第七巻 √ 壊れた操り人形殺人解体編②

 第七話 壊れた操り人形


 俺が殺人解体を開始するっと断言すると、全員が顔を見合わせて騒然とした。誰が犯人なのか疑心暗鬼に成る中で斑鳩は元木の書いた一枚の告白文を片手で広げて読み上げた。

「こう書いてあるわ『私は罪を犯してしまいました。其れはこのアトランティスが建つ問題と成った件。私は以前は老人ホームの専門医を務めておりました、しかし体罰を繰り返していた私に異見を吐いた助手医を殺害してしまったのです、そして小さな老人ホームに生活保護者を対象に小笠原から集まった少ない移住者に殺害現場を目撃されており、之も全員殺害し埋める事に成ったのです。其れを知った五藤社長は直ぐに島を買い取り、其処にこの旅館を建て、殺害した者達の遺体が見つからぬ様にと監視役を任せたのです』ってね」

 斑鳩が全て読み終えると、片村が肩を震わせて居た。其の事実を五年前に拾われていた片村が知らない筈も無い、俺は畳み掛ける様に言葉を紡いでいく。

「そう、之が老人ホームから住民が消えた『神隠し』の真実だ。そして、一連の殺人劇を行えた人物は只一人しか居ない」

 二条が席を立ち、片村を指差して怒鳴った。

「こいつだろ! こいつが五藤と元木を殺害したんだよな!さっきから震えてるしなあ」

 俺は即座に言葉を切り返す。

「いや違う。犯人は片村さんじゃない、その前に之を一度皆に訊いてほしい」

 俺は未桜が録音した事情聴取の内容を全員に公表した。其の時、初めて聴いた筈だ。犯人ですら、片村が五年前から五藤の秘書を務めていた事を。手の震える犯人を見やり、俺は直ぐにこう考えた。犯人にとって殺害すべき対象は五藤と元木だけじゃなかった、そう、片村すら殺害の対象に成り得たのだ。

「片村さん、危うく犯人は貴方の命すら取らなくてはいけなかったんですよ」

「そ、そんなっ!」

「で、誰なんですか? 其の神隠しの事について言いたい事は分かったのですが、肝心の犯人は?」

 川北の言葉に斑鳩が畳に足底を擦りながら犯人の元へと近づいていく。俺は改めて犯人の目を見つめ、片手をポケットに仕舞ったまま名指しした。

「川北美保、あんただよ」

「やっと見いつけたあ」

 斑鳩が川北の表情を覗き込み、冷徹な笑みを浮かべていた。川北は一度テーブルを叩き、直ぐに反論を説いて来る。

「馬鹿馬鹿しい! 何で私が見ず知らずの五藤さんや元木さんを殺害しなければ成らないの? 其れに五藤さんの殺害現場は完全な密室だったと聞いてる。一体どうやって五藤さん、強いては全員にアリバイの在った元木さん殺しを実行出来たと言うの?」

 最もの反論だ。だがもう答えは見えている。斑鳩が元木の事務室に隠す様に置かれていた一枚の名簿を取り出し、とある苗字を指差して反論を説き伏せに掛かる。

「川北里穂、之が助手医として名前が在るのは偶然なのかしら?」

「―――川北なんて日本中に居るでしょう」

 川北も冷静に返す。だが逃がさない、一度捉えたら離さない主義なもんでね。俺は煙草をポケットから取り出して口に咥える。

「一連の犯行を行えた人物は只一人だって言った筈だぞ。今回の二つの殺人にはとある物が使われていたんだ」

「あ、兄貴。とある物ってなんっすか?」

 伯の質問に煙草に火を灯して、一息吐いて返す。

「先ず五藤殺しにアーチェリーを、そして元木殺しには―――……麻酔だよ」

 其れを訊いた川北が驚いた面持ちを見せて、一瞬で双眸を開いた。この殺害トリックには俺も気づいた時には驚いたさ、だけど理論上では其れなら可能性が生まれる。いやむしろこの面々の中ではそれ以外の方法は無いだろう。そして斑鳩の知りたがっていたトリックの全貌へと話を進める。

