第2話


「わたし、マスク外して登校し始めて、まだ三日だけど……なんか、周りのみんながマスクをしているのを見ると、不安に感じるもん」


 その証拠にね、ほら。


 先輩がポケットから、何かを取り出す。


「予備のマスク、いつでも持っちゃってる。つけたくなったらいつでもつけられるように」


 マスクを付けたい――なんて。


 コロナ前は、私の中には無かった概念だった。きっと先輩だって、多くの人だってそうだ。


 クラスにマスクをしてきた子が居たら、「大丈夫? 風邪引いた?」って心配するし、家にマスクのストックがあってもせいぜい一箱だった。


 でもコロナが始まってからは、不織布マスクの箱はすぐに無くなるし、予備のマスクだっていつも持っている。


 コロナは私たちを変えた。本当にそう思う。


「ほーんと、コロナが全部持ってっちゃったな、わたしの青春」

「え? 青春?」

「うん、青春」


 恥ずかしげもなく、その言葉を使う星野先輩。青春――そっか、私たちはいわゆるそれの真っ只中なのか。


「せっかく第一志望の高校に入ってもさー、看板行事だった合唱コンは二年間開催見送りで? 修学旅行の行き先も沖縄から京都になって? それに部活のコンクールも縮小気味で?」


 ようやく、今年度になって、色々元の形に戻りつつある。そういった感じだ。


「ほんとにさ、中二から中三になる時の全国一斉休校の時さ――コロナまじでふざけんなって、八つ当たりしまくったんだよね」

「それは私も、でした。でも、あと先輩は」

「そう、ちょうど中三の最初の頃がそれだったからね、Nコンもその他コンクールも全部中止で、不完全燃焼の引退だったわけですよ」


 ここまで言うと、先輩はタッと窓の方へ駆け寄り、片手を伸ばして鍵を開ける。先輩が夕日に照らされて、シルエットになる。そして窓を開け放つと、急に身を乗り出して叫んだ。


「コロナのバカヤロー!」


「え」


 私は何度も瞬きをする。


「今ですか、それ」


「うん、今」

 先輩は神妙な面持ちで頷いた。

「中三の頃を思い出していたら、唐突にそう叫びたくなったの」

「職員室に聞こえているかもですよ」


 音楽室の隣にあるこの部室は、職員室と同じ階にあるのだ。


「いいよ、聞こえちゃっても。先生たちもきっと思ったよ、四年前。コロナのバカヤローって。なんで流行ったんだ、なんで学校がこんなになるんだって」


 先輩はそう言って、ムフフと笑った。その笑顔を見たら、なんだかおかしくなって、私も笑った。


 あれからもう四年か。早いな。


「そういえば」


 私今日担任の先生が言っていたことを、先輩に教えることにした。

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