9.サラエボを走る日本人

 車の前列には運転手とポティオレク総督が、後部座席にはオーストリア帝国皇位後継者フランツ・フェルディナント公と妻ゾフィー氏が乗っていた。運転手がポティオレク総督に話しかけた。

「怪しい東洋人が前を走っています」

「ん?オスマンの間者か?」

 怪しい東洋人とはケンジの事である。ケンジは、いつのまにか、フランツ公の車を追い越していた。

「いえ、オスマンではないと思います。きっと、中国人じゃないかと」

 フランツ公は、会話に割って入って答えた。

「日本人だよ。日本人はみたことある」

「日本人ですか。だとして、なんで、サラエボに日本人が」

 総督が尋ねると、フランツ公はゾフィーの方に向かって答えた。

「きっと、あの日本人は、ストックホルムオリンピックのマラソンの選手なんじゃないのかな」

「あの、途中で行方不明になった日本人選手?2年も走って、こんなところにたどり着いたのかしら?」

 フランツ公とゾフィーは、総督と運転手の懸念を無視して、談笑していた。総督は、運転手に指示した。

「ルートを変えよう。そこを左折しようか」

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