「先ずは第一の殺人を解体しよう」


 そう言って俺達は全員で三〇九号室の前へとやって来る。川北が下手な真似を出来ない様に未桜が川北の直ぐ横を歩き監視する。俺がドアを開き中へと入って行くと川北と未桜、そして斑鳩以外は足を止めて戸惑っていた。まあ何せ五藤の死体は布を被せただけで存在しているからな、無理も無い。内科医師である川北も足を止め、俺と斑鳩の言葉を待つ。

「之、見えるか」

 スマホの懐中電灯で鍵の落ちていた場所を広範囲で照らす。木片が少々散っている事を川北と未桜が確認する。そして俺は頭上それなりの高さにある木材を指差して言葉を続けた。

「この何かが刺さった様な痕、初めは拷問用の器具でも取り付けられていたもんだと思ってしまったけど、元木がこの部屋は戦時中のまま保存されている様な事を言って居たのと、俺の脳裏に突飛な発想が生まれたんだ」

「突飛な発想とは~?」

 未桜が疑問形で訊いて来るが白々しいと思った。多分このトリックを一番早く見破ったのは未桜だ。俺より先にこの部屋を調べていてmother・brainの頭脳なら気づけた筈だ。

「其れは『矢』だよ。あんたは未桜との事情聴取の時に言ってしまったんだよ」

「私が何を……」

「七十メートル先の的も正確に射られる、っとね」

 川北は慌てた様子で両手を振る。

「ちょ、ちょっと待って、矢って幾ら何でも其れこそ本当に突飛な発想だわ。こんな三十メートル以上離れた絶壁が在るのに、何処から矢なんて撃つの?」

 煙草をポケット灰皿に捨てて、俺が鉄格子を指差した。

「俺がアーチェリーの事を教わった時にあんた言ってたな。アーチェリーは打ち上げも打ち下ろしもあって草原や、こう言った山とかのフィールドも在るって」

「仮に矢を射られたして、どうなると言うの?」

「鍵だよ」

 斑鳩と未桜以外のその場に居た全員が驚きを其々声にし、現状を把握出来た様だ。

「あんたはアーチェリーの鏃にこの牢獄の鍵を付けて放ったんだ。斜め四十五度下の絶壁からね。こんな事を出来るのはあんた以外居ないよな?」

 俺の問いに川北は黙った。俺は続けて斑鳩真実が外に雨具を着た誰かを見掛けた話をし、殺害に関する手順の説明に入る。

「先ず、到着したら俺達には目もくれず五藤に川北里穂の名前か何かを出して三〇九号室へと連れて来て、雨具を背後で被ったら五藤を殺害。返り血は雨具がほぼ防ぎ持ち合わせの布か何かで顔を拭いたんだろう。そして一度雨具を仕舞、誰にも見られない様に、特に片村さんに見つからない様に外へ出て、入射角凡そ四十五度のこの木材目掛けて鏃に閉めた三〇九号室の鍵を乗せて撃ったんだよ」

 川北は笑ってきた。

「あはは、ちょっと。刺さったアーチェリーの矢はどうするって言うの?」

 実に簡単な問い掛けにあっさりと返す。

「ピアノ線か何かを矢に括り付けといたんだろ? 其れを引っ張って鉄格子を超えてきた軌道を手繰れば矢は鍵だけ落として崖の下だ」

「…………面白い推理ね。元木さんをどうやって私は殺害したのかしら?」


 二条も岩井も何も口出しはしない、只管此方の話を聞くだけに成っている。俺は全員を二階へと誘導し、二階に辿り着くと俺は伯に「未だチョコゴール残ってるか?」っと訊くと伯は数回頷いた後、ポケットの中から小箱に入ったチョコゴールを取り出した。其れを俺に渡して、数歩下がる伯。俺はゆっくりと小箱を開けて傾けていく。

「いい加減認めたら良い……あんたは八月のロジックにとって……」

 そして――チョコゴールが床に落ちると総じて傾斜が在る事を知らせるべく転がった。

「壊れた操り人形だって事に。この傾斜のある部屋には二階の面々が泊まって居たんだよ」

 両手を肩まで上げ呆れた面持ちで溜息を吐く川北。

「この傾斜が何? そしてこの傾斜のある部屋に泊まって居たのが全員なら、私が犯人だと断定するには――」

「早くないさ。何せ……」

 斑鳩は事務室に残っていた宿泊記録を全員に見せた。ほんの数日前に一名だけ匿名希望と書かれた名前が載っていて、斑鳩は其の記録を遡って見せていくが一名で宿泊、しかも一日だけという客は他に居なかった。

