桜は月光に照らされて

入江 涼子

第1話

 あたしは満月が照らす中、トコトコとアスファルトの道を歩く。


 月光に照らされる体毛は淡く発光して、白銀色に見える。前と後ろの足の肉球からは硬さや冷たさが脳に伝わった。あたしとしてはため息をつきたくなる。何故かって、元はあたしは人間だからだ。

 こんな現代社会で呪いを掛けられて白猫になると言う事が起きるとはね。全く、予想していなかったわ。

 ちなみに、あたしの今の外見は真っ白でもふもふの毛並みに淡い茶色の瞳の猫だ。まあ、人間であった時は黒髪に茶色の外見だったけど。道を歩きながら、夜空を見上げた。


 てくてくと歩いていたら、いつの間にやら自然公園に辿り着いていた。足音を忍ばせながら、中に入る。ざざぁと風に木立が揺れる音が聞こえた。ハラハラと散る薄ピンク色の花弁が視界に入る。また、首を上に向けたら、しだれ桜が満開に咲き誇っていた。それが月光に照らされる様は言葉に表せないくらいに、綺麗で。しばらく、お座りの状態で見入っていた。


『……おや、先客がいたか』


『……え?』


 後ろから、低い男性らしき声がして振り向く。そこには闇に溶け込みそうな真っ黒で艶々した毛並みに濃いサファイアみたいな綺麗な瞳の黒猫がいた。


『ふむ、こちらの桜に惹かれてやって来たようだね。俺はダン。お嬢さん、君は何て言うのか教えておくれ』


『はあ、猫になってからはシュシュと名乗っています』


『そうか、シュシュさんだね。よろしく』


『よろしくお願いします』


 奇妙な会話をしながら、あたしは目を開いた。今まで誰にも言葉が通じなかったのに。ダンと名乗る黒猫さんには通じた。普通に会話が成立したのは白猫になってから、約半月ぶりだ。あたしが猫になってから、親友の夏鈴かりんが引き取ってくれた。この半月間、彼女に食事やら色々とお世話になっている。名前を付けてくれたのも夏鈴だ。


『……シュシュさん、君には呪いが強く影響しているね』


『分かるんですか?』


『ああ、俺には分かる。そうだな、解き方を教えてあげようか?』


『……何か、条件があったりしませんよね?』


『そうだなあ、俺が要求するとしたら。しばらく、話し相手になってくれないか。そうしてくれたら、教えるよ』


 あたしは元の姿に戻れるならと頷いた。ダンさんは目をスッと細めて、こちらにやって来た。


『君に呪いをかけたのは異界の魔女だ、俺はそいつを追いかけていてね。シュシュ、すまない。俺と魔女との戦いに君を巻き込んでしまった』 


『はあ、魔女ですか』


『ああ、簡潔に言うと。魔女は名をサラサと言ってね、俺が後一歩と追い詰めた際に。悪あがきにと俺に呪いを掛けた。そして、去り際にこう告げたんだ』 


『……あんたはこれから猫になるんだ。そうさね、異世界に飛ばしてやるからさ。そこで白猫に変えられた娘を探しな』


 ダンさんはサラサにそう言われた後に、元いたフォルド王国からあたしが住む現代日本に転移させられた。サラサは呪いを解きたいなら、白猫になった娘を探せと告げる。


『……白猫に変えられた娘と一緒に月光を一晩浴びろと言われたが。まさか、君だったとはね』


『あたしも正直言うと、驚いています。けど、分かりました。一晩は月の光を浴びたらいいんですね?』


『ああ、元の姿に戻れたら。俺はフォルド王国に帰れるよ』

 

 それならとあたしはダンさんと話を続けた。夜明けになるまで、しだれ桜を眺めながら。あたしは一夜の出会いを噛み締めた。 


 お月様が西に沈み、そろそろ空が白んできた。隣にいたダンさんが体をぶるぶると震わせ始める。どうしたのかと思ったら、彼は苦しそうに言った。 


『……くっ、まさか。こんなに急に来るとはな』


『ダ、ダンさん?!』


『大丈夫だよ、たぶん。元の姿に戻れる予兆のようだ』 


 彼がそう言った途端、ダンさんの体は真っ白な光に包まれる。あたしは眩しくて瞼を閉じた。


 しばらくして、光は収まった。ゆっくりと瞼を開けると、そこには真っ黒な髪に濃いサファイアブルーの瞳が印象的な背の高い男性が佇んでいる。驚きのあまり、あたしはぽかんとなった。


「……ふむ、元の姿に戻れたか」


『え、ダンさん?』


「そうだよ、シュシュ。こちらに来てくれ」


 あたしは頷いて、恐る恐るダンさんに近づく。彼はあたしの前に跪くと、片手を額に当てた。


「……我、太陽神アタラ神に乞い願う。彼の者をあるべき姿に戻し給え」


『……!!』


 声にならない悲鳴が上がる。体中がカッと熱くなり、立っていられない。しかも、先程のダンさんみたいに眩い白や金の光に包まれる。あたしは瞼を閉じながらも意識がブラックアウトした。


 しばらくして、瞼を開ける。あたしは自然公園の地面に倒れたはずだが、何故かベンチに寝かされていた。傍らにはいたはずのダンさんがいない。


「……ダンさん?」


 呼びかけるも返事はなかった。どうやら、彼は元のフォルド王国に帰ったようだ。起き上がると胸元から太ももに至るまで、上着が掛けられている。どうやら、ダンさんが掛けてくれたらしい。しかも、あたしの右手には綺麗なサファイアのペンダントが握られていた。

 ふと、自身の手や足を確認する。ちゃんと肉球のついた足ではなく、人間の手や足に戻っていた。全身隈なく、調べたのだった。


 あたしは人間に戻れたが、喜んでいる暇はない。すぐに公園を出て、夏鈴が住む借家に向かった。ちなみにちゃんと肩まで伸ばした髪はヘアゴムで纏め、ブラウンのシャツに黒のスウェットを履いていた。猫の姿になる前の服装だが。てくてくと歩いた。


 その後、夏鈴の借家に戻ると。夏鈴は早起きしていたらしく、玄関から小走りで出てきた。


「……あ、シュじゃない。珠里しゅり、朝帰りするなんて。今までどこにいたのよ、探し回ったんだからね!」


「……ごめん、夏鈴。ちょっと、これには深い訳があって」


「あー、話を聞きたいけどね。あんた、まずは風呂に入りな。んで、ご飯も食べなよ?」


「分かった、本当に心配掛けてごめんね」


「うん、今からだとさ。浴槽にお湯は入れる事ができないしね、シャワーでもいい?」


 あたしは頷いた。夏鈴に言われたように、シャワーを借りたのだった。


 気分も体もスッキリしたので、改めて夏鈴に昨夜の顛末を説明した。すると、夏鈴はめっちゃ驚いた表情になる。


「ふーん、まさか。異世界から来た魔女の仕業だったとはね。まさに、ファンタジーだわ」


「だよね、あたしもそれは思った」


「まあ、良かったよね。ダンさんだっけ、その人に出会えたからさ」


 あたしはまた、頷いた。本当にダンさんに会えて良かった。彼が魔法を使わなかったら、元の姿には戻れなかったはずだ。感謝しないと。あたしはダンさんが残したペンダントを強く、握りしめたのだった。


 ――True end――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜は月光に照らされて 入江 涼子 @irie05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説