が一言喋った。

「今の所、その女と五藤との接点が無いわね」

 其の一言に片村は瞳を開き、涙を零し「どうかしてました、ごめんなさい」っと崩れる様に座り込んでしまった。しかし秘書とは言え、此処まで五藤に肩入れするのは何故なんだ? 其れだけじゃない、二条はスクープと言っていたが五藤の死をどんな記事にしようとしてんだ? 金に成る仕事なんだろうなとは予想出来る。

 岩井は五藤の事を少なくとも知っていたかの様な振る舞いを見せている。初めに鍵を受け取る際に岩井はあの大手企業の取締役かと発言しているのを覚えている。其れに対して何だ、この全くクリーンな川北は。接点も無ければ職の情報も今の所無し、大人ってだけで常に冷静だし達観している様にも思える。俺は気づくと煙草を吸って考え込んで居た。やめろやめろ、考えても無駄だ。下手に推理して犯人に目を付けられたら俺は言わずもだが、みぃや伯にも危険が迫るんだ。俺は親父とは違う。

「おい、何か聞こえねえか?」

 二条に言われて気づく。確かに何かの機械が駆動している様な音が外から聞こえて来る。この音は身近に聴いた事がある、まさか。

「ヘリなの、か?」

 俺の一言に一斉に立ち上がる一同。そしてヘリと思わしき音のする旅館入口へと皆で向かった。雨をプロペラが斬り弾き、ギリギリの高度を保ってホバーリングしている様子が見えた。長い縄梯子が下ろされると、二条はすぐさま捕まろうとするが、縄梯子を伝ってスーッと降りて来る人影に阻まれる。

「助けてくれよ! おい! 何でヘリが来たんだ!?」

「五月蠅いおっさんだなあ……」

 二条に五月蠅いおっさんと言い放つ縄梯子から降りて来た人影は立ち上がり、上空のヘリに片手を挙げて何かの合図をする。すると今の俺達にとっては助けとも成り得るヘリは急上昇し、人を一人下ろしただけで去ってしまう。誰なんだ、ヘリから降り来た人影は。

「さてと、うちの仕事はあるのかな~♪」

「何だ、このガキ……」

 俺はみぃや片村、川北、二条、元木を肩で退かして影に近づく。驚いた、かなり身長の低い子供か? 何でこの島にわざわざヘリで来たんだ? 雨を防ぐ雨具を外し、其れは正体を現した。

「ガキじゃないっつーの。まあ小学六年生の幼気な少女をガキと呼ぶのなら、今は其れでもうちは構わないけどね~取り合えず名乗っとこっと、うちは佐藤未桜、今は名目上は刑事って事に成ってたりするから困るんだよねえ~♪ 余りうちを小馬鹿にしてっと粛清するぞ、なんちって」

「は? 小六の女子……? 佐藤未桜? ……え、刑事? 」

 俺は全ての疑問を声に出し、全て疑問形に成ってしまった。

「っざけんな! こんなガキだけ置いて肝心のヘリがもう見えねえじゃねえかよ!」

 二条の言葉にムッとした表情を見せる佐藤未桜と名乗った少女は、片足を水溜まりに強く落とし、二条の腹へと雨をも弾く正拳突きを見舞った。

「ガッ……うっ!」

 嘘だろ、おいおい、大人が子供の突き一つで両膝を雨でぐしゃぐしゃの砂利へと落とした。

「ほんと、五月蠅いおっさんだねえ。ヘリより心強いうちが来たんだから良いじゃん、事件を未然に防げるんだから儲けもんでしょ♪」

 その言葉に元木は震えた声で伝える。

「じ、事件なら既に起きてしまっておりますが」

「ダニィッ!?」

 一歩後退し、衝撃を口にする佐藤未桜と名乗った小学生は、一度顎に片手を添えて考え込む。

「ま、まあ。起きちゃったんでしょ? 事件。うんうん。で? うちにどうしろとこれ」

「取り合えず、皆さん濡れてしまいます。中に戻りましょう。内科医師としては薬の用意出来ない状況で熱を出されるのが一番危険ですので」

 川北の冷静な助言で二条以外は辛気臭い旅館へと逆戻りした。

「ん? おっさん、急所外したし痛くなかったっしょ? ほら行くよ~♪」

「さ、最近のガキは……」

 何だ、この異様な雰囲気は。未桜を連れて大広間に戻って来たが、度し難い急展開に誰もついて来れて無い。そりゃそうだ、いきなり助かると思ったヘリが置いて行ったのは小学六年生の名目上刑事の女子なのだから。俺は大広間の木柱へと背中を預け、嘔吐し終えて状況が理解出来て居ない伯を隣に座らせる。この状況を打破する作戦でもあるのだろうか、未桜と名乗った小学生に。未桜はドライヤーで乾かした黒髪のボブヘアーを靡かせて、堂々と警察手帳を広げて全員に見せた。玩具だろうと思ったが……之は本物だ。まさか本当に小学六年が刑事?

