二重人格の彼女と俺の殺人解体

こみかるんch

第一巻 √ 壊れた操り人形編①

 暑い……。現在は令和七年の夏だ。俺は長澤信一、私立白桃高校に通う三年生。東京スカイツリーの見えるこの都市は「春野市」の一角。俺の特徴?いや、何も無いけど。俺に興味がある奴なんてそもそも居ないと思ってた。俺の趣味? いやー……もっとねえな。特に何かが光ってる訳でも無くごく普通の高校三年生なんだよ。

 今日は夏休みに入って一週間目、いつもの友達と遊んで帰る。……ああ、一つだけ他の連中と違う点がある。俺は現在一人暮らしだ。つまり、自宅に誰を連れ込もうが関係無いし文句も言われない。異性交遊だのなんだのってうるさい親も此処には居ない。別居と言えばそーなる。俺は母親と姉さんを置いて一人で自立するって決めたんだ。勿論バイトもしてる、家賃だけは都内だけあって高いし、もっと田舎に引っ越そうと思ったけど、そこだけは母親が許してくれなかった。……? うん? 俺の父親? ああ、死んだよ。探偵だったんだ俺の父親も。「も」って言うのは俺の両親は探偵で、姉さんも親父の跡を継いで探偵やる事にした、って、だから俺は家を出たんだけど。探偵何て長生きしたい奴のやる仕事じゃない。特に「俺の一家」みたいな特別な探偵は。mother・brain。警察庁直属の探偵達を隠語でそう示すらしい。俺は……もう関係無い。探偵は嫌いだ。

「おーい、だぁちゃーん」

 だぁちゃん。俺をそう呼ぶ同級生はただ一人。

「美寿恵か」

「待て、みぃちゃんと呼べと言った筈だ。私はみぃちゃん、信一はだぁちゃん」

「そもそも何でだぁちゃんなんだっけ」

「ダーリン♡だぁいすき♡旦那様♡」

 何も言うまい、そういう奴だ。小柄で細く、どこか小悪魔的な性格な江連美寿恵が幼馴染だ。mother・brainの事を知る只一人の部外者。口外は許されて無い、だけどこいつには話しておきたかった。何故、親父が死んだのか。何故、一家揃って探偵何てやってんのか。浮気調査やペット探し何て生易しい依頼はこないんだ、mother・brainには。生存の約束されない事件の捜査が主で、親父は殺人犯の目に止まり真っ先にターゲットにされて殺された。そんな探偵稼業を俺は嫌った。

「んで、俺達はどうして春野モールに買い物に来てんだっけ」

 俺は今、春野モールまで来ていて、その理由を忘れていた。

「ほほお、だぁちゃんは将来の妻とのショッピングに浮かれていないのだね?」

「いや、だから何を買いに来たのか忘れたんだ」

 人混みの多いモール二階。子供連れの多い時間帯、みぃは「忘れてるイコール浮かれてしまった、って事で良いんだよね」っと意地悪に微笑んで居た。スカートを怪しく揺らし、みぃは此方へと振り返り言葉を繋げた。

「明日はだぁちゃんのお父さん。亡くなった命日だから」

「あ……」

 そう、だったな。明日、八月十九日は親父の命日だ。忘れていた訳では無い、ただ、思い出したくなかった。ロンドンへ仕事で行くと言って遺体と成って帰って来る、そんな思い出何て要らない。ロンドンでどんな事件を追っていたのかは知らない、だけど未だにその殺人犯は逮捕されて居ないと母から聴かされていた。只々悲しみと怒りに湧き上がる日、それが現在の命日。

「だぁちゃん、今年で三度目の命日なのに一度もお墓参りに行ってないからさ。きっと仁美ママも心配してると思うよ?」

 母さんが心配か。してるとは思え無かった。何せ母さんは親父が亡くなった報を聴いた時も涙を流さなかったんだ。mother・brainに配属されているのなら覚悟は出来ていた、そんな冷酷な表情を俺は忘れない。

「俺は行かないからな」

「んー。そか、まあ元より無理強いするつもりは無かったんだけどさ。だぁちゃんが良いなら何も言うまいよ! なら気分変えて映画でも観に行く?」

 みぃの誘いのまま映画を観た、が。気分が晴れない。明日は命日か、俺は変わらない日々を送ってやる、そして将来は職に就いて一生懸命働く。その時のソウルメイトが、そうだな、みぃでも良いと思える。親父の跡を継いで探偵になった二つ年上の姉さんも、親父が殺されたのに未だにmother・brainに所属している母さんも、家族皆して裏切者だ。親父の死を何だと思ってんだ。

