第8話街の様子

 街を歩くと活気のある商店の並びもあり、思っていたよりまだまだ庶民の生活は成り立っているようにみえる。安直な父とは違って叔父は税を重くしつつも領民がどうにか暮らしていける限界を見極める賢さ、ここでは悪質さというべきだろうか。


「表では領主の顔で税をむしとり、裏では悪党を用いて抗議の目を摘み取っている、か」


 世情に聡いものは早々に店をたたみ他領へと移っていった。

 いまはまだ、領主の息のかかったろくでもない悪徳な商人と商人でありながらも郷土愛ゆえに逃げ出さず踏ん張る善良な商人らとが入り乱れながら拮抗している段階だ。彼らはここでの暮らしが苦しくなっていることを理解していても去ることなく商売を続けていた。

「頭が下がるな」

 彼らのような商人にはいつか報いたいところだ。とはいえ、時折に街を歩いてどこかのだれかに絡み、蔑み、ときに、奪い取ってきた領主の息子がオレだ。当然歓迎されるはずもない。現状は顔を向ければそらされる。とてもではないけれど良好な関係とは言い難い。いや、はっきり言って最悪だろう。


 それは、仕方がない。


 気分が良い環境ではないけれど、この世界の現実を知るために実際に体感する必要があった。とはいっても、どこもかしこも嫌悪感しか漂わないのには、もはや笑うしかない。


 そんな感じで視察をしていて立ち並ぶ露店の一つに目がとまった。なにということはない。特別感のある店でもまったくない。強いて言うなら、曇天の隙間を縫うように差し込んだ一条の陽光が露店に並べられた小瓶の一つに乱反射した眩しさくらいだ。


「少し寄ってみるか」

 何かの縁かと店に寄った。並べられた商品を眺めていく。どれも代り映えのしない品揃えのなかに、ひとつだけ違う、いや、なにか違和を覚えたものがあったというのが正確かもしれない。

「店主。すこし間これを手に取るぞ」

「は、はい。どうぞご、ご自由に」

 そうして端から二つ目にあった小瓶を摘みあげると内容物の緑の液体が揺ぐ。その一瞬のこと。鮮やかな彩光に目がとまった。

「……店主。これは何だ」

「えっ。た、ただのき、傷薬……でございすが?」

「ただの傷薬だとっ」

「ひえっ……ほ、本当です。に、偽物じゃありませんよ」

 これは『エルフの涙』じゃないのか……いやまて、落ち着けオレ。陽にかざしてゆっくり回すように振れば影に虹色が……。

「あ、あの。どうかいたしま、したか」 

 オレの行動に疑問符を浮かべる店主をよそに、オレは彩り豊かに透ける影をみて確信を得えることになった。ならば次に聞くべことはひとつだ。

「これをどこで見繕った」

「こ、こちらでございますか。こ、これはぎょ、行商の最中に旅の者が行き倒れていたので水と食料を譲ったときのものです。お金の代わりに、と傷によく効く薬だと手渡されたものなのですが……ま、まさかき、傷薬ではないのですか」

 話を聞く限りどうやら商人は小瓶に詰められた液体の色からただの傷薬だと認識していたようだ。たしきに、これは傷によく効く薬だろう。けれど、よく効くなって話じゃない。ゲーム的な表現をすれば激レアな回復アイテムになる。ストーリー後半にあるエルフの里にしか存在しない貴重なアイテムの一つだ。


 そして小瓶から透ける虹色の輝きは、これが間違いなく『エルフの涙』であることを語っている。


 この一般に出回ることがない貴重な回復アイテムであるエルフの涙は、傷薬と見紛う見た目であるためこうして陽にかざさなければ判別することができないものになる。

 オレが見極め方を覚えているのはいたって単純な話だ。ゲームでは、これをすばやく見分けるイベントをクリアしなくてはならないため、最終的に大体のプレイヤーは一目見て違いがわかるようになるのだ。おれもクリアのために覚えた。

 そして効果は傷薬の中では最上位に入る。病から怪我までどんな症状でも治す万能回復薬とまではいかないが、病にはかなりの効用、身体に負った怪我を全快させることに関しては最上位アイテムになる。


