十六話 ミルレームとアズバーグ結婚する(後)
結婚式が終わるとパレードだった。王都の街路を無蓋馬車で巡ってお愛想を振り撒くのである。
本来、第四王子であるアズバーグの結婚式ではこのパレードはやらない予定だった。慣例では王太子殿下のご結婚の時だけらしいからね。パレードを行うのは。
ところが、これが第二王子であるフレイトン様の結婚式の時、お妃であるセフィリア妃が是非に! と希望したためにこれが行われたらしい。どうもセフィリア様は王太子妃であるエーデルド様に強い対抗心を持っているようなのだ。
で、第三王子であるマルメート様がご結婚なさる時にもルメリア妃がこのパレードの開催に強く拘ったらしい。この三人のお妃はなにかというと張り合って大変なのだ。
それで、私とアズバーグの結婚式でも「どうせだから」とパレードの開催が決まったのである。いや、私は全然やりたくないのだけど、アズバーグも国王陛下も王妃様も当然やるよね? という感じだったので止められなかったのだ。
馬車に乗る前、私はお急ぎで着替えさせられた。二着目のウェディングドレスだ。これはパレードで見栄えが良いようにレースは控えめに白いテンの毛皮や鳥の羽で飾り立てられており、太陽を反射するように宝石も沢山付けられている。生地も光を受けて波打つような布であり、とにかく目立つ。
頭には王族である事を示す豪華なティアラまで被っている。そう。結婚式を終えた私はもう正式に王族になっているのだ。
馬車は六頭引きで全部白馬。馬車は白主体でキンキラキン。その前後をこれもキラキラに着飾った近衛騎士が百五十騎も整列し、先頭は軍楽隊。左右にいる兵士が沿道の人々に花を渡し、それを王都の住人たちが「おめでとう!」「王国万歳!」「お幸せに!」「ミルレーム妃万歳!」なんて言いながら投げてくれるのだ。
既に何日も前からお祭り騒ぎなのだもの。沿道の観衆の盛り上がりは最高潮。酒も入ってるしお祝いとしてお金まで配られているからみんなご機嫌である。歓声は全てお祝い一色。笑顔と喜びとで満ち満ちていた。
……なんというか、こんなに祝福されて良いのかしら? と思ったわよね。私、ひょんな事から結婚する事になっただけの、平民出の錬金術師なんだけどね。
と思いながらも一応はお上品に手を振るのがお仕事だ。アズバーグの方は満面の笑みで沿道の人々に手を振っていた。特に盛り場付近の人々には念入りに笑顔を振りまいていたわね。見知った顔もいたのだろう。私は見ている余裕がなかったから分からなかった。
アズバーグの言う「これが君の日常になる」という意味が少しずつ分かり始めていたわね。私はもう王族で、平民の人たちにとっては雲の上の人で、以前みたいに盛り場を歩いていても、今のお妃様仕様の私を知られたからには、前みたいに気安く接してはくれなくなるだろう。
アズバーグは盛り場で、尊敬されて感謝されているのに、どうしても一歩離れた接し方をされていた、盛り場に行き始めて間もない私の方が気楽に話しかけられていたのだ。今度行っても同じではないだろう。
それは寂しい事なのかもしれない。正式にお妃様になってしまったのだから、錬金術師達や助手達、王城の侍従や侍女の態度も変わってくるかもしれない。
なんだろうね、私は私で変わらないのにね。と思ってそれが、アズバーグの悩みの元だったのだと気付く。自分を包み込む身分や地位による虚栄を、アズバーグは煩わしく思っていたのだろう。
でも今の彼は違う。私がけしかけたせいという事になっているけど、アズバーグは人々の上に立ち、彼らを導き、王国を築き、人々を幸せにしようと決意することで、身分や地位のしがらみから脱したのだ。むしろ自分が王族であることを誇り、責任感を持ち、身分も地位も利用して積極的に行動しようとしている。
……それで良いのだろう。どうせ逃れられないしがらみなら、利用した方が良いに決まっている。私だって元より王族予算を使って自分の研究を進めるためにアズバーグと結婚したのではなかったか。