 映画が終わり、俺とみぃはモールの立体駐車場へと出て、太陽を浴びた。黒い甚平のズボンポケットから煙草を取り出すと俺はそれに火を灯し、吸った。

「出たよ、不良癖。身体に悪いし十八歳だからってフツー吸いますか?」

「あはは、お前それ間違えてる。法民の成人基準が十八歳に引き下がっても飲酒や煙草は二十歳からのままだぞ」

 瞬間。俺の後頭部を叩く。

「駄目じゃんか!」

「駄目だけど、実際は吸ってる奴は吸ってるし、アルコールも飲む奴は飲むだろ」

 俺は煙草の煙を吐き、ポケット灰皿を取り出す。社会のルールから外れる、それぐらいしか俺の反抗方法は無い。青空を見上げて白い煙の帯を引きながら一歩後退し、電灯に背を預ける。何も変わらない日々、退屈と言えば退屈だ。

 スマホが着信音を鳴らす。俺は着信名を見て通話をタップした。

「どうした、伯」

「小川から?」

 俺の言葉の後にみぃが言う。俺が一度頷き、音声をスピーカーにする。

「どうしたじゃないっすよ!今日は兄貴の自宅で遊ぶ約束だったじゃないすか」

「はぁ? 小川、あんただぁちゃんとの約束は常にみぃが優先って決めたでしょうが」

「げっ、江連が一緒っすか」

「はいはい、そこ。呼び捨てにしない!」

 こいつ等は二人で話すとうるさいし、中々仲良くしようとしない。通話の相手は小川伯、年齢は俺とみぃの一つ下で俺の事を何故か兄貴と慕ってくる。別に何か世話をした訳では無いけど、強いて言うなら勉強を教えてやったぐらいだ。悪い奴じゃないし、友達との約束を一番にする良い奴って印象だ。みぃは俺の家庭事情を深く知っているが、逆に伯は俺の事を優しい先輩程度にしか知らないで居る。

「それより兄貴、変な奴から封書届いてるっすけど?」

「お前は何で人の家のポストを勝手に見るかね。変な奴って何だよ」

「差出人の名前が『八月のロジック』って書いてあるっす」

「八月のロジック?なんだそりゃ……俺は知らないぞ」

「封書、開けちゃったんすけど。何かのチケットっすね」

 どんどん人のプライバシーを見ていくこいつを偶に殴りたくはなる。手間が省けたと思っときゃいいか。

「手紙には『この夏、最高のバケーションをご用意致しました。貴方の大切な方々とお越し下さい』ってだけ書いてあるっす」

 何かの悪戯か。相手にしても仕方無いな。

「小笠原諸島の南西に位置する島のアトランティスって旅館の宿泊チケットみたいっすけど? あ、ついでにフェリーのチケットも入ってるすね」

 小笠原諸島? フェリーのチケットまで? 悪戯にしては随分と手が込んでるっと伯の次の言葉を聞くまでは思っていた。

「あれ。チケットは三枚入ってるすよ」

 何故三枚も。俺の自宅はマンションで一人暮らしだ、家族分? いや、だとして、八月のロジック何て意味の分からない名前で届ける事も不可思議だ。俺の友人分、みぃと伯の分だとしても何故俺が自分含めて三人しか友達居ないって知っているんだ。仮に伯が仕組んだ事だとしても、友達が伯とみぃだけしか居ないとは言ってないし、ましてや俺の家族分何て余計知り得ない筈だ。今日自宅を出る際にポストは確認して来た。貴方の大切な方々とお越し下さい、か。

「暇だし、お前等と行くか」

「おお、だぁちゃんとよく分からん島の旅館まで行くの素敵!」

「え? 僕も良いんすか? って、旅館とフェリーの予約が明日っすよ!」

 明日……親父の命日だ。何か関係してる、訳無い。深く考えすぎだ、今はタダで旅行が出来る楽しみに浸っておけばいいんだ。しかもよく考えてみれば親父の命日を忘れるチャンスだ。幸先の良い夏休みになりそうだ。

「明日って急過ぎるって!パパとママの許可取れるかなあ」

「僕はいつでも大丈夫っすよ」

 序章 完


 一巻 √ 一話・出会い


「凄ーい!見て見て、もう横浜港見えなくなっちゃったよ」

 八月九日、午前十時十一分。ショートの茶髪を潮風に遊ばせ、白いワンピース姿のみぃがはしゃいでいる。海を掻き分けて進む船は、晴れた天気の中白い船体を誇らし気に魅せつけている。飛沫を上げ、小笠原諸島より南西の方角へと進む船の行先は「隔離島」と呼ばれる島。俺は甲板にある木製のテーブルに腰を下ろし、案内のしおりを読んでいた。隔離島、戦時中に捕虜を収監し遺体を埋めていた島らしい。ゾッとするが、あくまで戦時中の話だ、今は一軒の旅館を建ててリゾート地として機能しているのだろう。そう信じたい。

