第3話


「卒業式で、私たち歌いますよ」


「え!」


 先輩はすぐさま食いついてきた。


「え、そ、それって合唱!?」

「それ以外考えられますか?」

「……ラップバトル、とか」

「卒業式ですよ」


 ボケた先輩にツッコみつつ、私は続けた。


「ちゃんと、合唱ですよ。卒業生入場のときと、式中と、退場のとき。あと校歌ももちろん歌うので四曲です」

「ほんと?」

「はい、まあでも、一年生は出ないので、歌うのは私たち二年だけですが」

「……ほんとなんだね」


 星野先輩は何故か泣きそうな顔をしていた。


「四年ぶりだね、そんな大人数で合唱するの」


 ――そうだ。


 コロナの影響か、私たち合唱部の部員数は最盛期と比べて半分にも満たない、コンクールに出られるのもギリギリの人数だし。


 ようやく復活した合唱コンクールも、やるのはクラス合唱だけで、学年合唱は先送りにされたし。


 行事ごとの校歌斉唱も、コロナになってからは省略されてきた。


「……古賀ちゃん」


 星野先輩は泣きそうなまま、満面の笑顔を咲かせる。


「わたし、また静かな卒業式なのかと思ってた。ちゃんと歌ってもらえるんだね。卒業生も在校生も一緒に歌えるんだね!」

  

 ああ。


 私はその言葉を聞いて、思った。この人は本当に合唱が好きなんだって。


 だからこそ――苦しかったに違いない。先輩の言う「青春」を、高校時代をコロナと共に過ごさなきゃいけなかったことが。


「卒業生まで、あと二週間でしたっけ」

「うん、それくらい」

「私たち、頑張りますよ」


 先輩たちを送り出す卒業式で、最高の歌声を届けられるように。


 私がそう言うと。


「なにそれ! かっこいい!」


 先輩が目を輝かせる。


「さすが合唱部副部長。期待してるよ」

「何言ってるんですか、先輩もですよ」

 

 私はすぐさま返す。


「卒業生の中で一番大きな歌声を出してくださいね。先代部長?」

「うわぁ、難題」


 星野先輩はペロッと舌を出して変な顔をする。そんな先輩を見て、私は思わず笑う。先輩もつられて笑い出す。


 二人だけの部室に、明るい声が響いた。


 今なら――私の他に先輩しかいない。


「先輩、私も外していいですか、マスク」


 耳にかけたマスクの紐を外す。開けっ放しの窓から、春の風が吹いてきて、それは直接私の鼻と口に触れる。ふわっ、と久方ぶりの感触に、なんだか不思議な心地がした。


「……なんだか」


 私は思わず呟く。


「久しぶりに学校というものの匂いみたいなのを感じました」

「なにそれ」


 先輩が笑った。


「でも、ちょっと分かるかも」


 マスク無しの顔で、先輩と向き合う。


 少し恥ずかしいような、

 でも嬉しいような。


「先輩、ご卒業おめでとうございます」

「古賀ちゃん、気が早いって」


 笑顔が、また花開く。


「でも、ありがとね」




 ――コロナに、私たちはたくさんのものを奪われた。それらは今、元に戻りつつある。でも完全に前までの通りに、というよりは、新しいものとして作り出されている感じ。



 少しずつ変化しながら、少しずつもとの形に戻っていく。マスクと共に送る学校生活も、完全には終わらないかもしれない。


 だけど、それでいい。


 卒業式での合唱、という、一つの奪われたものが帰ってきた。今はそれを、精一杯やるだけ。歌い上げるだけだ。


 感謝と、祈りを込めて。


 青い春の音を、奏でるために。



(了)

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四年ぶりの歌声を。 咲翔 @sakigake-m

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