第22話 デビッドの顛末

 ヘルガート教会堂の一室。ドラッチオ司教と現子爵の叔父デビッドは互いに険しい顔をして豪奢なソファに座っていた。


「デビッド。どういうことだ? ミハエルを亡き者にする筈ではなかったのか? その為に我々にも協力をもとめておいて、この結果はなんだ?」


 ドラッチオの怒気をはらんだ低い声にミハエルは怯む。 


「途中まで上手くいっていた……。魔物寄せの秘薬をミハエルに持たせると、想定通りゴブリンキングは奴を襲った。ミハエルは右腕を失い、命を落とすところまであと少しだった……」

「しかし実際はどうだ? 街の広場に晒されたのはミハエルの躯ではなく、頭を半分に割られたゴブリンキングだったではないか? おまけにミハエルの腕は元通り。子爵家はセンニン水やセンニン団子という怪しいものを公認して売り出す始末」

「あれは、ツボタという落ち人がミハエルをそそのかして……」


 デビッドの額には脂汗が噴き出ていた。


「今までデビッドがアスター教と子爵家の間に入り、甘い汁を吸っているのを黙って見逃していたのは何故だと思う? それは、お前がミハエルをコントロール出来ていたからだ。今のお前には全く価値がない」

「……」


 奥歯を噛み締める音が部屋に響いた。


「アスター教として、今の子爵家を認めることは出来ない。この状態が続けば、中央から聖騎士を派遣してもらうことになるだろう。異端審問にかけられれば、子爵家は潰れることになる」

「そ、それは……!?」

「デビッドよ。子爵家を継ぎたいのであれば、さっさとミハエルを亡き者にしろ。二度目の失敗はないぞ?」

「……わかった」


 力なく呟くと、デビッドは立ち上がり部屋を後にした。



#



 夕暮れの中、デビッドはフラフラとヘルガートの街を歩いていた。兄グスタフの死で、やっと自分に回って来た好機。それを掴みかけていた筈なのに、今や窮地に立たされている。足取りは重い。


 腕組みをして眉間に皺を寄せながら唸る。ただ当てもなく、足を踏み出す。


 そして辿り着いたのは、ヘルガートの中央にある広場だった。討伐隊の功を示す為、ゴブリンキングの死体が台にのせて晒されている。


 もう何日も経つはずなのにその黒い死体から腐臭はしない。


 それを見下ろしながら「こいつが……」とデビッドが忌々し気に呟く。


「ミハエルを殺していれば? ってか?」


 男の声がした。デビッドは慌てて振り返る。


「お前は……ツボタ」

「おぉ。俺の名前を知っていたか。それは光栄だな」


 デビッドは剣吞な眼差しをツボタにぶつける。


「何の用だ!?」

「ゴブリンキングの死体に自作の防腐剤を撒きにきたんだ。ミハエルに頼まれてな」

「……お前は錬金術を扱えるのか?」

「あぁ。偉大な師匠の元で修行中だ。ところでデビッド。この上級ポーションのことなんだが……」


 ツボタは腰のポーチから小袋を取り出す。


「何故……。お前がそれを……」

「ちょっと疑問があってな。色々と分析させてもらった。すると面白い事実が幾つもわかった」


 デビッドが身構える。


「まずこの小袋。強力な魔物寄せが染み込んでいた。ゴブリンキングがミハエルを執拗に狙ったのはこの為だろう。それとこの上級ポーション……」


 ツボタは小袋の中から小瓶を出し、夕陽にかざす。


「確かに上級ポーションだった。が、遅効性の毒も混ざっていた。もし、ミハエルがこれを服用していたら後日、命を落としていただろう」

「出鱈目を言うな!! それはアスター教の司教から授かったものだぞ!!」

「おいおい。アスター教まで巻き込んで大丈夫なのか? 消されても知らないぞ?」

「うるさい!!」


 デビッドが腰の短剣を抜いた。何事かと周囲が騒然とする。


「ここで俺を殺してどうなる? この件は既にミハエル様に報告済みだ」

「うおおぉぉ……!!」


 茜色の空に、白刃がきらめく。


「憑け」とツボタが呟いた。途端、デビッドの瞳が虚ろになり、動きが止まった。


「お前に憑いたのはゴブリンキングの霊だ。かなり霊格が高いから、意識すらも奪われるだろう。狂人として扱われ、残りの人生を過ごすがいい。ってもう、言葉は理解は出来ないか」

「グギャギャギャ」


 デビッドは短剣を放り出し、ゴブリンキングの死体のそばに座った。それから誰が話しかけても「グギャ」としか言わなくなった。



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