私は馬車の上で手を振りながら、半ばヤケクソな思いでだが、自分が本当の王族になる覚悟を固めたのだった。
◇◇◇
パレードの車列は人々の歓呼の中を進んで王城に入っていった。国王宮殿ではなく主宮殿の方へ。
主宮殿は公的な宮殿で、政治や社交や儀式で使われる。王国の威信を示すために馬鹿馬鹿しいまでに豪華に豪壮に華麗に威圧感たっぷりな洋式で建てられており、規模も国王宮殿の十倍はある。
披露宴自体は明日の朝からなのだが、今日は式の続きで儀式的な晩餐会が行われるのだ。お酒は出ず、質素な(貴族基準でね)食事をしながら新郎新婦をお祝いするという席で、大女神様の像が飾られ、少し暗くした(質素な食事と合わせてこれは大昔の祖先の生活を偲ぶためだそうだ)部屋で行われる。
私はここでまたしても着替えさせられ、三着目のウェディングドレスを着る。前の二着に比べればシンプルなドレスで、ヒラヒラは少ない。その代わりに全体にびっしり金糸で刺繍が施され、宝石が散りばめられている。そこに私が少し細工をしたわけである。
会場が暗いというのは最初に聞いていたので、金線と魔力結晶を光らせれば面白いかな? というくらいの軽い気持ちだった。
私とアズバーグは拍手の中入場し、古式ゆかしい蝋燭を持って丸テーブルの間を歩きながら、テーブルに置いてあるキャンドルに火を移して歩くのである。
「おめでとうございます」「お美しいお妃様を娶られましたな」「王家も安泰だ」
などとテーブルに座る来賓の方々が声を掛けて下さる中を、私とアズバーグはゆっくりと巡って歩いた。
さて、そろそろ仕掛けを起動させても良いかな? そう思い始めた頃だった。ちなみに、仕掛けを起動するにはドレスの金線の部分を触って「ほんの少し」魔力を流せばいい。それで金線が光り、魔力結晶が輝く筈だった。
ところが私が金線部分に指で触れた瞬間である。突然私は足を引っ掛けられた。
暗いので良く分からなかったのだけど、多分近くにいた貴婦人のどなたかが私の足元に自分の足を出したんだと思うのよね。単純な嫌がらせだ。
私は驚いてアズバーグの腕に強く掴まって転倒を避け。アズバーグもすぐに私を支えてくれた、んだけど。
その拍子に私はうっかり仕掛けに魔力を流してしまったのだ。総定量の十倍くらい。
ドレスにした仕掛けは単純なもので、魔力を制限する装置とか逃がす装置は付いていなかった。私がうまく加減するつもりだったからね。
ところが驚いたものだから加減を間違えてしまったのだ。その結果、私の仕掛けは想定外の効果を発揮した。
いきなり魔力結晶が閃光を放って炸裂した。ドレスには二十個くらい仕込んでおいたものだから、星々が間近に降ってきたような状態になった。
同時に、金線が虹色の輝きを放ち、軽く縫い付けたドレスから外れて宙に踊り上がった。金線と魔力結晶はまるで私を囲み、護るように、私とアズバーグを螺旋状に取り囲んだ。
「な、何をしでかした、レーム!」
流石にアズバーグが慌てたように叫ぶが、私だってあまりに想定外の事に驚いて何も出来ない。仕掛けから手を離して魔力を抜く事も思い浮かばなかった。
光は踊り、私とアズバーグを七色に染め上げ、ついでに間近に立っていた大女神像を浮かび上がらせた。後で王妃様が仰った事には「見たことがないほど幻想的な」光景だったのだそうだ。
最も、魔力結晶はすぐに魔力と反応しきって消滅したし、金線も魔力に耐えきれずに切れてしまった。私とアズバーグを取り囲んでいた光は消えて、会場は薄暗い状態に戻ったのだった。
……皆様ドン引きしてたけどね。突然の出来事に皆様呆然としていらっしゃった。えーっと、どうしよう。どう始末を付けたものか。私が混乱していると、頼りになる旦那様がコホンと咳払いをして言った。
「うむ。やはりミルレームには大女神様の守護がある。今の光はミルレームと私を女神様が護って下さる証だ。皆の者、大女神様に祈りを」
どういう脈絡がある理屈なのか、と呆れてしまうのだけど、私は以前にも大女神様の像を壁に投影して、女神様を呼び出せるのでは、なんて噂になっていたこともあり、どうも来賓の皆様もアズバーグの言葉を与太話だと思わなかったようだ。