「兄貴ー、訊いてほしいんすよ!めっちゃ可愛い子が乗船してたっす!」

 黒髪の短髪、赤いタンクトップにハーフズボンの伯が興奮しながら俺の横の席に座る。

「ふーん、まあ俺達だけじゃないみたいだしな。隔離島へ行くのは」

 俺は顎で甲板に出てきてカメラのシャッターを切る男性を示し。そのまま顎で、海を見る凛とした佇まいのロングヘアーの女性を示す。

「てかさ、旅館のくせにアトランティスってネーミングセンスどうなの」

 みぃが右手で前髪を直しながら空いてる最後の席に座る。旅館のネーミングセンスはこの際どうでも良いが、まさかフェリーのチケットが本物だとは思わなかった。どうせ横浜港でガッカリするハメになると思っていたからだ。こうなってくると旅館の二泊三日の宿泊チケットも本物と考えていいだろう。スマホの電源は切ってある、どうせ今日の命日で母親や姉さんから電話が来るって予想はついていた。折角のバケーション何だからしがらみからも解放されておきたい。

 俺達の荷物はフェリーに預けてあるが、何せ一日しか準備期間が無かった為に大したもんは持って来れなかった。フェリーの行先だけはつい二度見してしまったが。隔離島何て聞いた事も無い島だし、伯がスマホの地図で調べても記載が無かった。地図に載ってない島、そんなとこにリゾートしに行く何て、せめてマシな旅館であれば良いんだが。……期待は余りしない、それが一番良い。

「この、無能が!」

 突然怒鳴り声が響いた。

「え、何?」「なんすかね」

「あんな旅館はとっととうちが回収して、山を崩して平地にしテーマパークでも建てれば良いのだと何度も言わすな!」

「しかし旦那様!あそこは良い噂を耳に致しませんし……テーマパーク何て建ててもお客が来るとは……いえ、大変申し訳御座いませんでした。私何かが意見してしまい……五藤様」

 わっかりやすい。如何にもな女秘書と偉そうな奴が甲板に居る。気の弱そうな女秘書は五藤と呼んだ老人に何度も頭を下げていた。しかしこれから宿泊する旅館を「あんな」だの「いい噂を耳にしない」だの、気になって仕方無い。パンフレットにはそんな怪しい事は書かれて無い。まあ当然か。


 午前十時四十分。フェリーは隔離島へと到着し、俺達は上陸する。蒼く澄んだ海、白い浜辺、しかしその海にも浜にも人は居なかった。少し高い場所に立派な旅館らしき建物が見えるが、まだ遠い感じがする。木々の生えた森から風に遊ばれた葉が音を鳴らす。俺達に案内役は居ない、其々がフェリーを降りると、荷物を転がしながら一本道を歩いて行く。その数を数えてみると合計で六人、俺達を含めると九名がアトランティスへと向かう事に成った。補装もされていない山道を登り、蛇の様にクネクネした道を歩くとやっとアトランティスと呼ばれる旅館が視界に入ってきた。

「ふう、そろそろ着きそうだね。こんだけ遠いと海で遊ぼうとしてたのに断念しようかなあ」

 荷物を俺と伯に持たせて、手ぶらのみぃは島全体を見渡せる高さの山道で大きく両腕を広げて深呼吸している。

「あっ。兄貴!あの子っす、フェリーで見掛けた可愛い子!」

「ん?」

 俺は汗の滲む額を拭いながら、顔を上げる。すると其処には黒いスカートから風に揺れて白いパンツを覗かせる女子が海へと視線を向けていた。

「白……」

「だぁちゃん、変態」

 澄ました顔立ちで、童顔なのか俺やみぃより年下の様にも見える。綺麗なブロンドの長い髪、外人って訳では無い様だ。俺は直ぐにみぃへと顔を向けて、足元から頭頂部まで見る。

「比べたら殺すよ」

「へい」

「おい、ガキ共。早く進めよ、ここ道幅狭いんだからよ」

 後ろを歩いていた先程カメラのシャッターを切りまくっていた男性が言ってきた。横に切り立っている壁へ手を添えて、ゴツゴツとした岩肌だなと思いながら、残りの山道を登り切る。視界に映るアトランティスは存外大きな建物だ。三階建ての旅館、まるでホテルの様だが、三階は木製で二階一階はコンクリの壁、そして瓦の屋根を見て古い造りだなっと感じた。俺は広い入口で一度立ち止まり、後方を歩いて来ていたカメラ好きの男性に疑問を問い掛ける。