「さーてと、気を取り直してえ。取り合えずこの中に長澤信一って人居るよね?」

「ん? 俺?」

 未桜に突然呼ばれて驚いた。

「ちょっと個人的に事情聴取とやらをやってみたいから来て~♪」


 元木の許可を取り、事務室を少し借りた俺は事情聴取される事に成った。パイプ椅子に座り足を組む未桜は不敵な笑みを見せてきた。

「刑事って言うのは冗談だよ。うちはmother・brainの最年少探偵だよ~♪ 六名しか存在しなかったmother・brainの名探偵達の内、長澤従一郎さんが殺されたのは勿論知っているよね~? 之で実質五名しか居なくなったmother・brainの内、更に二名が長澤さんの肉親だ、そう仁美さんと絵理さんだよね」

 待て、何だ。突然何の話をしているんだ。何でmother・brainの探偵がこんな所に来てんだ。

「お兄ちゃんの考えは分かるよ? そんな国家機密機関の探偵が何でこんな所に来たのか……だよねえ。取り合えずうちの話きいとこうよ。うちの今請け負ってる任務は『八月のロジック』の正体を暴く事、現に此処に集められた面々は全員八月のロジックからの招待で集まった。でしょ~? まあ『本物の八月のロジック』なら良いんだけどねえ」

 此の侭だと完全に未桜のペースだ。俺は固唾を飲みつつ口を挟む。

「知ってるだろ、刑事や探偵なんて直ぐに殺人鬼のターゲットにされて殺される。君はそんな刑事と名乗ってしまった」

「うんうん。大丈夫、うちこう見えて少林寺の七段だから」

 は? 七段って……。

「待て待て、七段って。調べた事あるぞ、年齢としては最上位は九段でも実質七段が最上位の級だって」

「そだよ~♪ だから変な心配は無用。むしろうちを殺そうとしてる殺人鬼には同情しちゃう♪」

「……刑事と名乗ったのには其れなりの自信がある事は理解した。だけど何で八月のロジックをmother・brainは追っているんだ。そもそも、俺は八月のロジックが何者かも分かって無い」

 何度か頷く未桜は、人差し指を立ててくりんとした双眸で俺に言葉を紡ぐ。

「八月のロジックはお兄ちゃんのパパ、従一郎さんを殺害した殺人カルト教団の最高幹部の一人だよ」

「なっ!?」

 更に未桜はパイプ椅子から立ち上がって続けた。

「其処にもっと早く気づければ未だ良かったんだけど、うち達mother・brainは大きなミスリードをされてしまったのだ~八月のロジックが主犯で後は模倣犯だと思ってたんだ。分かり易く言うと、八月のロジックが教祖の教団で後は信者達だと思ってたって事ね~」

「それがミスリードだった……?」

「うんうん、八月のロジックの裏には更に手引きをする大悪党が居るって事まではmother・brainで頑張って突き止めたんだよ~? パチパチパチ、まあ今回、其の殺人集団の一人、八月のロジックが仕組んだ事だから、大方こんな事に成っているとは思ってたよ。もう事件起きちゃってるみたいだしね。この事件の犯人は八月のロジックから殺人トリックを教えられてる筈。今まで数名の八月のロジックと名乗る殺人鬼を逮捕させて来たけど、誰も口を割らないんだあ。拷問のプロを以てしても本物の八月のロジックについては口を割らない、其れで今まで捕まえた人達は留置所で死刑を待って居る状態。だったんだけど、此処から少し反撃~サイバー班と組んでまで得た情報だと始めの方で話した通り八月のロジックは殺人カルト教団の最高幹部の一人なんだよ~? やっと此処まで漕ぎつけられたんだよね~つまり数名居ると思われる本物の殺人鬼、そいつ等全員死刑台に送る、之がうち等mother・brain全員の今のお仕事♪」

