第10話街の角にはスリがいる
オレは助言に従って踵を返して屋敷に足を向けていた。
今回はアリフールの助言に従ったが、さすがに前領主の息子であるオレに危害は加えてはこないだろう。別にビビったから引き返したわけじゃないから。これ以上リスクをとる必要はないって判断しただけだから。
「そうだ。来た道を帰るいうのは味気ないな。こっちから戻るぞ」
オレはそう言ってここまできたルートを変更して曲がり角を逆に曲がる。屋敷の方向さえ見失わなければ、そのうち表通りに戻ることになるのだから問題ない。
そう高を括ってなんの警戒もせずに曲がり角を反対方向に曲が「っと。ごめんよ」ろうとしたところで、オレはふいに現れた少年と接触しそうになった。けれど、ぶつかる寸前で少年は躰をくるりとまわして回避してみせた。
その少年はぼろぼろの衣服に同じように古びた帽子を目深く被っていて表情をうかがうことはできない。
少年は華麗に躱してみせた勢いそのままに「急いでいるんだ。ごめんよぉ」と去ろうとしたが、アリフールは見逃さなかった。
その両腕は、小鳥が空にふわっと飛び立つようなやさしさで少年の両脇を支えて持ち上げていた。あまりの早業に、少年は自分の体がどうなっているのか理解できずに呆然としている。
「手荒な真似をしてすなない。けれど、見過ごすわけにはいかない立場なんだ。ボーセイヌ様。お金のつまった袋はなくなっていませんか」
その言葉にポケットをあわてて確認すれば、たしかに袋がない。盗まれていた。
「くっ、はなせ、はなせよぉおっ」
少年は少し高い声を上げながら手を振りまわして必死に逃げ出そうとした。しかし、アリフールのまったく意に介さない様子にあきらめたのか服のポケットから袋を投げ落とした。
「ほらよ。これだろう。お金は返したんだ、もういいだろう!!」と声をあげた少年に、オレは少しばかりイラっとしたので脅すように言った。
「貴様ァ、オレの物を盗んでおいて一言目がそれとはいい度胸だ。その薄汚いない恰好に恥じない行いだな。領兵につきだしてやろうか」
「な、なんだよ。おれみたいな家もなんにもなくて、それでおれみたいに小柄で非力なやつは盗みとかしないと生きていけないだぞっ。ひっしに生きようとしてなにが悪いって言うんだよ」
「……ふむ。お前にはすこしばかり同情する余地はありそうだな」
「な、なんだ。み、見逃してくれるのか」
「そうだな。今日のオレは機嫌がいい。素直に謝罪をするのであれば見逃してやるのもやぶさかせないぞ。アリフール、放してやれ」
「よろしいのですか。すぐに逃げ出すかとおもいますけど」
「ならば、次は手荒に腕の一本でもへし折って捕まえてやれば、大人しくすなおに謝るのではないか」
とオレは微笑みを、いや、嗜虐心が見え隠れした微笑みを……。なんていうかそういった意図はないのだけどオレの表情を言葉で表すとそんな笑みにみえてしまう笑みを浮かべた。
「ヒィ」と怯える少年の姿が効果のほどをあらわしていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
少年は恐怖のあまりに必死でなんども頭を下げた。そのとき、その勢いあまって帽子がズルりっと滑り落ちることになった。栗色の癖のあるショートの髪に頭頂部にひょこっと生える三角の耳がふたつ。
こいつ、少年に扮していたようだけど、アミーアだ!