「病は飲むことで、外傷には塗ることで効果を発揮するのだから傷薬は便利なものだな」とのオレの独り言に店主は何を当たり前なことを? と疑問符をうかべたもののそうですね。と応じた。

 

 そう、実に面白ことにこの世界の傷薬は病気にも効くのだ。これは革新的な話である反面、HP1くらいの瀕死状態から傷薬を使ってもすぐに全快して動けるようになる、なんてことはないところは注意が必要だ。さらに細かい話をすると切断された腕が生えるなんてことはない。しかしながら、切断された直後の腕と元の傷口を繋いで上級な傷薬を掛ければ傷口を覆うようにブクブクと泡立ちながら傷口を塞いでつなげることは可能という話がある。

 ただし、動かせるようになるかは完全に運次第で成功例はないに等しくほぼ動かせるようにならない、が定説だ。なので神経系はどもうにも運だが、ほかは繋がる仕組みということになる。なので、最悪切断面が繋がったとしても、腕は飾りになってしまう可能性の高さから、諦めるのが現実的な判断になるのが悲しいところ。


 もちろん試したことはない。危険すぎてとてもないが容易にやれる実験ではないからな。ゲームより傷薬がかなり高価な品物になっているのは病気に効くという汎用はんよう性の高さからだろう。外傷だけなら、ここまで高価にならなかったのではないかと推測している。


「これをもらおう」


「銀貨5枚になります」


 一般的は領民の日当がだいたい銀貨1枚から2銀貨くらいだ。騎士職で銀貨3枚であるので銀貨1枚がなかなかに高価であることが分かるだろう。そのため軽い病ならともかくとして、重めの症状で4,5日と掛かりそうなら傷薬を使って治りを速めたほうが良いと判断する。そういう値段である。

 この世界の薬は総じて高い。そのうえで言うが『エルフの涙』なら金貨300枚はする。時期を見極めて、オークションに出品すれば、2倍、いや3倍だってあるだろう。

 エルフの里なら入手可能といえど、この隠れ里にまともにたどり着けるのは古の英雄たちしかいないといわれている。つまり、この世界で発見されたエルフの涙は、旅人が奇跡的に迷い込んだすえに持ち帰ってきた超がつく希少品だ。その希少価値は効能の高さに相まって破格の値で取引されるわけだ。

 ちなみに、硬貨の単位は銅貨10枚で1銀貨。銀貨100枚で1金貨。金貨1,000枚で白金貨である。つまり何が言いたのかというと安い。あまりに安すぎるということになる。

 しかしながら、モノは知っている者にこそ価値がある精神で、ここは黙って購入する。

「5銀貨か。なら、それとこれ。あとそれをもよこせ」

 オレは何食わぬ顔で購入していく罪悪感から必要じゃないものをいくつか見繕っただけだったのが、その瞬間から店主の表情がみるみるひきつっていくのが見てとれた。オレの頭には疑問符浮かぶ。

「なんだ」

「えっ。あ、あのぅ」と店主はびくびくしたまま「ちょ、ちょうどぎ、……銀貨10枚になりやす」と下がっていく言葉尻に流石にオレも気付いた。

  

 これまでボーセイヌが行った所業からして、よこせと発したら強請ゆすってるのと捉えられてもおかしくなかったわ、と。 

 そこでオレは誤解を解くついでにふと思い浮かんだことを店主に頼むことにした。

「そう怯えるな。今日のオレは気分がいい」

 そうしてオレは上着のポケットある硬貨の袋から金貨をとりだした。

「この1金貨をやろう。残りは貴様がとっておけ」と1金貨を手渡すと店主の視線がオレと金貨の間をさまよう。

「そのかわりに貴様にやってもらいたいことがある。なに、簡単なことだ」

「は、はあ」と金貨の重みに意識をとらている店主に頼みごとをいくつかする。

「ほ、ほんとうにそ、それだけでよろしいのでしたら、お受けします」と店主は深く頭を下げた。

 

 ありがとう見知らぬ露天商の男よ。

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