読書感想文

天川

『宅配便。』/オレンジ11 さまの作品に寄せて

 ※表題作品のネタバレ要素を含みます

 まだお読みでない方は、是非先に表題作品をお読みになってから、こちらをご覧下さい。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093075524929156


 自主企画

【第2回 女性作家の集い】


 天川賞の選定に際して、私の心にずっと重石のようにのしかかっていた作品がありました。


 表題にもあります、『宅配便。』オレンジ11さまの作品です。


 いつものように、事前知識無しで読み始め……最後まで読了。

 溢れ出す感想を胸に……ひとまず、コメント欄をつらつらと眺めて……はた、と気づく。


 この作品は、親が主体ではなく娘が主体の作品だったのか? と。

 どうやらこの作品は、「毒親」と呼ばれるものをテーマにした作品であったらしいことに……読み終わってから気づいたのです。


 まずは、私の感想から──。


 ……どうしても、最後のシーンでの母親から送られてきた1万円を、まるで仇をなすように散財しようと心に決めた主人公の心理が……どうしてもどうしても、すんなり消化できなくて。


 ………近所の和菓子店の紙袋を梱包材に選び不格好にガムテープで止めただけ、というところなど、私自身の実体験にそのまま重ねられるほどの手触りの情景を味わいました。


 うち(天川)の母親も東京に出ていった兄によく、スーパーで買った果物を値札も剥がさずそのまま詰めて送ったりしてました。時には、お惣菜みたいなものまで……(笑)。その時に使うのは、大抵がそのへんにあった段ボール箱。作中の母のように、丈夫な紙袋もよく利用されます。


 そのたびに、送り先から遺憾の意が電話で届いたり、

 たまに中身が腐ってたりして……💦


 そのうち、見かねたあたしは───こういうのは新聞紙に包んだほうがいいんだよ、とか、向こうはこっちより絶対暑いから、食べ物はクール便じゃないとダメだよ、とか。お金は剥き身じゃなく、紙に包んで封筒に入れたほうがいいとか……。送り物をする度に、ひとつずつお作法を教えて、そして……電話はかならずあたしが先に出て、荷物の状態の確認は全部あたしが済ませて、無事世間話に移行してから母に電話を替わる、とか……。

 田舎者で無知な母親を、都会に行った人間の感覚に擦り合わせるのは、それは大変です。いくらやっても、思うように合わせることは出来なかったりします。

 でも、うちでは田舎でしか取れない野菜がいくつかあり、そう言ったものは彼ら移民系東京人にも喜ばれる、数少ない品物です。

 たまに、「あれが良かったよ、ありがとう」等と云う言葉が聞けたりしたら……さあ大変💦

 贈り物の頻度が三倍にも増えたりします。

 そしてまた……もう送ってくんな! と怒られたり──。



 都会に出ていった、息子夫婦に……幾らかでも心尽くしをしたい。


 東京人になった私の兄には、そんな母の心尽くしも、余計なお世話だったのかもしれません。


 それでも……季節のものが出始めると、それを選んで箱に詰めて、そして、送って………。

 でも、せっかく送ってもありがとうと言って貰えることは本当に少なくて。


 そのうち、母は私に言いました。


「……何送ったら喜んで貰えるんだろうねぇ」


 母には、送らないという選択肢は無いのです。


 一番は、送らないことだと思います。それができないと、この母はいよいよ毒親というものになってしまうのでしょう。

 ……でも、毒親のようになってしまったのは、私のような毒家族がいたからでもあるのです。


 兄弟の中で、唯一結婚して子供もいるのが、東京に出ていった次男。彼のその子供は、実は知的なハンデを持っており簡単には会うことができません。あたしも長男も独り者で、ろくに友人付き合いもない有り様……。母は、善意と愛情を向ける対象さえ持てなかったのです


 そんな罪を持ったあたしが──


 田舎で、数少ない日雇いの仕事を見つけて、慎ましく暮らして……やっと工面した一万円札を包んでいる母の姿を見ると───。物による気持ちではなく、実用的に誰も困らない現金という選択に辿り着いた気持ちを思うと────。


 私には、どうしても母を責める気持ちには、なれないのです。

 きっと、東京に出ていった兄には、そんな母の姿は映っていないのでしょう。


 ひるがえって───。


 作中の、この母娘は……お金と労力と感情を注ぎ込む部分が明らかに違うのだろうと。

 センスのない田舎者は、どうせ破いて棄てる梱包材にわざわざ手間もお金も掛ける必要はない、と考え──

 都会に暮らすスタイリッシュな人は、受け取ってからまず選定された包装材のセンス、配色、持った時の手頃な大きさ感、そして開封するまでのドキドキ感の方にこそ、価値を求めるのかもしれない。



 ──────────────────



 「毒親」という言葉は必然的に主体が「娘」にあります(息子かもしれませんが)。

 つまり、娘が被害者、親が加害者と……まぁ、乱暴に言えばそういうことでもありますね。


 しかし、テーマが毒親のはずなのに──私が感じた読後感は親の不条理さよりも、親というものの哀しさ、伝わらなさ……そして親の、少し遅れた現代感覚と古いままの愛情表現に、言いようのない切なさと……親っていつまでたっても親だよね、と思ってしまう日本の、人間としての普遍的な母親像を思い出させられて……。心は完全に母親側に傾いてしまったのです。


 意外なことに、毒親がテーマありながら作中の、主人公の心情以外の描写はどこまでも中立的で客観的で、母親の人柄、実家の雰囲気までもが明確に手触りを伴うほどに潤沢で鮮明で、なんなら読者に対して主人公の立場が不利になるような振る舞いをさせられているようにさえ感じました。主人公の心情とその周囲だけは、どこまでも主観的で視野狭窄を思わせたのです。