方々から祈りの言葉と畏怖を含んだざわめきが聞こえた。特に外国の皆様の驚愕は深かったようだ。この後、テーブルに行く度に「今のは何だったのか! 本当に貴女には女神様のご加護があるのか!」としつこく聞かれたもの。まさか錬金術の失敗で想定外の光が出ちゃっただけです、とは言えないから曖昧に笑っているしかなかったけどね。
この結果「ミルレーム妃はどうやら強力な巫女の力を持つらしい」「大女神様のお力を使える錬金術師」だとかいうとんでもない噂が諸外国にも広まってしまい、この事は後々、少なからぬ問題を引き起こす事になるのである。
◇◇◇
ということで、トラブルは起こりつつも私とアズバーグの結婚式はなんとか終了した。まだ披露宴とお祭りが延々と続くんだけどね。
私とアズバーグはお屋敷に、帰らなかった。
実は私とアズバーグは王城の中に新居である離宮を用意してあり、そこに住むことになっていたのだ。昔に建てられた離宮の一つを改装してもらったのである。
そもそもアズバーグは王子なのに「自分は伯爵だ」と言い張って王城から出て貴族外の外れに屋敷を構えていたのだ。なので結婚して他のご兄弟と同じように離宮を構えるのは自然であると言える。
ただ、これまで自分が王族である事を厭い、自分は一介の伯爵であると主張していたアズバーグが離宮を構えた事は、王族や貴族達の間に驚きを持って迎えられたらしい。
つまりアズバーグは離宮に入る事で「自分は王族である」と主張した事になる。これは「自分は王族としての仕事をする」と宣言した事になり「王族の権利」を主張した事になり、やや飛躍した見方をすれば「自分には王位継承権がある」と主張した事になる。
このため、王族の一部からは歓迎するとともに警戒の声も上がったらしい。もちろん、アズバーグは第四王子であり上には三人の優れた王子がいる。アズバーグには王位継承の目はほどんどないけど、可能性は残る。アズバーグを有力貴族が一致して推すような事があれば何が起こるか分からない。
そういう理由で王国の貴族界はざわめいた訳である。もちろん、アズバーグの狙いは王国の王位などではなく、自分の手で新たな王国を築く事だ。しかし周到なアズバーグはそんな事を公言したりはしなかった。
「父上と兄上をお助けするために王族に戻る」
と言ったアズバーグを、国王陛下も王妃様も兄君たちも大歓迎して下さったのだった。お妃様たちは警戒していたみたいだけどね。
それは兎も角、新居である。もちろん、私が離宮に来るのは初めてではない。改装の前の段階から下見に来て、どのように改装するのかをアズバーグと相談した。
私としては立派な研究室と実験室を造ってくれる事を承知してもらった段階で満足し、全てをアズバーグに任せた。お屋敷の装飾なんて私には分からないからね。
私とアズバーグは主宮殿から程近い離宮まで馬車で「帰って」きた。私は正直、既に疲労困憊を絵に描いたような状況であり、フラフラだった。アズバーグの手に引っ掛かるようにして、引きずられるようにして離宮の中に入る。
離宮の大きさ自体は貴族基準では大して大きくはないものの、やはり前のお屋敷よりは装飾も調度品も豪華だった。それと、侍従(王城の中にいるので召使ではない)や侍女が増えた。
元々アズバーグの家臣達は盛り場上がりの平民者が多くて、それを王城に入れるのは無理があったのだ。それでアズバーグはセイルイやモルメイなど一部を除いて、侍従や侍女を貴族出身者に入れ替えたのである。
元の家臣はというと、アズバーグの真の目的である新王国創設のために既にとある土地に行かせていたそうだ。そこでアズバーグの仕事の下準備をしていたのである。この時の私はまだ知らなかったけど。
見慣れない侍従や侍女が増えたのはちょっと不安だったけど、私のお世話をしてくれるのはセイルイとモルメイなのであんまり関係はない。私は二人によってドレスを脱がされてお風呂に入れられ、寝巻きを着せられ、半分寝ながらベッドに近付いた。
