第9話(終)
結婚後、両家が集まって会食していた席でももはぽつりと小野寺君の過去の不貞の事実を漏らしてしまった。
怒られた。
小野寺君にではない。自分の家族に。小野寺君の家族に。
そんな話は他人に聞かせるものじゃないとか一度くらいはとか昔の話だとかむしろ男の甲斐性だとか謝ったんだから赦してやれとか一度赦したものを蒸し返すなとか。
悪い事をしたのは小野寺君の方だったはずなのに。現実で責められているのはももだった。まるでももの方が悪いみたいだった。
「その程度の事で」と誰かは言うだろう。だがももにとっては「その程度」の事ではなかった。
その後、
「誰も優しい人が居ない」
ゆっくりとだったが確実に精神を病んでいったももは「最期」に全てを吐露してくれた。それは遺言のようなもので相談や愚痴ではなかった。
「死にたい」
と呟いたももを私は強く抱き締めた。きつく抱き締め続けた。
ももが私を「好き」だと言ってくれたのはそれから半年も経ってからだった。
精神的に参っていたももを無理矢理に抱いたわけじゃない。
私は準強制猥褻をはたらくつもりはなかった。
私とももは苦難を乗り越えながら互いに想い合って結ばれた。
あの夜、私とももは確かに幸せを感じたはずだ。真実の愛を確かめ合ったはずだ。
あの夜を再び迎える為には、ももにまた「死にたい」と呟かせなければならない。
ももは精神的に参った事から私の思いを受け入れてくれた。
でなければ生粋の異性愛者であるももが同性の私を「好き」だなんて思わない。
「付き合ってほしいって言われた。クリスマスの日に二人で出かけようって。ねえ。どうしよう。どうしたらいいかな? 小野寺君の事、綾香ちゃんはどう思う?」
私がまたももと結ばれる為には――。
「――止めておきなよ」
私は言った。口が勝手に動いていた。
「え……?」とももが目を見張る。
嗚呼。これで「十五年前」の道筋からは大きく外れる。
私とももが結ばれる未来は消滅した。
でも。
「なんで?」とももが言った。
「ももに幸せになってほしいから」と私は答える。
「小野寺君じゃダメなの?」
「無理だね」
「そうなんだ……」
ももは「じゃあ」と私を強く見た。
「綾香ちゃんなら?」
「え……?」
「綾香ちゃんがあたしを幸せにしてくれる?」
「……え?」
「それともあんな未来はもうこりごり?」
「もも……?」
「小野寺君との事を反対してくれたから。わかっちゃった。綾香ちゃんはあたし達の未来を覚えてる。そうでしょう?」
「それって……ももも?」
「あたしが何をしても綾香ちゃんはゼンゼン、昔の綾香ちゃんのままで。また一緒になるには前と同じように小野寺君と過ごさなくちゃいけないんだと思ってたけど」
ももも私と同じ事を考えていたのか。ももはあの夜を覚えていた。
私の目から涙が溢れる。
「……嬉し泣き?」とももが小首を傾げる。
違う。
「哀しい」
私は答えた。
「何が? どうして?」
「ももには幸せになってほしかったのに。ももは覚えてるんでしょ?」
「死にたい」と呟くに至ったその思いを。
「うん。でも。ちゃんとあたしは幸せだよ。綾香ちゃんが居てくれるなら」
ももは笑った。
ネタバレ ~初めての夜が明けたら15年前の朝でした。~【分割版】 春待ち木陰 @harumachikokage
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