輝ける未来に向かって
乙島 倫
1.閉鎖環境試験
終に我々A班の発表が始まった。プレゼン時間は二十分。審査員の心に刺さるプレゼンができなければ、ここで不合格が確定する。
一週間の準備期間を経て準備した新線鉄道計画のアイデアは、わずか6時間前の事前レビューで却下となったばかりであった。それから、わずかな時間で、ゼロから発表内容を作り上げ、そして、何とか間に合わせることができた。
「我々の考案する鉄道は、カーボン技術をベースとした3Dプリンターを搭載しており、列車は軌道を敷設しながら進行し、目的地に到達することが可能です。当然、カーボンは火星大気中の二酸化炭素を原料とするため、建設資材の搭載は不要です」
ベートーヴェンのプレゼンは順調だ。前回の発表は、山手線に接続するすべての私鉄を山手線に相互乗り入れし、山手線を周回させることで、各私鉄ユーザーの利便性を改善するという内容だった。山手線ロータリー化計画は、内心面白いと思ってはいたが、少々無理があったようだ。今回は未来感を前面に出している。何とか、審査員の心に刺さってほしい。
民間宇宙開発を手掛ける『未来宇宙トラベル社』の閉鎖環境に応募したのは数か月前のことだった。数年後に打ち上げを目指す宇宙船の実物大モデルを用いた閉鎖環境試験が行われる。これに合格すれば、初号機の搭乗員となる可能性も示されていた。私はエントリーシートにこのように書いた。『この手で歴史を変えてみせる』と。
閉鎖環境試験の参加者は3名。互いに本名は明かされていない。我々には、試験側からケンジ、ドヴォルザーク、ベートーヴェンという呼び名が与えられていた。どういうわけか、私だけはたまたま本名と同じであった。我々には、1週間という期間で『未来鉄道の計画立案』の課題が与えられていた。
ベートーヴェンの説明の後、私が事業的な成立性を説明し、最後に、ドヴォルザークがまとめを説明した。審査員の質疑応答では、審査員は熱心に質問し、我々も丁寧に慎重に回答した。今のところ大きな失敗はない。ここで、最後に、全く最後までしゃべらなかった審査員長が口を開いた。
「君たちのレールはカーボン製って言ったね。これ、『鉄』じゃないから鉄道でないよね。それじゃあ、まるで『炭』道ではないのかね?君たちは課題をよく読んでいたのかな?」
質問は悪意があるようにも思えた。大した質問ではないようだ。しかし、私以外の二人の表情は硬く、質問に答えようとすらしなかった。まるでこの先に未来がわかっているかのようであった。
試験終了後、メディカルチェックで我々はひっかかり、そのまま、病院直行となってしまった。病院では一人ずつ個室へと案内された。ひょっとして、閉鎖環境試験の続きなのだろうか?各部屋には看護ロボットが配置されていた。
我々の手元にはスマホが渡されており、スマホ上で対話することができた。ベートーヴェンとドヴォルザークは、まだ、プレゼンの事を議論していた。あの審査員長を攻略するには、どうしたらよいのか?細かい文言をクリアしないと前に進めない?そんな話が延々と続いていた。
二人のメッセージのやり取りでは、『またやり直せばいいじゃないか』とか、『次はきっとうまくいくさ』とか、そんなやり取りが続いていた。おかしな話だ。その気力があるのなら、なんでさっきの質疑応答で黙り込んでしまったのか?そのそも、次のプレゼンなどあるものか。
ベートーヴェンがいうところによると、二酸化炭素除去装置のフィルタが逆向きだったかもという話をした。なぜ、そんなことが今更わかったところで何になるのか?だんだん暗い気持ちになった。
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