「あの。このチケットって誰から貰いました?」

「あ? そう言うおめぇは?」

「八月のロジックって奴です」

「何だ、一緒じゃねぇか。さ、早く入れや」


 入口を潜ると和風感が一気に沸いた。タヌキの置物に提灯のアーチ、それも潜ると一人の老人が足を畳んでお辞儀してくる。白髪の老人には顔シミがある。俺達九名は入口に荷物を一旦置き、流れる汗へと俺は黒い扇子で顔を仰ぐ。暑い、エアコンはどうしたんだろうか、空調が効いてる気がしない。

「ようこそ、遠路遥々とお越し下さりありがとう御座います。この度、皆様のお世話をさせて頂く亭主の元木甘露と申します」

 他に人の気配がしない。静まり返る旅館内に先程の五藤が「貴様一人でか?」と疑問を声にする。それに対して「はい」とだけ返事を返す亭主。その淡々とした態度に五藤は女秘書に対してと同じ様に怒鳴り声を上げた。

「ふざけるな!一人でまともなサービス提供が出来ると思っているのか!」

「はい。でわ八月のロジック様より『mother・brain様ご一行』と予約を受け付けておりますのでお部屋のご案内へとまいりましょう」

 俺とみぃが顔を上げる。

「マザーブレイン?何だそれは、わしは此処の島を買い取った五藤エンターテイメントの取締役だぞ!」

「だぁちゃん、どういう事だろ……」

 mother・brainは公に成っていない探偵組織だ、何故八月のロジックはmother・brainの名を知っている……? まさか、このチケット三枚は俺が家族と来ると思ってポストへ入れたのか? それにしたって、母さんや姉さんがmother・brainに所属している事は限られた人間にしか知られていない筈だ。……落ち着こう、mother・brainを知っているのであれば母さんや姉さんの素性も八月のロジックって奴には分かっていたのかも知れない。折角、親父の命日を忘れて羽を伸ばそうとしてたのに之じゃ意味が無い。

「五藤八平様は三〇一号室。秘書の片村雪子様は三〇二号室」

 五藤と片村と呼ばれた二人。五藤は短気なのは十分理解してるがふくよかで身形もちゃんとしてる。自分の白い髭を片手で撫でながら部屋の鍵を受け取る。一方、片村と呼ばれた女秘書は黒いストッキングに濃い紫色のスーツ姿で鍵を受け取る。長い黒髪をポニーテールに結っている。

「五藤ってあの大手企業の取締役か、ヒヒ、金が余ってんなら俺みたいな生活保護世帯にも寄付してくれよ、ヒヒ」

「何だ貴様は、儂は低俗な人間とは関わらん主義でな。特に人様に簡単にたかる様な輩にくれてやる金なんぞ無い!」

「次に岩井寛治様」

「ヒヒ、俺だ。何号室だ?」

「二〇一号室で御座います」

 次に岩井寛治、身形もシワシワのワイシャツで髪はボサボサの肩までのロングを額で分けている。何かこの人もよく居るタイプの人物って感じだな。俺は一度黒い甚平のズボンへと片手を突っ込み、欠伸する。これ全員ご丁寧に点呼して配る気か? 苦手なんだよな、退屈なのって。

「次に川北美保様、二〇二号室で御座います」

「はい」

 至ってシンプル。甲板で見掛けた凛とした女性だ。身長も高く、涼しい顔してやがる、この空調の効いて無い旅館で。縮毛矯正でもしてるのかってぐらい真っすぐな髪に綺麗だっと言う第一印象を覚える。

「次に二条誠様、二〇三号室で御座います」

「あいよ。それよかよ、此処は撮影禁止とかあんのか?」

「御座いませんよ」

「そうかい、サンキューな」

 カメラマンか? 後生大事そうに一眼レフカメラを片手に俺達の後方を歩いていた男性が鍵を受け取る。雑に髭を生やして整えてないのが分かる。鍵を受け取ると二条は白いシャツの懐から煙草を取り出し口に咥える。その様子に一同視線を二条へと向ける。

「ん? おいおい、まさか防犯だの言わねぇだろうな。こんなボロい旅館で。煙草とはガキの頃からの付き合いだ、譲れねぇわ」

「おい!元木とか言ったな亭主。こんな何時火災を起こしかねん輩を泊めると言うのか!」

 相変わらずでかい怒鳴り声で五藤が二条を指差しした。まあ同感だな、五藤の言い分も二条の煙草愛にも。って事は此処までで五名点呼みたいなもんが終わってる、後は白いパンツ履いてる彼女の番か。

