ネタバレ ~初めての夜が明けたら15年前の朝でした。~【分割版】
春待ち木陰
第1話
「ももって好きなヤツいんの?」
休み時間。何気ない会話を装って日高君がももに尋ねた。
「居るよ」とももは即答する。
「綾香ちゃん」
そして私の名前を口にした。
「ありがとー」と私は笑ってももを抱き寄せる。
「私もももが好きだよー」
「きゃー。綾香ちゃーん」とももは喜んでいた。
「いや、そーゆー好きじゃなくて」と日高君は苦笑いしていた。
「そーゆー好きだもん。あたしは綾香ちゃんが好き」
ももが言った。
「はいはい」
日高君とももの間に座っていた関さんが「中二にもなって友達同士で好きとか」と不愉快そうに呟いた。
私は知っている。関さんは日高君の事が好きで、日高君がももの事を好きなのだと誤解していた。だから関さんはももが嫌いだった。ももに罪は無い逆恨みだ。
「綾香の事は置いておいて。好きな男はいねえの?」
私は知っている。日高君はももが好きで、ももに探りを入れているように見えはするがその実は日高君の親友の小野寺君がももの事を好きで小野寺君の為にそんな事を聞いているのだ。私達とはクラスが違っていて、ももと直に接する機会が少ない小野寺君の為に日高君は普段からちょいちょいとももの個人情報を探っていた。
「昨日のテレビ、見たか? そうそう。ももは醤油派か? 塩派か?」
「駅前にカラオケ屋が出来たの知ってっか? もう誰かと行ったか?」
等々。
更に言えば小野寺君はそんな事を日高君に頼んではおらず、日高君は良かれと思って独断でお節介を焼いているのだ。
ただ小野寺君も小野寺君でそのお節介を「止めろ」とは言わなかった。小野寺君は日高君からもたらされるももの情報を享受していた。
私は知っている。
「中学生になっても高校生になっても大学生になってもオトナになっても、あたしはずっと綾香ちゃんが好きだもん」
ももの「好き」はいわゆる「LIKE」だ。「LOVE」じゃない。
「男の子だったら日高君の事も好きだよ」
「だから! そういう事を言わない!」
無邪気に伝えたももを関さんが怒鳴りつけた。
「ももは『男の子として』日高を好きなわけじゃないでしょ!」
「落ち着いて。落ち着いて。関さん。大丈夫だから」と私は口を挟んだ。
「何が大丈夫なのよ!」
「何が」か。私は知っている。関さんと日高君はこの中学校を卒業後、同じ高校に進学するも「仲の良い友達」のまま高校も卒業してしまう。大学生時代の四年間は疎遠になってしまうがその後、偶然に再会して付き合う事となって結婚をする。子宝にも恵まれる。三十路手前のクラス会では二人ともとても幸せそうにしていた。
でも。言えない。私は何も口には出来ない。
それは関さんや日高君の為でもあった。
私が今、下手な事を言えば未来は変わってしまうかもしれない。
強固な意思や必然を変える事は簡単ではないだろうが関さんと日高君は「偶然」に再会するのだ。日々の重なりが偶然を生むのならその日々に手を加えてはいけない。
「まあまあ。とにかく落ち着いて。日高君も分かってるでしょ? さっきのももの『好き』がどういう意味か」
「とーぜん」と日高君はまた苦笑いを浮かべていた。
「ミイラ取りがミイラになってどーするよ」
ちょっと意味が違う気もするが日高君の言いたい事は伝わった。小野寺君の件を知っている私には。ももや関さんには意味が分からなかったかもしれない。
「ミイラ? 何の話?」とももは小首を傾げる。
「何言ってるのよ」と関さんの機嫌は少しだけ回復していた。
怒ってばかりに見える関さんだが本当は凄く可愛い女の子なのだ。
私は知っている。
今から十五年後までの未来を。
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