アミーアはボーセイヌとの戦闘において、必ず登場するいつもの側近になる。
たしか猫人族長の子だったかなにかであり見た目は人に限りなく近い。けれど、頭頂部にある耳とお尻から生える尻尾は目立つ特徴といえる。また己の意思で出し入れ可能な鋭い爪も油断できないものがあった。そして、身の上は、猫人族の村で暮らしていたが好奇心から村を離れていたところで奴隷商に浚われたというものだ。
その後に隙をみて逃げ出し路地裏で何とか食いつなぐものの、段々と衰弱していく。そうして満足に動けなくなったところで奴隷商に再び捕まってしまう。貴族の奴隷として売られると散々に酷い扱いをうけることになり、最後は心身状態がぼろぼろのまま引きずれるように歩くアミーアをみたボーセイヌが「薄汚い下僕を飼うのも一興か」と気まぐれに欲したことで側に仕えることになる。
そうしてボーセイヌはボーセイヌで買い取ったアーミアに治療を施したまではいいが体のいい小間使いとして使い倒すのだ。アーミアも助られた当社は恩義から必死に学んで側近として仕えたが結局はこれまで貴族の行いと大差のない姿に失望して、主人公が領主の館に向かう知ると隠し通路から招き入れ、戦闘を誘発させることになる。
戦闘ではある条件、一度に一定値以上のダメージを与える。をクリアするとアミーアに装着されていた従属の腕輪が壊れる。すると次の瞬間には「この時をまっていた。これまでの報いをうけるがいい」とこちらに目潰しの煙幕を投げつけたうえで逃走する。
「奴隷の分際で、覚えていろ!!」がオレのセリフで、これ以降は命中率が低下した状態で主人公との戦闘が続くことになる。ちなみに、アリフールも常に登場する。オレ、アミーア、アリフールの3人一組だ。
ただアリフールはどうあっても最後に倒れるまで戦闘を止めることはない。こいつが最後まで愚かな主に仕えようとしたのは騎士としての矜持だったのかもしれないな。
戦闘の話に戻るが、アリフールはどうやってもボーセイヌをかばう行動を止めない。とにかくすべての攻撃からかばうのだ。なので、さきに必ずアリフールが倒れることになる。それは主人公との最後の戦いでも同様であるが、アミーアが逃走した状態で倒したときだけ「すまない……フーシャ」と言い残して死亡する。
後々に、フーシャはアリフールの病弱なひとり娘であることがわかるイベントがある。また彼女の病状を悪化させないために使用する薬は、王宮騎士であったアリフールであっても工面しきれないほど膨大なこと。好待遇が約束された就職先としてボーセイヌの護衛なったことなどがフーシャ本人と出会うことで、明かされるのだ。
プレイヤーとして後味が悪いのはいうまでもない。
その罪滅ぼしではないが彼女の病を治すために情報を集めているうちに『エルフの涙』というアイテムの存在を知って、隠し里であるエルフの里を少し早く目指せるようになる。ちなみに別にこの流れを辿らなくても他のイベントからエルフの里には向かうことになるので、これはゲームの裏設定を見るために存在するやつでもある。
そんなゲームの流れよりも、アミーアのことだ。出会い方は違うがこうして出会ってしまったのだ。このまま逃がすよりも、ここで仲間に引き入れたほうがいいのではないかと逡巡する。
「まだ幼い子どもです。被害もありませんでしたので、どうか寛大なご判断を願います」
アリフールの言葉も理解できるが、ここは保護を優先する。
「そうだなァ。その癖の悪い腕を切り落とされるか、オレの下僕として飼われるのか、どちらかを選ばせてやろう」
「ボーセイヌ様。それはあまりにっ」
「だまれアリフール。オレの決定に口を挟むな」
すまん。アリフール。言葉は悪いが、ここでアミーアを逃がすよりも保護してしまうほうが、アミーアにとっては少しはマシな未来になるはずなんだ。
オレの言葉になにかの記憶が刺激されたのか途端にアミーアは怯えたようにガタガタと震え出して「う、うでなんて、そんな。ごめんなさいみのがしてください。ゆるしてください」と泣きだした。
「ボーセイヌ様。どうか……」
オレだってこんな姿をみせられて心が痛むけれど、ここでアミーアを見逃したとしても彼女にはさらに辛い未来が待っていることをオレは知っている。そうであるからには、許して逃がすわけにはいかないんだよ。
「選べ。その腕を切り落とされるか、オレの奴隷として飼われるのかを」
「ど、どれい……に、なります」
オレは心の痛みを無視して尊大に言った。
「よく言った。これより貴様はオレの奴隷だ。アリフール。そいつはお前が引っ張て来い。いいな」
「……はい」
そうして、オレは悲観したようにうなだれるアミーアを連れ帰ることにした。
前世の記憶が生えたRPGの悪役領主の息子は奔走する。 むくろぼーん @mukurobone
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