第3話 首無シ女、顛末

私が初めて母に反抗したのは女学校を

卒業する直前の事だった。



卒業して大学や短大へと進学して行く

者、何処かの会社に就職する者。私は

どの道も選ぶ事は叶わない。

いずれ私は母の跡を継ぐのだろう。

この家に生まれた 宿命 は諦念として

理解していた。



母は、以前にも増して精力的にこの町の

再開発に没頭して行った。

 それは事業の一環であるのと同時に、

あの 昏い影の様な者 を封じ込める

苦肉の策。咒による永久機関の構想は

ずっと以前からあったのだろう。一族が

途絶えた後もあれを封じて置ける為に。



あれは決して良いものではない。

ましてや制御する事など、到底、叶う

筈もないのだ。


古い時代に大陸より『稀人』として

この土地に辿り着いた先祖は、あれを

己れの 存在事由 にしたのでは

ないのだろうか。咒 を以てあれを

制すると。



全てが、詭弁に思えた。




母は連日忙しく、私が言いつけ通りに

学校から戻って来ても、大体何処かに

出掛けている事が殆どだった。


そんな時だった。

 あの人 に出会ったのは。


その人は、営業でよく屋敷を訪れる

銀行の人だった。飛び込みで訪れては

執事に素気無く追い返されているのを

私はいつも気の毒に思っていた。


 アポイントメントを取って来たら

良いものを。


そう思いながらも、母の留守に彼が

訪うのを私は密かに歓迎した。

 まだ年若い彼は、それでも私よりも

ずっと大人のひとで、世の中の時事や

経済の流れなど、とても優しく丁寧に

教えてくれたから。


いつしか私は、彼の訪いを心待ちに

する様になっていった。



だが、そんな密やかな希望も、軈て

潰える事になる。あの母が娘の心の

変化に気付かぬ筈がなかった。

 母は烈火の如く憤り、どういう力が

働いたのか、彼は何処か遠い別の土地へ

異動になって

       私は又、独りになった。



悲しかったが仕方のない事。いずれ

必ず別離は訪れる。この忌わしい家に

生まれた私にとって、それは宿命であり

他人の彼にまで負わせるものではないと

承知していた事だから。

           けれども



暫くして、私は彼の子供を身籠もった

事を知った。



      母は烈火の如く憤った。



「…何という事を!恥を知りなさい!」

母は、まるで悍しいモノでも見る様な

目で私を見た。

 自分の理解の範疇に 娘 がいなく

なってしまった事に感情が追いつかず、

狼狽と憤り、そして焦燥が母を駆り

立てて行ったのだろう。


「…すぐに、処置をして貰います!

いいですね!」「……ッ。」

乱暴に掴まれた腕を、私は振り切った。

「嫌です!もう、お母様の言いなりには

なりません!この子は私の子、お母様の

子供ではありません!」「雪江…ッ!」

母は私の頬を打ち据えた。


「この…人殺し…。」


決して口にして良い言葉ではなかった。

ましてや実の 母 に対して。けれども

私はあまりの絶望感に、まともに物事を

考える余裕もなかった。







「…然て。」薄暗闇の陌間から声が。



閉じ籠った自室の隅に、あの昏い影の

様なモノが茫んやりと揺れていた。


「お前の孕んだ子は要らぬ。」昏い

影はそう言った。「…どういう意味?」

既に私にはあれの正体がわかっていた。


只、そこに 存在 する

         良くないモノ。


「いずれ、当主にはなれぬという事だ。

だが、このままでは生まれて来る事も

叶わないだろう。早晩、医者が呼ばれ

闇から闇だ。」「……!」

 こんな家は潰いえて終えば良いと

思っていた。それでもこの子だけは

どうしても護りたかった。

「嘗て、富と加護とを与える代償として

お前達から申し出た事。当主は必ず首を

納める、と。そして当主は女でなければ

ならぬのだ。」昏い影はそう言うと

含み笑った。


申し出た、とはどういう事なのか?



「お前が大切にしていた赫い手鞠。

あれは、お前の祖母にあたる八重と

いう名の女の 首 だ。」「……!」


俄には信じられない事ではあったが

今の私にはもうどうでも良かった。

それを知ってか、昏い影は又も静かに

含み笑う。 


「巴の奴め。赫い 咒 を幾重にも

巻いて、曾孫のお前の 護 としたの

だろうが…あれは元々、こちらに

納められたもの。当主であると定めた

以上、必ず首は納めて貰う。その代わり

望みは何なりと叶えてやる。遠い昔に

取り決められた 約束 なのだから。」



私が子供の頃に失くしてしまった大切な


          赫い手鞠。




 その昏い影の様な者は、私の知らない

一族の 闇 を語った。


そこには絶望と、一縷の希望が。





私は、その 昏い影のようなもの に。


もしもこの子の命を助けてくれるなら。

呪われた一族の外へと逃してくれるの

ならば。




私は古くから脈々と続く、呪われた

一族『護摩御堂家』最後の当主として





いずれ必ず、この 首 を納めると。







終焉

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