第8話
ももは多分、私がももの事を庇って歩道の車道側をひそかに選択し続けていると勘違いしたのだ。そう「勘違い」だ。ただの偶然だ。横断歩道でごちゃついてももの右側に来てしまった事も、もっと言えばその前にももの左側を歩いていた事も。私が意識してそうしていたわけではなかった。
けれども。ももの「勘違い」を言葉にして訂正しようとすれば「私が車道側を歩いているのは偶然だから」なんてツンデレみたいな話をしなくてはいけなくなる。他のクラスメイト達もすぐ近くを歩いているのに。
また、ももは「すごいね。さすが。綾香ちゃん。やさしい。かっこいい」と言っただけで「車道側ウンヌン」に思い至ったと明言しているわけじゃない。もしかしたらそこまで考えが及んでいないかもしれない可能性もなくはない。その場合にわざわざ私の方から「車道側ウンヌン」と語り始めたりしてしまったら大恥をかく事になる。
私はももに嘘を付きたくなかった。ももを騙したくはなかったがそれでも、ももの「勘違い」をこの場で訂正する事は難しかった。
多分、きっと、恐らくは間違いなくももは「勘違い」をしていると思われるが今はどうしようもない。
非常にきまりが悪いが仕方がなかった。
ももは他人の優しさに敏感だった。
それはもも自身が優しいからとも思えるし、もっと単純に優しさを欲しているからとも思えた。ももは優しい人が好きだった。
十二月。冬休みが始まる直前の事、ももは小野寺君に告白をされた。
もうすぐクリスマス。
「綾香ちゃん。あのね。あたし、小野寺君に告白されたんだ」
「十五年前」の道筋をなぞれば、ももと小野寺君は恋人同士になる。
その交際は中学校を卒業して高校生になっても続き、大学生になっても途切れず、二人は夫婦にまで至る。
だがその途中で一度だけ小野寺君は不貞を働いてしまう。
小野寺君は根っから優しくて本当に良い男の子だった。
他意無く優しくされた一人の女性が自然と小野寺君の事を好きになり、その熱烈な想いにほだされてしまった小野寺君は一度だけその女性と肉体関係を持った。
それはまだももと小野寺君が結ばれる前の出来事だった。
小野寺君の初めての女性はももではなかった。
根っから優しくて本当に良い男の子の小野寺君はその事をももに白状してしまう。
ももとの初めての夜での事だった。
ももは何となく気が付いていたそうだ。それでも知らないふりをしていた。
知りたいとは思っていなかった。
なのに。
小野寺君はももに問い詰められたわけでもないのに自白した。
洗いざらい全てを打ち明けた。
小野寺君はももを愛していたから。
懺悔した。罪を告白して赦しを請うた。
ももは赦すしかなかった。
知らないふりをする事ですでに赦していたようなものだったが、小野寺君の懺悔によってそれが明確となった。
小野寺君は赦しを得て、ももは事実を受け入れた。
ももの胸の内、ずっと有耶無耶にしていた何かが定かな質量を持った。
確かに存在する思い。だがその名前が分からない。
この頃からももは小野寺君の優しさをただの優しさとしてだけ感じる事は出来なくなってしまっていっていた。
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