 五藤を殺害した犯人は、八月のロジックからトリックを教えられていて、其のトリックを用いて自分の怨恨を晴らそうとしている。言われてみれば簡単だ、殺人カルト集団の幹部の一人が八月のロジックと名乗る奴で更に集団のトップに君臨する殺人のプロが居る。

「母さんや姉さんも……その殺人カルト集団を」

 直ぐに未桜は切り返してくる。

「追ってる所の問題じゃないんだよね~♪ だってお兄ちゃんのパパですら其れを追っていたんだってさ……此処からが本題」

 暫く間を置いてから未桜はそっと、事務室のドアの向こうを確認し誰も居ない事を確認する。

「mother・brainは今回の事件を解決しなくちゃいけないんだよ~其処で、従一郎さんの血を引いてるお兄ちゃんの知恵を借りられないかな? きっとうち等なら八月のロジックの裏を掻いて奴の思考を掌握出来ると思ってる」

「断る」

「ダニィッ!?」

 俺なんかが出しゃばった所で母さん達の足手纏いだ。俺はmother・brainの一家を抜け出す為に一人暮らしを始めて母さん達とは疎遠に成ったんだ。今更、俺はなにも出来ない。

「悪いな、俺は母さんや姉さんより出来の悪い血を継いでるんだよ。此処で手を組んだら、mother・brainに加担してるって事で俺までmother・brainの一員に成っちまうだろうし」

 そう言う俺の唇につま先を伸ばし、人差し指を添える未桜。

「逃げるの? もう殺人カルト教団は動き出しているんだよ? 奴等の殺人快楽を死滅させられるのは最早うち等、mother・brain以外には存在しない、其れが警察庁、そして総理大臣の決定なんだよ~?」

 俺は顔が熱くなってきた……。相手は子供だ、無視すれば良い話だ。そう思って次に此方が発言しようとした途端、事務室のドアが音を立てて開いた。其処に現れたのはみぃだ。

「お前、どうしーー!」

 乾いた音が響いた。俺はみぃに頬をビンタされたのだ。

「だぁちゃんの弱虫! 情けないぞっ! こんな子供までmother・brainとして動いてるのに、だぁちゃんは……何で? お父さんが亡くなってからのだぁちゃんは逃げてばかりで『推理』をしない……。その子の言う通りだよ、未だ逃げるの? 戦わないの? 片村さんは五藤さんを殺されて、本気で泣いてるんだよ? 私の将来の旦那は……そんな光景を目の当たりにして逃げる弱虫じゃないっ!」

 ……静まり返る事務室。返す言葉が無かったんだ。俺は……。黙り込む俺を横目に未桜は再度事務室のドアを確認し、ドアを閉める。

「江連美寿恵さんだよね? さっきうちがドア開いた時に写真で見た人だったから敢えて訊いてもらってたんだよ。mother・brainは本来口外されるべき存在じゃない。あかの他人が知る事実じゃないんだよ?」

「うん。分かってるし、この事は絶対に誰にも話さないよ」

「口約束を信じる程、甘くないんだよね~♪ うちも警察庁の看板背負って来てる訳だしね~」

「みぃに話したのは俺だ……俺が監視する。其れと口外した責任は取る、佐藤未桜って言ったか名前」

「うんうん」

 俺の双眸は覚悟を決めていた。

「小学生に此処まで言われてまで逃げ続ける程--俺は馬鹿じゃねえ」

「だぁちゃん! 其れじゃ」

 俺は未桜へ向けて片手を差し出す。

「確か、親父が死んじまって六名だったmother・brainは五名に成ったんだよな。なら俺が親父の分埋めといてやる」

「つまり~?」

「この殺人劇を止める。俺は俺のやり方でな」

 未桜をパチンっと両手を俺達に向けて合わせ、俺の差し出した手を握った。

「合格だね~流石『だぁさん』だよ~♪ ん~? 其方はみぃちゃんで良いかな~? むしろそう呼ばさせてほしいね」

「勿論良いよ、なら私はみおちゃんって呼ばせてもらうからね!」

「相手は所詮は入れ知恵されて実行に移してる怨恨の殺人鬼だよ~うちとしてはだぁさんに、この現場の指揮を執ってほしいんだけども?」

 mother・brainの知力を疑っていた訳じゃない。母さんも姉さんも頭は良いと思ってる。だけどこんな小さな頭脳明晰の未桜も居るんだ、少し……抗わせてもらうぞ、八月のロジック。其れだけじゃ無くなった、殺人カルト教団として活動する総本山を壊滅させてやる、もう逃げるのは止めだ。親父の仇を討ち取る、其の為の一手を……打つ。