「ねえ? 匿名希望さん? 貴方の本当のお名前はなあに?」

 斑鳩がのらりくらりと川北へと近づいて歪んだ笑みを浮かべながら叫んだ。

「川北美保よおぉっ!」

「ひっ!?」

「あんたには下見が必要だったんだ。そして何より、自分の肉親と思われる川北里穂の遺体を見つける事が目的だった。其の下見で変装していたあんたは気づいたんだ。今回の恐ろしい殺人計画を実行出来る環境だと言う事に」

 次に川北の室内へと続くドアを事務室から持ってきたスペアキーで開けて其の窓の景色へと視線を投げる。目の前には御神木の葉達が雨風に打たれて揺らめいていた。

「俺が五藤殺害トリックの次に思いついたのは元木の殺害方法だった。本当に行われていたんだよ、自動殺人ってやつが」

「だ、だけど御神木とは水平に見えるっすよ?」

「いや実際平行している立地だろうな」

「え、えっと。自動殺人ってどう言う事を言うっすかね?」

 俺は立て続けに元木殺しのトリックを暴きに掛かる。煙草を咥えて全員を室内へと呼び、窓を少し開けた。

「元木殺しにアリバイなんて必要無かったんだよ。だって、元木は朝食の用意を済ませてから殺されたんだ。つまり、俺や伯、お前が起きる前に犯行が実行されつつあったんだ」

「されつつあった? 曖昧な表現っすね」

「だって、俺達が総出で元木を探してる最中には元木は生きて居たんだからな」

「ダニィッ!?」

 流石に未桜でも気づいて無かったのか。そう、元木は俺達が探している最中は未だ生きていたんだ。そして、なら何故元木は出て来なかったのか。

「麻酔が効いてて眠っていたんだ。この窓の外でな」

「窓の外っ!?」

 川北と斑鳩以外の全員が同じ反応を見せた。そりゃそうだよな、まさか窓の外に宙吊りにされた状態で麻酔によって眠らされていたなんて誰も予想していなかったんだ。

「此処の傾斜が多少あるのは理解してもらえただろ? 麻酔ってのは量を調節する事で効果の効れ目を調整する事が出来るんだ。其れをあんたは利用して、先ずは殺さずに元木の身体を此処と、御神木に予め打ち込んどいたワイヤーとで繋いどいたんだ。そして口に『絶叫』しても平気な様に固くガムテープを張ってこの窓の外に宙吊り状態で放置したんだ、調節した麻酔を嗅がせてね」

「ナルヘソ~……其れでこの人はこの若干の傾斜を利用したんだね~?」

 そうさ。そして肝心要の傾斜の攻略に俺が取り掛かる。

「先ず、麻酔で眠らされている分には『動きはしない』だろう。だけど若しも目が覚めた時に自分が拘束されて居て、目の前に自分が空を飛んでいるかの様な光景を目の当たりにしたらどうなると思う?」

 川北の表情に曇りが見えた。そして俺は続ける。

「慌てるさ。そしたら身体が動いて足で窓やらを蹴って自分でスタートしてしまう。御神木目掛けて親切丁寧に伸びていたワイヤーを通って固定されていた器具と一緒に一直線だ。脳天晒して御神木へ目掛けて死へ……ね。あの時、俺が全員で揃って元木を探している現状でスマホを見て時刻を確認した時、あんたもスマホを見て『圏外』だって事だけを主張したよな? あれは圏外がどうかを確認したんじゃないさ『麻酔の切れる直前を』狙って全員を森の方角へと誘導する為だったんだ」

