六
心地よい虚脱感に浸っていると、聞き覚えのある足音が近づいてきた。
あいつが言った。しぶといやつだな。
声を聞いた瞬間、気を失うほどの快楽が全身を貫いた。先ほどの射精などとは比べものにならない、細胞のひとつひとつが悲鳴をあげるような、痛みにも似た強烈な愉悦だった。
震える手で、あいつの胸元めがけて女の生首を放り投げた。見覚えはあるか?
知らん。思い当たる節は山ほどあるがな。そう言うと、あいつは女の生首を壁に投げつけた。果実の潰れるような鈍い音が薄暗い隧道に響きわたる。おまえは、おれがおまえを捨てたと思っているのか?
おれは首を振った。さっきまではそう思っていたよ。でも今は違う。逃げたんだな。おれから。
ああ。おまえにはついていけない。おまえは異常だよ。
そうかもしれないな。おれは尋ねた。おまえは、おれがおまえを殺しにきたと思っているのか?
ああ。ずっとそう思っていたし、今もそう思っているよ。そのとおりだろう?
おれは頷いた。
いつまでおれを追いまわす? どうしておまえはおれを放っておいてくれないんだ?
放っておけるはずがないだろう? おまえがおれに殺されたがっているんだからな。
あいつが声を荒らげて言った。思いあがるなよ。この異常者め。その口調には怯えの色が浮かんでいる。
そうでないのなら、どうしておまえは生きているんだ?
決まっているだろう。死ぬのが嫌だからだよ。
嘘を吐くのはよせ。おまえが自死を選ばなかったのは、おれに殺されるのを待っていたからだ。そうだろう?
相変わらず、おまえはおれのことを少しもわかっていないんだな。
わかるさ。おれたちは双生児だからな。おれとおまえはふたりでひとつなんだよ。
もういい。もうたくさんだ。そう叫ぶと、あいつは懐に手を入れた。おれは自分の肩をあいつの鳩尾に思いきり打ちつけた。あいつの懐から短刀がすべり落ちる。その短刀は以前おれが贈ったものだった。間違いない。あいつは今もおれを愛している。おれに殺されたがっている。
残念だったな。おまえを殺していいのはおれだけだ。たとえおまえ自身であろうと、おれ以外のやつにおまえを傷つけさせるものか。
そう言いながら、おれは少し前に完成させたばかりの人骨製の短刀をあいつの肛門に突き入れた。整った顔が苦悶に歪む――おれと瓜二つの、あいつの顔が。
肛門に挿入した短刀を捩じると、あいつの口から悲鳴があがった。それはどんな音楽も足元に及ばない、至上の調べだった。
恍惚としながら短刀を肛門から引き抜く。刀身には血と糞便と直腸の組織が絡みついている。おれはかすかに湯気を立てているその短刀を自分の肛門に挿入した。鋭い痛みと、それをはるかに上まわる快感が全身を貫く。肛門の中で短刀を捩じるたびに、おれは絶頂に達していた。
短刀の刀身には毒が塗ってあった。沼地に棲む蛇から抽出した遅効性の毒だ。
死は免れないが、時間はたっぷりある。苦しみを分かち合いながら、おれはあいつが死にゆく様を特等席で眺めるつもりだ。
暗く湿った隧道の奥深くで、おれたちは人知れず朽ちていくだろう。了
愚者の火 古野愁人 @schulz3666
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