「五藤殺しの現場を説明しとく」

「うんうん~みぃちゃん、ドアを見張ってて貰っても良いかな~?」


 時刻は親父の命日の午後十六時三十分を示している。俺は未桜に見たままの現場の話をして、宿泊客と亭主の特色を話す。

「ナルヘソ~完全な密室殺人を用意されていた訳だねっ! うちは未だ現場見て無いけど鉄格子の様な小さな窓が一つか~殺害現場が三階の角の部屋って成ると鉄格子に仕掛けでも無いと犯人は密室を作り出せないねっ♪ でも勿論、そんな惨劇ストーリーじゃ八月のロジックは満足しないよねえ」

 未桜は勝手に元木の使っていたコンロとヤカンを使いお湯を沸かす。そして黒いジャージ姿のポケットから紅茶のティーパックを取り出すと之また勝手に湯呑で紅茶を作って俺に差し出しきた。

「だぁさんは、この殺人劇をどう見てるの~?」

「俺は此の侭終わるとは思えない。仮にも殺人カルト教団の入れ知恵を仕入れる程の根性があるんだ。殺害のターゲットは未だ居ると思ってる。五藤エンターテイメントの取締役、そして其の秘書、記者、生活保護受給者、そして最後にやっと職が明らかになった内科医師、其れと島を五藤に回収されたのに、其れを態度に出さなかった亭主。未だ情報が足りてないけどターゲット以外は適当に選んだとしか思えない。接点があるのは五藤関係では元木と片村だけだ」

 紅茶を飲む未桜が小さく頷く。

「之だけの情報判断だと元木さんか片村さんが狙われる可能性があるよね~♪」

 俺は斑鳩の事を黙っておいた。あいつはきっと別の線で八月のロジックへの道を探している気がしたんだ。斑鳩の言った言葉「良い舞台ね、八月のロジックが選んだにしては」之が気に成る。一見すると八月のロジックと接点を持っている様に思えるが、真相心理違う気がして成らない。まるで過去にも八月のロジックと名乗る人物が選んだ舞台を見ているかの様にも取れるからだ。若しそうだとしたら、斑鳩は未だ知らないんじゃないだろうか? 今まで八月のロジックと名乗っていた奴等が死刑を待って居る状態を。毎回別の八月のロジックと出会って殺人舞台を見てきたから『今回の八月のロジックが選んだ舞台を、同一人物の選んだ舞台と勘違いした』そう考えると辻褄が合う。何にしても斑鳩、いやマリアの話を聞かない事には確証が得られ無い。

「くそ……次に狙われるのはどっちだ……元木か、片村なのか。此処は俺達が手分けしてボディガードした方が安全なのかも知れない、けど若しもこの二人じゃなかったとしたら?」

「うんうん、大変だね! 本物の八月のロジックならフェイクを使ってでも対象を確実に殺害出来る様に『操り人形』に指示している筈だしね♪」

 操り人形か、確かにそうなんだろうな八月のロジックからして見れば……自分の考えた殺人劇を操り人形を操作して実行させる。効率的に殺人快楽を得られて当の八月のロジックは高みの見物してんだ。其れが八月のロジック以外にも……大悪党が居る。まさに殺人カルト教団だ。

「そろそろ戻るか、刑事の取る事情聴取にしては長くなる」

「それじゃあ~之どぞ~♪ みぃちゃんの分もあるよ~」

 未桜から渡された物はBluetoothのワイヤレスイヤホンだった。

「あれ? 此処って電波通ってないんじゃ無かたっけ?」

「うんうん~この島特有の微弱の妨害電波のせいでスマホやアプリは全滅♪ でもヘリの中で確認してみたけどこの未桜様印の特製Bluetoothなら特別な暗号コード使用してるから連絡取れるのだ~♪」

 俺とみぃは未桜様印のBluetoothを片耳に装着し、大広間へと戻る。耳元で確かに未桜の声が届いてくる。特別な暗号コードで通話出来るってのはマジらしい。

『だぁさん、もう一度伝えておくけども、犯人はどいつもこいつも八月のロジックを名乗って逮捕されたけど拷問のプロに任せても口を割らなかったんだよ……気を付けてね。みぃちゃんも』

