第二巻 √ 壊れた操り人形編②

 第二話 √ 第一の殺人


 八月九日、午前十一時三十八分。

「二重人格……。ロンドンの事件って何だったんだ、何で親父は殺されたんだ! 命日を知ってるって事は親父と斑鳩には接点があるって事だよな!」

「ガツガツしないで頂戴。説明してあげても良いけど、それじゃつまらないわ。答えはmother・brainに所属していた長澤従一郎の息子として推理でもしてみたら?」

 俺は右肩をピクリと上げる。何故mother・brainの事まで知ってるんだ。斑鳩真実、二重人格の名前はマリア、こいつ一体何者なんだ。動揺しているのか俺は、息子の俺ですら知らない事実を斑鳩は知っている。俺は少しでも情報を訊きだそうと更に口を開こうとした、その時。

「兄貴ー、部屋の鍵ゲットしたっすよ!僕と……あれ、斑鳩さんでっすか。兄貴い、もう口説いたんっすか!」

 伯が俺達の前に飛び込んで来る。すると斑鳩はポケットから薬の錠剤を取り出し、水も無しに其れを飲む。

「また、話せる機会があると良いわね、長澤信一」

 其れだけ言い残して斑鳩は右手の甲で長いブロンドの髪を掻きあげて、その場を立ち去ってしまった。嫌な汗を掻いた、少なくとも斑鳩真実には注意を払わらないといけないと思った。八月のロジックの正体も知っているのか? 急な展開で脳が追いついてない。取り合えず、伯と一緒に旅館アトランティスの中へと戻る事にする。


「お、だぁちゃん。煙草長かったね。私は二〇五号室で伯とだぁちゃんは同じ部屋の二〇六号室だってさ」

「そうか……」

「およ、どうしただぁちゃん! 元気が無いぞよ」

 探偵なんて大嫌いだ。殺人犯の一番の邪魔に成るのは刑事や探偵なんだ、親父はそんな職に就いていたばかりに殺された。俺は違う、殺されたくないし生きていたい。だから、探偵にも探偵ごっこもする気は無いし、ましてや推理なんてしたくも無い。気持ちを切り替えよう、斑鳩の言った事を気にする必要は無いんだ。

「別になんでもねえよ。さてと、部屋行くかな」

「兄貴と同室にしてもらったんすよ! 今日は恋バナでもして盛り上がるっす」

「あんたは乙女か……まあ良いや、私も荷物置いたらだぁちゃんの部屋行くよ」

「げっ、江連も来るんっすか」

 他愛も無い話をしながら大理石で造られた階段を上り、二階へと到達する。既に他の人達は自分に割り当てられた部屋に入った様子、俺とみぃも一度分かれて伯と二〇六号室の扉の前に到着する。一応金属製のドアだ、良かった、木製のドアだったら流石に二条の言っていた様に防災だのくそも無いっと思う所だった。廊下には絨毯が敷かれていて、歩き心地は良い。

「そう言えば、斑鳩さんと話してたっすよね? どんな話だったんすか?」

「ん? 別に、只の挨拶だよ。ほら、中に入ろうぜ」

 重たい荷物をようやく手放せた、部屋に入ると純和風な部屋が広がっていた。閉まっているカーテンを開けて、外の景色に目をやると海が見える。「良い眺めっすね!」とはしゃぐ伯はベッドにダイブして騒いでいる。俺は其れよりも硝子張りのテーブルの上に灰皿が置かれている事に感動した。畳の床に胡坐を掻いて座り、早速一服する。

「ふう、しかしこれ何して過ごせば良いんだ? 海までは距離あるしな」

 ベッドからジャンプして着地する伯が俺の言葉に返事を返す。

「昆虫採取っす!」

「お前は小学生か」

 頑なに閉ざしていた気持ち、熱くなって、弾けそうだった。親父……。親父の死とロンドンでの連続殺人の事、更にはmother・brainの事すら知っている斑鳩、あいつの言葉が脳にこびり付いて離れない。何故国家的機密機関であるmother・brainの存在を知っているんだ。其れを言えばみぃもだが、あいつには俺から話をした。斑鳩も誰かから訊いた? そうなると濃厚なのは親父からになるのか? それに親父の命日を知っているって事は親父の事をよく知ってる事になる、三年前のロンドンで何が起きていたんだ……。謎は深まっていく。くそ、気持ちを切り替えられねえ。