 そのため、読後のコメント欄を見て……やらかした! 読み方失敗した……💦 と、私自身は感じてしまったのでした。


 作品として毒親を表現するのであれば、もっと親の迷惑な感じ、許しがたい感情、鬱陶しい会話などを散りばめてあっても良いような気がします。

 しかし、この作品にはそれらがあまり含まれておらず、その上……友人の贈ってきたプレゼントをわざわざ引き合いに出して、「これが正しい贈り物というものよ!」と罵倒してさえいるような比較の仕方に、まだ若く人生経験の浅い主人公の思慮の浅さ……翻ってみれば、都会に暮らすという事の余裕の無さ、重圧……そう言ったものが感じられるようでした。

 そして、年上で包容力のある(と主人公が感じている)彼氏の印象も、私から見ればそれに準じた、どこか軽薄なものになってしまったのです。この男も、同じ感性の持ち主なのか、あるいは彼女との関係性を優先して、ことなかれ主義に甘んじているのか……。いずれにしてもあまりいい将来を想像することは出来ませんでした。


 見ようによっては、私のような毒にも薬にもならない「毒娘」を、潜在的テーマとして描いているようにさえ感じてしまったのです。


 私の読み手としての拙さも手伝って、なぜか知りもしないはずの作者様自身の実体験を色濃く感じさせ、勢い余って、作者様が作中のこういう娘なのではないかという邪推までしてしまいそうになりました。


 仮に、毒親というテーマで主人公と作者が渾然一体となって母親の毒親感を表現しようとした……その上で、テーマに反してこの母親の豊かな描写が無意識に出来ているというのであれば───。この作者様の筆致の確かさと技術が、それら感情を超えた領域にある、ということになるのではないか……、と恐怖を感じたり。もしかしたら、秘められたテーマとして、そんな親への贖罪が籠っていたのかと思ったり……。


 ですか、のちほど作者様の近況ノート等を拝見しまして……雑誌掲載や出版までしているような作品を書いてらっしゃる方が、そんなちぐはぐな愚を犯すわけもなく……一連のこれらは完全にあたしの浅はかな考え(下衆の勘繰りですね💦)だったようです。


 小説に込めたテーマが、あるいは意図とは違った効果を出してしまったのかもしれませんが、毒親というワードをのミスリードのためと解釈すれば、これは極上の母娘劇だと思いました。


 浅はかな私は───、


 作者様の実体験を勝手に想像し、小説を通して母親へのささやかな抗議を表現したのだとしたら、作者様自身が……この主人公のような心境で今も立ち止まっていないことを、願ったりしたものです。

 が……。これは明らかに僭越でした、本当に申し訳ありません。


 そして主人公の母親を、センスのない田舎者、と表現した私に対して、幾らかでも許せない感情を抱いていただけるならば、こんなに嬉しいことはありません。



 作品をお読みになった他の方の、コメントを拝見しまして……。

 私の読み方が、どうもおかしいのではないか……と、気づくきっかけになりました事は、とても幸運でもあったと思っております。


 紙媒体の小説では、なかなかこのようなダイレクトな感想や意見交換は出来ないものですから、画期的とも言えることでしょう。


 純文学にあこがれを抱きつつ、エンタメ色の強い、わかりやすいものに終止してしまうあたしの作品たちですが、幸いなことに少しずつですが読んでくださる方が増えてきています。


 こちらの作者様の作品のような、圧倒的筆致の作品に出会うと……。自分の拙さが浮き彫りになって少々辛かったりもしますが……。

 一方で、技術よりもリズムと勢い、そして物語の面白さを求めている読者もいるのかもしれないと思ったりもして……。

 こんな私の駄作にも、もしかしたら役割があるのかもしれない。ドラマは美男美女だけで創られるものじゃない、私の作品は三枚目俳優なんだ、と言い聞かせて個性派の道を極めようと思っています。

 いろんな作者様に、励まされて執筆を続けることが出来ています。


 この度は、オレンジ11様の作品に寄せた感想ということで、拙文を掲載させていただきました。

 重ね重ね、素晴らしい作品をありがとうございました✨️




追記:


 作者様御本人から、お言葉を賜りましたことを、まずはご報告と御礼申し上げます。そして、このような無礼な感想を快く承諾してくださったことに、心より感謝申し上げます。


 頂いた文中で、私のことを優しい娘と表現してくださっておりますが、上記の通り親にとって私は「毒娘」そのものなのです。

 母親にとっては、手元にいなくてもちゃんと結婚して子供もいる兄のほうが自慢できる子供であり、あたしは恥ずかしい子供であることは充分に自覚しております。

 いつもあたしの目の前で準備される、母の次男への送り物は、そんなあたしに対しての当てつけを含んでいるという側面もあることは、やはり心に留め置いておかなければならないでしょう。おまえより、こっち(次男)のほうが真っ当なんだよ、という無言の抗議は、やはり日々感じますので。というか、直接言われます(笑)

 それは、仕方のないことで当然だと思っております。家族というのは一面では語れない……そのとおりです。だからこそ、そんな答えのない関係を描いた物語がたくさん生まれてくるのだろうと思います。

 せめて、周りに迷惑をかけないように……。選んだ生き方が独り身で生きていく、そういうこともあるのだと……それがこの世の中なのだと。

 そして、そういう私にマウントを取ることで気分良く生きていける人がいるのだということも、また現実なのかなと思っております。

 むふふ、……なんだかこう書くと、さっきまで良い母親に見えてた人がちょっと毒親っぽく見えてきますね────✨️

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読書感想文 天川 @amakawa808

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