 俺は咥えていた煙草のフィルターがいい加減唾液を吸ってきていたので火を灯して、近場の座椅子へと腰を下ろす。

「傾斜は僅かに御神木へ向けて傾いていた。動かない限りその場に留まる程度の傾斜がね。元木を探している最中、あんたは先頭を切って居た。俺と岩井さんが注意深く周囲を探しているのにも関わらず……そう、先についてガムテープと固定していた器具を捨てる事、そしてワイヤーを森の中へと捨てる為にね。あんたの悲鳴を訊いた直後、俺は森の中を何かが走る様な音が気に成って足を止めた、あれは動物なんかじゃない、ワイヤーが外されて森へと落ちる瞬間だったんだ」

 斑鳩が雨足の弱まってきたのを確認し、俺に続けた。

「何なら、森に捨てたワイヤーが未だ在るんだろうから、全員で探して見ようかしらね?」


 川北は突然笑い出した。何が可笑しいんだ。

「あははは、ははは……そう、そうなのね。貴方達も姉さんの仇討ちの邪魔するんだ」

「姉さん? 川北里穂の事ね」

 斑鳩にそう言われ、川北は若干涙ぐみながら話を続けた。

「そうよ、神隠しにあったなんて信じなかったわ。だって私の姉さんはめんどくさいぐらい私にLINEを送ってきてたのだから。最後に読んだチャットは、元木甘露に殺されるかも知れない、よ? 其の後は何度チャットを送っても既読にすら成らなかった……殺されたんだ、そう思えたのは老人ホームを取り壊してこの忌々しい旅館が建った時だった……五藤医療財団が建てた老人ホームが今度は五藤エンターテイメントに島を買い取られて、建てられた旅館の亭主の名前が元木甘露だった! 何が神隠しよ、姉さん達はこの島の何処かに埋められたんだ! あんたが……あんたが五年前に五藤に拾われた秘書だと知って居たら、一緒に殺してやったわ!」

 そう責められる片村は両腕を震わせて、近場にあった果物ナイフを手に取って川北へと刺し掛かる。

「あんたが五藤様をっ!」

「やめろ!」「ちょっとこれ以上はやめて欲しいっす!」

 ナイフは深く川北の心臓へと突き刺さった……と思った。

「え?」

 ナイフの刃が柄に収納される、玩具のナイフだ。俺は未桜を直ぐに見た。

「こんな事もあろうかと、うち特製のナイフに差し替えといて正解だったね~因みに何時どんな時に何があるか分からない為にほぼ全室の果物ナイフは玩具だよ♪」

 抜け目無い。泣き叫ぶ片村は両膝をついた。

「五藤様は、職も無い取り柄も無い私を拾って下さった……両親にも先立たれ、親戚にも出来損ないっと罵られていた毎日から解放して下さった方なのっ!」

「そんなの偽善だわ! あいつ等は何の罪も無い老人達も姉さんも殺した罪人なの! そうよね、貴方にして見たら嘸かし私が憎いのでしょう、知ってる? 内科の医師って言うのは中々便利なものでね――」

 そう言って懐から取り出したのは何かの入った小瓶だ。すると未桜が直ぐに声をあげる。

「青酸カリだよっ!」

 俺が立ち上がり瓶を取りあげ様とするも、川北は其れを飲み干した。騒然とする中、川北は頬に一筋の涙を零した。

「せめて……姉さんを見つけてあげてね、名探偵さん……ゴホッ!?」

 吐血した。痙攣して倒れ込む川北の身体を支える斑鳩。

「バカな子ね。死んだら何も残らないものよ。罪の無い死なんてありはしないわ」

 そっと、事切れた川北の遺体を横に置き、斑鳩は血で汚れた肩を気にも留めずに立ち上がる。

「貴方の用いた殺人トリックは私が妄想で精一杯楽しませてもらうわ……おやすみなさい」

 立ち上がったと思ったら今度は斑鳩が倒れ込んだ。マリアの意識も限界だったのか、真実へと人格が変わるのだろう。そうか、そうだよな、こんな惨事は知らない方が良いんだろう。こうして殺人劇の幕は下ろされた、川北里穂と数名の老人達の遺体と共に隔離島を襲っていた雷雨も去ってゆく。


 ……俺達は川北の遺体を眺めて、只起きてしまった殺人事件を悔いる事しか出来なかった。壊れた操り人形は今、静かに地へと還った。


第七巻 完 第八巻へ続く

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