「館内放送で御座います」

 突然聞こえた元木亭主の声。アナウンス出来るのか。

「本日の昼食は午後一時丁度を予定しております。一階の大広間にて食事が出来ますので、よろしくお願い致します」

 大広間で昼飯か、今の時刻は何時だろう。そう思って俺はスマホを取り出し、電源を入れてから時刻を確認する。午後十二時二十分、ってあれ。

「おい、伯。此処って圏外じゃないか?」

 その言葉に伯もスマホを取り出した。伯とは別のキャリアだから伯も圏外なら此処では通話が出来ない事になる。

「おお、凄いっすね、マジ圏外っす」

 試しにLINEを伯に飛ばして見るが送信出来ない。マジかよ、今時どんな島なんだ此処は。昆虫採取しかする事無いなんてつまらな過ぎるだろ。ゲーム機も持って来なかったしな、せめてローカル通信で遊ぶ機器があれば少しは気が紛れるのにな。

「兄貴……此処、暇っすね」

 今更気づいたのか。海水浴のセットを持って来たが、こりゃ無意味に終わるかもな。しかもやっぱり空調が効いて無くてくそ暑い、あれだよな、これはアプリゲームは出来るのか? LINEすら飛ばなかったんだ、無理か。ポケットWi-Fi持って来るべきだったんだろうけど、普通こんな状況に成るなんて思いもしない。俺は煙草を灰皿に押し当てて火を消し、続けて煙草を咥えてチェーンスモークする。露店風呂やらを期待するしか無いか。天井を見上げると木材が複雑に交差して天井を支えていてる様子が見えた、おいおい、此処本当に大丈夫なのか。どうせ小笠原諸島方面まで来てんだから、そっちの旅館を手配してくれれば良いのにな八月のロジックって奴。


 --良い舞台ね、八月のロジックが選んだにしては


 瞬間。斑鳩の、いやマリアの言葉が脳裏を過った。八月のロジックが選んだ舞台ってなんの事だ? いや、二重人格の言う事だ、気に留める必要も無いだろう。煙草の煙を吐いて、左手の人差し指をテーブルの上でコツコツとリズム良く叩く、マジ暇。飯はまだか。そう思っていた時、部屋をノックする音が聞こえてくる。みぃが来たのか。

「はいはいーっす! ……ってあれ?」

「ん? どうした伯」

 俺が胡坐を解いて、立ち上がりドアまで行くと、其処には酷い汗を掻いた片村雪子が居て、片手を胸に添えて息を整えながら話してくる。

「あの、五藤様は此方にいらっしゃって居ませんか?」

「五藤って、あの怒鳴ってばかりの取締役様っすか? 来てないっすよ。どうしたんすか?」

「部屋に荷物を置いて、暫くしてから五藤様にこの島に関する資料をお渡ししようと思ったのですが、お部屋にいらっしゃらない様子で。其れで旅館内を探していたのですが、何処にもいらっしゃらなくて」

 俺は片手で煙草を持ったまま、冷静に返す。

「外でも散歩してるんじゃないですか? ああ、そうか、此処って圏外だから余計心配してるんですね」

「そうなんです、まさか圏外とは思って無くて、五藤様と連絡も取れずで……。鍵を受け取った後に資料纏めてから直ぐに五藤様の部屋へ行きドアを叩いた時にはもうお部屋にはいらっしゃらなかった様子で」

 俺は再度時刻を確認する。十二時四十分だ、俺と斑鳩の話が終わったのが十一時四十分ぐらいだったとしたら一時間は経つ。片村が五藤を探し出し始めたのが直ぐなら五十分間の間に五藤は何処かに出掛けたって事になるな。んー子供じゃないだし心配する必要は無いっと思うがね。秘書って言う仕事も大変なのかもな。

「おーだぁちゃん、どったの? 折角皆で海に気合で行ったろと思ったのに外大雨だよー」

「は? マジか」

 俺はドアから窓へと視線を流し外を確認する。確かに窓を雨が叩く小気味良い音がする。だとすれば外へ散歩に出掛けた五藤が帰って来るのも時間の問題だろう。俺はその事を片村に伝えて、安心させてやる。入口で待って居ればずぶ濡れの五藤が帰って来るだろう、と。片村が入口で待機しておくと俺達に言うとその場を去った。

