第9話街の片隅に変わることなくあるもの
露天商からすこし歩いたところで「よろしかったのですか」とオレの後方に控えていたアリフールが尋ねるように言葉を掛けてきた。
ん。そういえばアリフールが言葉を発したのは何気に今が初めてじゃないか。まあ、気難しいオレとむだな会話をしたくないのだろうけど。
「なんだ。オレに指図でもするつもりか」
「いえ。そんなつもりはありません」
あ、しまった。会話が終わってしまったぞ。オレの生存戦略にアリフールの存在は欠かせないというのに。
「ふん。まあいい。あの商人に悪いが、これには見た目以上の価値がある。良くみてみろ」
オレはそういって買ったばかりの小瓶を手のひら上に乗せた。
「……私にはただの傷薬に見えますが、違うのですか」
どうやらアリフールも見たことはないようだ。いや見分け方を知らないということだろうか。そうであるなら、見た目だけはどこにでもある傷薬に1金貨を出したオレの行動は不自然極まりないだろうな。
「なるほどな。お前にそうみえるならば、そうなのだろう」
「それはどういう意味でしょうか」
「さあな。お前が気にすることじゃない。そうだろう」
「確かにそうですね」とこぼしたアリフールは、疑問に蓋して流すことにしたようだ。
これがあれば、オレはもしもの時に生き残ることができる。とてもいい買い物だった。そうだな。これは、いい方法かもしれない。街に定期的に出かけて、掘り出し物をさがすってのもありかもしれないな。
この日をさかいにして、ボーセイヌは折をみては商人たちの屋台を見て回って使い道のよくわからない商品を購入しては商人にチップを落としていった。その様子に、存外に気前のいいコレクターなのか。という噂が流れて、商人の間でドラ息子の評判が少しだけ改善したことを知る由もなかった。
そのあとボーセイヌはホクホクとした面持ちのまましばらく歩みを続けてからふいに立ち止まった。アリフールも同様に立ち止まり、何事かと周囲を見渡してからボーセイヌに視線を移した。
ボーセイヌはその場でなにかを思案するように腕を組んで佇んでいるので、アリフールは邪魔にならぬように周囲を警戒しながら次の言葉を待った。
本当の街の姿を知りたいのなら路地裏をみろ、か。
なにかがあったというわけではなく、このありふれたようでどこか聞いたことがある言葉が頭に浮かだのだ。
「すこし路地のほうも見てみるか」
オレが表通りは外れていく脇道に歩を進めた。いくつかの路地を抜けて奥へ奥へと向かう途中でアリフールが制止を促す言葉を口にした。
「ボーセイヌ様。このさきは危険があるやもしれません。おやめになりませんか」
アリフールはオレの護衛だ。言いたいことは理解できる。しかし、だ。街の状況が悪くなる前に街全体の様子は把握しておきたいので、ここは前進あるのみだ。
「腑抜けたことを。お前はそのための護衛であろうが。付いてこい」
アリフールの実直なところはありがたいが、いまは未来のために見ておきたいのだ。許してくれ。
奥にひとつ、ふたつと路地をぬけると目に見えて人気はなくなり、やせ細った躰で壁によりかかり動かないや者たちが目につくようになっていく。さらにそれを過ぎると今度はこぎれいになっていくのに、なぜかいやに危険な匂いを感じさせる風景に変わっていく。
その時だ。
「これ以上はおやめください」とアリフールは制止の声と同時にオレの前に立ちふさがった。
「なんのまねだ」とオレが問うとアリフールは視線と手振りを用いて左にある建物の窓を示唆した。
「その窓の所に監視がいます。それにまだ姿は見えませんが後ろの建物の影にも複数の気配があります。これ以上立ち入れば無用は揉め事が起こるのは明白です。引き返しましょう」
アリフールがはっきりと明言するということは実際にそうなる可能性が高いのだろう。
「……そこまで言うなら、従ってやる。帰るぞ」
オレはそう言ってしぶしぶ感を醸し出しながらも、気配って感じ取れるものなんだ。と言葉にはださずに、アリフールの優秀さに目を見張るのであった。
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