しかしベッドを見て固まった。立派な天蓋で覆われたベッドが明らかに一人用ではなかったからである。
だって白いシーツに覆われたそれは、一見縦だか横だか分からないような形をしていたからね。いや、クッションがある方が頭なのだろうけど、そういう問題ではなく。
「……どういうこと?」
私はセイルイを睨む。セイルイは素知らぬ顔をしながら言った。
「何がでございましょう?」
「まさか、ここに寝ろと? アズバーグと一緒に?」
セイルイはにっこりと笑って頷いた。
「当然でございましょう」
「私とアズバーグはその……、白い結婚だって言ったでしょう! セイルイも知っている筈じゃない!」
すると、私の後ろから男性の声が響いた。
「まぁ、落ち着け。レーム」
見上げると妙にご機嫌な顔をしたアズバーグの姿があった。しかし私は抗議する。
「約束が違うじゃない! 契約違反よ!」
あの契約書はなんだったのか。
「落ち着け。仕方がないのだ。いいか。私と君は結婚式を挙げた。となれば、今日は結婚初夜だ。そうだな?」
私は不承不承頷く。確かにそれは間違いない。
「それなのに私と君が違うベッドで寝てみろ。離宮の侍従や侍女の口から王国中に『お二人は初夜なのにベッドを別にされた』と噂が広まる事になる」
……確かに、それはマズイ。
結婚した男女が結婚初夜からベッドを別にする。それは普通に見れば二人が不仲である事を表すだろう。私とアズバーグが不仲であると喧伝する事になってしまう。
王子とお妃が不仲だなんて事に、しかも新婚ほやほやなのに不仲であるなんて事になったら大問題だ。きっと私は国王陛下や王妃様に呼び出されて事情を根掘り葉掘り聞かれる事になるだろう。
「それを防ぐには同じベッドで寝るしかない。安心せよ。君の同意なく手を出すような真似はせぬ」
少しも信用ならない事をアズバーグがニヤケ面で言う。ただ、アズバーグは一応は紳士で、これまで私を無理に手篭めにするような事はしなかった。その意味では信じても良いと思う。
ただ、私とアズバーグは既に神に誓った夫婦で、子供を作らなければならない立場だ。既に国王陛下からも王妃様からも「早く孫の顔が見たい」という期待をひしひしと寄せられている。
そしてアズバーグの方にはとっくにその気があり、私が少しでも油断すれば私に手を出す気満々である。そんなの態度を見れば聞かなくても分かるわよ。
そんな状態の夫と同衾しろと? 口を開けた狼の口を枕に寝るようなものだ。
そう思った私はアズバーグを睨んだのだが、彼はなんというか、拍子抜けするほど優しい顔をしていた。彼は私の顔に手を伸ばし、軽く頬を撫でるとこんな事を言った。
「安心せよ。私が欲しいのは君の身体だけではない。全てだ。身体だけ手に入れても心が手に入らねば意味がない」
……胸が詰まるほどまっすぐな告白だった。アズバーグは元遊び人で、他の女性には歯が浮くようなセリフを言っているのを聞いたことがあるのだけども、私に対してだけは真摯な、真面目な告白しかしたことがない。
それだけにはぐらかせないで困るのだけど。私は頬が赤くなるのを誤魔化すように、アズバーグの胸を叩いた。
「し、仕方がないわね! い、一緒のベッドに寝るのは仕方がないから承知します! でも契約は守ってもらいますからね!」
アズバーグは笑って頷いた。余裕の表情だったわね。癪に障る事に。
ベッドに上がってアズバーグとなるべく離れて横になる。アズバーグは笑いながら私の上に肌がけを被せてくれる。さりげなく私の肩やお尻を撫でたのは彼的にはスキンシップの範疇なのだろう。
「おやすみ。ミルレーム」
寝られるか! こんな状況で! と思ったのは最初だけで、結婚式の披露で押し潰されていた私は、見守るアズバーグの気配を感じながらも、あっという間に睡魔に囚われ、眠りに落ちてしまったのだった。
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