 俺達は昼食の一時までみぃ含めてトランプで時間を潰していた。そして館内放送で昼食の準備が整ったと流れたので、俺達は部屋を出て一階へと降りる。館内の図面が飾られていたので、大広間の位置を確認し、俺を先頭に大広間へと向かった。すると大広間へ向かう途中で二条がカメラで館内の写真を撮って居る姿が見え、その少し先の旅館入口で立ち尽くす片村と出くわす。

「あれ、片村さん。五藤さんは帰って来ましたか?」

 俺の言葉に肩を震わせる片村。

「帰って……来ないんです。外は雷も鳴り始めて大雨なのに、五藤様が帰って来ないんです」

「んー……飯の時間だし、大広間に居るんじゃないですかね」

 俺は一応スマホで時刻を確認する。もう十三時十分だ。大広間へ向かうには入口前を通る他に道は無かった。正直館内を探したとも言っていたし、あれからずっと入口で片村が五藤の帰りを待って居たのだとしたら……姿を消した? 何の為にだ、片村を困らせ様なんて柄じゃ無さそうだったし、そもそも五藤はこの島を買い取った取締役だ。フェリーの上では此処にテーマパークを建てるだのなんだのと怒鳴っていたぐらいだし、この島に悪いイメージを植え付ける意味は無い。あれ、そう言えばあの時。

「そう言えば。片村さん」

「は、はい?」

「フェリーの甲板で話してるの聞こえちゃったんですけど、この島に良い噂が無い的な事言ってませんでしたっけ?」

 伯とみぃは先に大広間に行ってるっと言い残して入口から先に進んで行った。

「それは……その、あくまで噂でしか無いのですが『神隠し』にあうと言う噂がありました」

「あはは、神隠し? まさかでしょ」

「いんや、其れがそうとも限らないぜ坊主」

 カメラを腰に下げた二条が話に割り込んで来た。二条は煙草を吸いながら、懐から一枚の記事を取り出して見せてくる。四年前、この島で神隠しと思われる事象が起きたと書かれたオカルト記事だ。まさかな。

「その神隠しにあった人物は死ぬ」

 二条が不吉な事を言った。

「またまたあ、神隠しなんてある訳無い。しかも死ぬなんて事、あり得ないでしょ。其れに書かれているのはオカルト雑誌みたいだし。信じなくても大丈夫ですよ、片村さん」

「は! まあ信じる信じ無いのも個人の自由だわ、精々五藤取締役が殺されない様に祈るしかねえわな。俺としては記事に困らなくて助かるんだがな」

「貴方! 不謹慎ですよ! 五藤様は神隠しにもあわないですし、死にもしません!」

 記事? 記者だったのか二条は。しかしその煽りで怒り心頭した片村は大広間へと急ぎ足で向かってしまった。肩で笑う二条は近場に配置されている灰皿に煙草を捨てて、大広間に向かう。俺も溜息を捨て、大広間へと向かおうと足を一歩進めると甚平の裾を掴まれ、引き留められた。振り返ると斑鳩が顔を下げて立っていた。

「あ、あの……私、貴方と話している途中から記憶が無くて、若しかして私……」

 真実の方か。マリアは先程飲んでいた精神薬が効いて引っ込んで居るのか。五藤と言い、斑鳩と言い、何なんだこいつ等は。成るべくなら関わりあいたく無いのが本心だ。

「俺の名前、覚えてる?」

 その言葉に、顔を上げて首を左右に振る。二重人格ってのは片方の記憶を覚えてないのか。

「マリアが俺の名前知ってたよ。俺は長澤信一」

「マリア……! やっぱりあの子が。長澤さん、ごめんなさい、私」

「二重人格者って言うのは驚いたし、そう言う人とは初めて出会ったよ。まあ気にしても仕方ない、俺達も大広間に行こう」

 そうして、俺は斑鳩を連れて大広間への襖を開く。よく旅館とかで大宴会する絵面を見るが、こんなに広いとは思わなかった。畳の部屋はかなり広く、ベニの塗られた立派なテーブルの前に其々の名前の書かれた置物があった。俺は自分の名前が書かれた置物の前に胡坐を掻いて座る。直ぐ横にみぃと伯が居て対面に斑鳩が座った。大広間から見える窓からはどんよりと曇った空と雨音が鳴っていた。


