5.癒し系海洋生物の謎
列車の後部のボックスシートでは、筆記用具で筆記作業している人物がいた。横を通りかかったケンジは思わず、書類をのぞき込んでしまった。
男性はケンジの様子に気づき、ケンジの方を振り返った。
「あ、すいません。つい、のぞき込んでしまいました」
男性は特に機嫌を悪くすることもなく、にこやかに答えた。
「おや、あなたもバンドウイルカに興味があります?」
その人物は、AIの研究者で、イルカの進化と知能をもとに人工知能の新たなモデルを開発しようと試みているという話であった。研究者の話が始まる。どうやら、この研究者は自分の興味のあるところとなると話が長くなるようであった。
「イルカって、元の祖先が陸上で暮らしていて、それが、海で暮らすようになったんですけど、知能が発達しているのが不思議です。餌を求めて海洋に進出したとしても、知能を発達させるきっかけが、はっきりとはわかってないんです。イルカの知性の進化がわかれば、新たな人工知能のモデルにも活かせると思っています。イルカって、セラピーとかに出てくるじゃないですか。イルカをモデルに人工知能を開発すれば、人間の癒しにも活用できる人工知能になるんじゃないかと思ってるんです。ちょうど、時間があったので、自分の考えを論文形式でまとめていたところなんです」
イルカの研究者の横には、ちょうど、ベータに似たような付添人が着座していた。この付添人はアルファと呼ばれていた。ただ、ベータよりもだいぶ、体格が大きい。
「実は私は、音声認識の研究もやっていまして、イルカの音声が何をしゃべっているのかも、解析できるところまでいきました。ちなみに、私個人は、イルカの言葉もしゃべれます。ちょうどこんな感じに」
研究者は、高音でのどを鳴らしたが、あまりも音程が高すぎて、せき込んでしまった。
「ゴホッ。ゴホッ。失礼しました。今ので、『遠くに餌があるぞ』っ意味です」
しばらくすると、次の駅に到着した。駅の外は砂浜であった。
研究者、ケンジ、アルファ、ベータは、列車を降り、波打ち際を歩いた。
「あなたは、どちらの駅まで?へー、現代?私と一緒ですね。私も現代に戻るところなんです。おや、あそこにいるのは、パキケトゥスじゃないですか?実物を見るのは初めてです」
パキケトゥスは、イルカの祖先で、陸上生物である。研究者がパキケトゥスを遠巻きに観察している傍らで、アルファの体格はさらに大きくなったように見えた。
「ケンジさん、今のやりとり聞きましたか?この子、イルカ語が通じましたよ。『お前は誰だ』ですって」
「すごいですね。本当にイルカと会話できるんですね」
ケンジが研究者に目をやると、指と指の間に水かきが現れているように見えた。
「どうしたんですか?その手は?足も」
「え、なんですか?手がどうしました?あ、パキ君、ちょっとまて。私も一緒に行くから。ゴホッ。ゴホッ」
研究者はポケットの中からハンカチを取り出し、口に当てた。ハンカチと口元が鮮血に染まっていた。
「大丈夫ですか?あまり無理しないでください」
付添人アルファが声をかけた。アルファが研究者の背中をさすると、その研究者は生気を吸い取られたかのように上半身を曲げ、さらにせき込んだ。
「ゴホッ。たぶん・・・大丈夫だと思う」
少し大きめの波が研究者とアルファを包み、波が引くと、二人の姿は消え去っていた。そこには、1匹のパキケトゥスだけが残されていた。
「あ、あれ?いなくなったぞ」
ケンジは辺りを見渡したが、研究者もベータも姿が見えなくなっていた。付添人ベータが声をかけた。
「ケンジさん。行きましょう。もう列車が出発しますので」
「あの人たちを助けないと」
「いえ、あの人たちは消えてませんよ。『そこ』にいますよ。次の列車もありますので大丈夫ですよ」
列車は再び出発し、しばらく水面のレールの上を走行した。車窓から海が見える。夕日の下で何かが動いた。イルカの群れだ。
「ケンジさん。わたし、なんだか、イルカになったみたいです」
どこからか声が聞こえたような気がした。
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