 俺達は大広間に戻り、未桜は形式的な事情聴取を全員に施した。勿論、其の聴取内容は通話でまるっと此方に伝わって来る。先ず未桜が選んだ人物は岩井だ。俺は誰が殺人犯が分からない以上、嵐が止むまでは纏まって行動し、部屋に戻ったら誰が来ても鍵を開けず閉じ籠る事を推奨する旨を話す。

「ヒヒヒっ!俺に事情聴取とはね、しかもこんな子供相手に」

 早速聴取が聞こえて来る。伯は暇そうに畳に寝転がり、時計と睨めっこしている。時刻は十六時五十分を示す。

『子供だからって甘くみない方が良いよ~鍛えてるからね♪』

「ヒヒ、で何を聴かれるんだ?」

『ア・リ・バ・イ・でしょ~♪ 正直に答えないと粛清しちゃうからね?』

 こんな調子で全員のアリバイを聴く。少なくとも五藤が姿を消した十一時四十分から十三時三十分までのアリバイだ。正直之には余り期待して無い。俺は殺人が起こるなんて微塵も思って無かった当初だからだ。若しかすると斑鳩ぐらいでは無いだろうか、殺人が起こると予見していのは。案の定、指定したアリバイの時刻は誰のアリバイも無い、何せアトランティスに着いたばかりで荷物やら電波障害だので自室を出る機会が少なかったからだ。次は最後の斑鳩だ。

「あの、私……精神疾患なんで、偶に記憶が曖昧に成ってしまうんです」

 マリアじゃない、斑鳩本人、真実が人格として出ているみたいだ。

『大変だね~! うちはそう言う病気は専門外だから詳しく分からないんだけどさ。何か変な人見たりしてない~?』

「変な……そう言えば大雨が降ってるのに絶壁の向こう側に誰か……雨具を被った人を見た気が……」

 絶壁? 俺はその話を耳にして直ぐに大広間の窓から外を見やる。驚いた、結構深い谷が旅館の大広間側に広がっていた。この位置は丁度五藤が殺害された三〇九号室の小さな鉄格子の窓のあった位置と一緒だ。仮にあの鉄格子にカラクリがあったとしても部屋から出る事は不可能だ。旅館から凡そ三十メートル先までは絶壁が続いている。だが有力な情報の一つだろう。今まで聴取した全員が旅館の外に出たと言う発言はしていない。

「だぁちゃん……。」

「ああ。誰かが嘘をついた、だけどこんな絶壁があんのに向こう側に居たって何も出来ないんじゃ……」

『雨具を被った人かあ~貴重な意見をありがとう御座います♪』

 だけど現に完全密室を作り出し、五藤を殺害した操り人形は居る筈だ。何かを見落としてんのか? アリバイが機能しないとなると誰が犯人でも可笑しくは無いが逆に言えば証拠を取るのも難しいっと言う事に成る。

『だぁさん、全員の聴取は終わったよ~うちが聴いた事で何か引っ掛かる所とか誰か居た?』

 聞いた事。時刻のアリバイの有無、自慢出来る事、短所と長所。思いだせ、何か引っ掛かる事。自慢出来る事は、元木が時間管理で、岩井が猟銃の扱い、川北はアーチェリー、二条がカメラ、片村がチェスの腕前……分からないな。

「未だ分からないけど、何かヒントがあっても良い筈だろ」

『うーーーーーーーーーんっ謎☆』

「兄貴い、僕等はそろそろ部屋に戻らないっすか? あれ、イヤホンしてんっすね」

 俺はみぃへと視線を流し、この場を任せる事にして伯と共に部屋に戻る事にする。斑鳩は何を追い掛けてこんな島まで来たんだ、あいつの真意を聞き出す事が俺にとっては優先順位高い気がする。兎に角、八月のロジックの操り人形をぶっ壊す。今俺の出せる手札はmother・brainの佐藤未桜の頭脳、親父の死にも八月のロジックにも関係のありそうなマリアの存在の二つだ。いや、もう一つ手札がある、俺に流れる親父と母さんの血が突き動かす推理だ。

『さ~てとっ!うちも本気出して動きますかね~佐藤未桜、出陣♪』

「だぁちゃんがやっと戦う気に成ったんだから、将来の妻としてやれる事はただ一つだよ。一緒に戦う」

 見つけ出してやる、犯人を必ず。そして長い戦いに成っても構わない、親父、あんたの出来無かった事は俺が継いで行く。なんかしがらみを吹っ切れた気がする。


 第三巻 完 第四巻へ続く。

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