 八月九日。午後十三時三十分。

「これ食事は豪華じゃない? ちょっと感動ー」

 みぃの言う通り、眼前に置かれた食事は海鮮の丼ぶりにお吸い物、そして天ぷらと霜降りの肉と其れを焼く小さな炭火七輪が置かれていた。之は豪華だ。元木の姿は見えないが、流石に亭主が宿泊客と飯を食う訳無いか。食に飢えているのかっと思うほど岩井はがっついて食べていて川北は大人しく何も言わず食べ始めた。二条は食事をカメラに収めてから食べ始めるが片村は箸に手を伸ばそうともしない。此処にも五藤は現れなかったからだ。一体五藤は何処に居るんだ。

「あの、皆様……五藤様を見かけませんでしたか?」

 片村がそう切り出す。

「ヒヒ、五藤ね。俺様は見て無いぞヒヒ、何だあのボンボンの金持ち居ないのか? ヒヒヒ」

「私もお見掛けしていませんね」

 岩井と川北の順で答える。表情に陰を落とす片村は、襖の開く音に過剰に反応し振り返る。

「どうか致しましたか? 片村雪子様」

 元木だ。彼女は元木の元まで歩き、大きな声で話す。

「あのっ、五藤様が居ないんです! 念の為、他の部屋も探したいので空いている部屋の鍵を貸して下さいませんか?」

「おいおい、落ち着けよ秘書さんよ。他の部屋は鍵が掛かってんだろ? 其処の元木が鍵を持っている限り五藤は他の部屋には入れないんだぜ? 其れとも? その元木が神隠しの犯人なら手っ取り早い話だがな?」

 二条が説明すると、片村は下唇を僅かに噛み、席に戻る。確かに元木なら空室に入れる、だけど元木が五藤を拉致る動機が思いつかないし、いの一番に疑われると分かっていて元木が五藤を拉致るとも考え難い。ましてやこのドンピシャの時刻に雷雨なんて誰にも予測出来なかった事だ。此の侭なにも起きなきゃ其れで良いんだ、今考える事で五藤が居そうな場所、其れは自室以外無いんだ。五藤が片村に嫌がらせしてると思えば納得出来る……だが、飯にも来ないってのはどうなんだろうか。

「何かさ、着いて早々嫌な雰囲気だよね」

 みぃが耳打ちしてくる。するとがっついて飯を食っていた岩井が箸を置いて席を立つ。

「ヒヒ、頑張って探せ、あんな金持ちが世間に居ると生活保護受給者としては腹立つんだ、ヒヒヒヒ」

「何て事を! 其れは日頃の貴方の行いのせいでしょう! 金持ち金持ちって言いますが五藤様は苦労なさって今の地位と財力を手にしたのですよ!」

 途端、川北が箸を強くテーブルに置く。

「あの、食事の時ぐらい静かにしてもらえませんか?」

 御もっともだ。俺は今霜降り肉を焼いていて、レアの焼き方にしたいが為に奮闘しているのだ。五藤がどうのこうのなんて他でやってくれ。しかし海鮮丼うめえな、箸が止まらんし、天ぷらも衣が厚くも無くサクサクしていて海老天なんて最高じゃないか。

「……取り乱してしまい申し訳御座いません」

 ん? 片村が大人しく席に着いて食事を始めたな。俺は今レアに焼けた最高の霜降り肉にかぶりついているのだ。これぞ至福の時だ、なんせ母さんの家を出て一人暮らしを始めてからコンビニ弁当や購買のパンばかり食ってたんだ、岩井の気持ちが少し分かる気がする。