「次に斑鳩真実様」

「あ、はいっ……私は何号室でしょうか?」

「二〇四号室で御座います」

「有難う御座います」

 割と丁寧。鍵を受け取ると顔を下げて二歩下がる、結っていない腰までのブロンド髪はお淑やかと印象付けるのに時間を要さない。身長も低く、ゆったりとした半袖パーカに黒いスカート姿。まあそりゃそうか、川北にしろ片村にしろ、歳が違い過ぎると思う。男達の視線が見るからに斑鳩の足へと下がっている。

「ちょっと外で煙草吸ってくるわ」

「は? ちょ、だぁちゃん!次鍵来るんだよ!」

「ご丁寧に待ってるこっちの身にも成れって事だよ、後よろしくな伯」

「了解っす」


 午前十一時三十分。俺は旅館の入口から外に出て、両腕を広げて空を見やる。煙草を咥えて強い風の中、ターボライターで火を点ける。波の音が聞こえない、結構登って来たらしい、俺の口元から煙が吐かれる。前髪も伸びたな、風に揺れそう考えていた。

「独りで寂しくないのですか?」

「え?」

 俺の後ろに斑鳩が立っていた。風にサラサラと流れる長い髪に俺は咥え煙草のまま振り返る。

「一緒に居た方二人。お友達ですよね?」

「まあ。斑鳩、さんだっけ。」

「真実で良いですよ。多分、私が一番歳低いので」

「初対面で流石に名前呼び捨てはなあ。俺は高三だけど、斑鳩は?」

「え、煙草……」

「ああ、気にすんな。こんな所まで説教に来る警察も居ねぇし、てか警察はそんな暇じゃねーよ」

「あ、私の学年ですよね。私は高二に成りました」

 俺は煙草の灰をポケット灰皿へ叩いて落とす。

「しかし、誰なんだろうな俺達に色々と手配してくれた八月のロジックって奴は」

 膝を曲げて屈伸する様に腰を下ろすと、俺は顔を横に向けて辺りの様子を伺う。森、っぽいのが旅館を囲んでいるのが把握出来た。

「訊いた話じゃ、二条っておっさんも八月のロジックって奴からチケットが送られて来たらしいし」

「私もそうですよ。皆の足長おじさん、みたいな人なんでしょうかね」

 俺は煙草を吸いながら、一度項を掻いて続ける。

「いやそりゃねえよ。もし低取得者にチケット配ってボランティアしたいなら五藤には配らない。年も皆其々だし、八月のロジックとはまるで接点が無いんだ、何か矛盾すると思わねえか?」

 其れだけ言って灰皿に煙草を落とし、閉じる。俺の背後に気配がする、俺は立ち上がりつつ振り返り斑鳩の姿を確認する。すると斑鳩はパーカのポケットから赤いリボンを一つ取り出し、片方を結った。

「なるほど……流石、長澤従一郎の息子ね」

「はい?」

 残った手をポケットへ仕舞、其処から更にリボンを取り出し、もう片方も結う。何で斑鳩が俺の親父の名前を知ってんだ。

「あら、褒めてるのよ。洞察力と……警戒心かしら? 良い舞台ね、八月のロジックが選んだにしては」

 何だこいつ……。さっきの斑鳩とは目付きと態度が違う。其れに喋っている事が理解出来ない。

「何で俺の親父の名前を知ってんだ……」

「ふふ、貴方のお父様、長澤従一郎には三年前ロンドンでお世話に成ったのよ。其れより駄目よ、貴方、今日は命日じゃない」

 三年前、親父が追った最後の事件、それはロンドンで起きていた連続殺人鬼を捕獲する為だと訊いた事がある。命日まで知ってんのか、ますます何者だこいつ。

「私の名前は『マリア』よ」

 まったく持って何を言い出してんのか分からない。マリア? こいつは真実って名前じゃ……。

「真実は居るわ、私の中にね。マリアは医師が勝手に付けた名だけど聖女って意味を持つのなら気に入ってるの」

「医師? 中に居る? お前まさか……」

 強い風が吹いた。信じ難いがこいつはーー

「二重人格者がそんなに珍しい?」

 こいつは会った事も無い俺を長澤従一郎の息子と言った。そして親父の命日も知っているし、三年前のロンドンの事件も知っているのか。そもそも二重人格? こんな形で出会って無ければ是非友達になっておきたい奴だ。


 一巻 完 二巻へ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る