「そんなに心配なら、元木さんと一緒に全室探して見れば良いんですよ」

 川北の提案は御もっともだらけだな。

「僕達も探すの手伝うっすか?」

「ん? 俺達も? んー……別に構わないけど?」

「えええ、本気? めんどくさくない?」

「パスだな、五藤なんて探しても金にならねえからな」

 二条は食後の一服をしながらパス宣言する。そういや、さっき入口で二条が煙草吸っていたけど火災報知器すら備えてないんだなアトランティス様は。


 八月九日。午後十四時。俺達は元木と片村と共に二階の空室を一つずつ調べていく事に成った。二〇九号室まであるが、室内の造り自体は何処も似てるんだな。相変わらず空調が効いて無くて暑いが文句も言ってられないか、俺は三階の空室と五藤の部屋も調べるべきだと提案し、二階に居ない事を確認すると三階へと移動した。先ず濃厚だと思っていた五藤の部屋の鍵を開けてもらい、俺は堂々とドアを開けて「こんちはー」っと声を出してみる。え? 居ない……。

「三階ってなん部屋あるんっすか?」

 伯の質問に対して、元木が額の汗を拭った後に、小声で話し掛けてきた。

「あのですね……之は他のお客様、特に五藤様が戻られたら、より内密にお願いしたいのですが、三〇九号室の鍵が見当たらなかったのです」

「待て、其れは管理がまずいっておじさん」

 みぃが言うと元木は申し訳なさそうに頭を数回下げる。こうして三階の三〇九号室以外も調べ終えた、やっぱり居ないな。残す部屋は三〇九号室だ。鍵を紛失してると成ると強引に開けるしか無さそうだが、金属製のドアだろ? そんな簡単に開くもんかな。

「此方が三〇九号室で御座います」

「あれ、この部屋だけ木製のドアなんですね。なんでですか?」

「ええ、皆さんも知っての通り、この島は昔、戦時中に捕虜を隔離しておく島で御座いました。その時の名残でこの部屋だけ昔のまま保存しておいたのです」

 マジかよ。じゃあ、この三〇九号室は戦時中に使われた室内のままって事か。其れにも関わらず片村はドアを片手で叩いて五藤の名前を呼ぶ。しかし返事が無い、そりゃそうだ、戦時中のままだって事はこの島を買い取った五藤が一番良く知っているんだ。こんな不気味な部屋には近寄らないだろう。俺は煙草を取り出し、無駄足だったと思い溜息をつく。

「開けて中を調べてみるっすか?」

 おい、伯。お前はどんな心霊スポットでもどんどん突っ込むタイプか。

「呼んでも返事無いし居ないんじゃなーい? ねーそろそろ戻ろうよ」

「そんな事を言わずお願いします、何とかドアを打ち破ってもらえませんか! 五藤様が神隠しにあったなんて思いたくも無いですが、神隠しの正体がこの部屋だとしたら調べておきたいのです」

 まあ、戦時中のままなら不気味な噂のネタにも成るかもな。仕方ないので俺と伯でドアに体当たりを繰り返し、木製のドアをこじ開けた。


「え……」

「い、いやあああああああああっ!」

 館内にみぃと片村の悲鳴が響いた。之は……どういう事だ。俺達の眼前に広がる光景は、木製の椅子に手を拘束された五藤の首無し死体だった。壁も木製で更に首の無い血だらけの五藤の死体の後ろには鉄格子の様な、小さな窓が一つあるだけだ。そして五藤の頭部は五藤の足元にこの世の絶望を見たかの様な悲痛に満ちた面持ちで転がっていた。

「ご、五藤様……っ! そんな、そんなっ!」

 更に元木が紛失したと思われる三〇九号室の鍵が五藤の死体の前に落ちている。入口から五藤の首無し死体の距離は十メートルは離れていた。ドアの下から鍵を潜り込ませる事は出来ない、俺は其れを直ぐに確認した。ぶち破ったドアの下は薄い紙が平なら入る程度にしか隙間が無い。旧式、牢屋の手錠に使われていた様な鍵は到底通らない、無理だ。どうして……こんな事に。この三〇九号室は言うなら完全な密室だ。首無しの死体から滴る鮮血は未だ殺されてそんなに時間が経っていない事を現わしていた。

「一人……死んだわね。密室殺人って所かしら?」

「斑鳩!?」

 不敵に笑う斑鳩が俺達の背後に立っている。まさか……こいつが五藤を? しかもこの口調と態度、マリアが出て来ているのか。


 無様に転がる五藤の首、凶器も見当たらない室内で何が起きたのか、こんな密室で五藤は一体誰にどうやって殺されたって言うんだ……。


 第二巻 完


 第三巻へ続く

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