❖「神姫じゃない方」の私ですが魔法使い様に囲われてお家に帰れないようです。
『――■■■■■』
何か言われた気がするがおそらく空耳だろう。大体、何を言っているのかもわからないし。
目を伏せ、何もかもなかったことにしたわたしは、顎をがしっと掴まれた瞬間、自分に向けられた言葉だと認識した。
差し出されたのは怪しげな空色の小瓶、目の前にはニッコリと微笑む青色髪(しかも長髪)の男性。絶対にマズい状況だ、あまり頭は良い方じゃないけどそれぐらいはわかる。がたがた震えながら真っ青になっているわたしにそのひとは小瓶を差し出してくる。
どう考えても飲め、と言っているのだがそんな怪しげなモノを飲むわけにはいかない。飛んじゃう感じのヤバ目の薬だったらどうするのだ。必死で首を横に振って「NO」の意思表示をしてみせたがそのひとは少し考えこむような間を置いてから自らその薬を呷った。
なんだ、何をするつもりなんだ――と考える暇もなく、そのひとはわたしとの距離を詰めた。
そして唇が重なった、と思ったとたんに何か生ぬるくてどろどろした液体が口の中に流し込まれた。あ、やば。これ口移しってやつだ。
「んー!」
必死で抵抗したものの、強引に押し込もうとする力が強すぎていよいよ拒み切れず、わたしは口の中に溜まっていた液体を喉奥に入れてしまった。
「げほ、ごほっ」
大いに咽たわたしを見ながら男のひとは満足げな表情を浮かべている。なにこのひといきなり何……気持ち悪……。にこにこしているのも怖い。顔がよくなければ許されない所業だけれど、このひとは幸いにも美形というやつだった。
睫なんかどう見てもわたしよりも長そうだ……そして彫の深い顔立ちといい、紫の瞳といい青髪といい、どうにも外国人であるとしてもなんか違和感をおぼえる。まるでアニメとかゲームの世界みたいな。
「これでよし。僕の話している言葉は理解できるかな?」
「えっ……? 日本語?」
先ほどまではさっぱり何を話しているかわからなかった男のひとの言葉がいきなり流暢な日本語に変わっていた。なにこれひどい違和感。
「なるほど。ニホン……というのが、君たちが住んでいた世界というわけだね」
君たち、と言われてようやくわたしは我に返った。
「あのっ、わたしと一緒に来た女の子はどうなったんですか! 妹なんです」
「ああ、神姫のこと? 彼女は聖殿で祈りを捧げているよ。このサリュト神国の繁栄のためにね」
神姫? なんだそれ――と考えていると、勝手に頭の中で『神姫……巫女のような存在。異世界から招かれた聖少女が務めることになっている』と解説がなされた。なんだこれ。
「ちなみにさっき君が飲んだのは僕が開発した魔法薬でね? 継続して服用すれば言葉が通じるし、相手が話している単語で君たちの世界に存在しないものについては解説する機能が」
「何すんだ! このド変態がっ、妹を返せっ」
いきなり殴りかかったわたしを男のひとは杖でぱっといなした。魔法薬とかなんとか言っていたからこのひとは魔法使いってこと? 力ではかなわないうえにさらに妖しげな術とか使っちゃうんだろうか、それは困る。
「落ち着きたまえ。うん、いいね。なかなか元気があってよろしい」
「妹に会わせて!」
「それは別に構わないけど」
「え」
いいんだ。わたしは振り上げた拳をゆっくりと下ろした。力が抜けてそのままぺたんと床に座り込む。そんなわたしを見下ろしながら青髪美形の男は口を開いた。
「妹ちゃんの方は君に会いたくはないかもしれないよ」
「え、会えないってどういうことですか!」
聖殿とかいう場所にわたしは青髪男に連れてきてもらった。ところが妹のシオンに「会いたい」と伝えてと神官らしきひとに言ったところ、追い返されそうになっているわけだ。
「シオン様は誰にも会わないと仰せだ。特に異世界人、お前にはな」
「ど、どうしてよ! シオン、シオンっ」
すると聖殿の奥の方から、びらびらの異世界っぽい服(どう考えても似合ってない)に着飾った妹――シオンが出てきた。インドのサリーみたいな服だけど、布を幾重にも重ねられて衣装に埋もれるみたいになっている。この謎空間に来たときの高校の制服のままのわたしとは大違いで、すっかり馴染んでいるようすだ。
「うるさいなあ、アズサお姉ちゃん」
「シオン、無事だったのね……よかった」
ほっとしてそのまま床に座り込んでしまいそうになったのを、青髪が腕を掴んで支えてくれた。なんだ悪いひとでは……ない、のかもしれない。いやいやあの口移し……キスは許してなるものか。
「帰ろう、こんなわけわかんない世界になんかいたってしょうがないでしょ」
「しょうがなくなんかないよ」
予想外にもシオンはきっとわたしを睨んで来た。
「わたしは特別な存在なの……神姫っていうんだって。わたし、お姫様なんだよ? 家に帰って学校なんかいくより全然いいじゃん」
「何言ってるのシオン」
「だから、お姉ちゃん。二度と顔を見せないで」
冷たく言い放って、妹は聖殿の奥へと姿を消してしまった。
そのまま聖殿の入り口まで追い立てられるようにしてやってきたわたしはすっかり途方に暮れてしまった。嘘でしょ、あのわがままシオン……。姫だ何だって言われて完全に調子に乗っちゃっている。
とぼとぼと歩くわたしに付き添うようにして青髪が慰めるように言った。
「仕方ないさ、神姫は特別な存在なんだ……誰もかれもがちやほやする。居心地もいいだろうしね」
なんでこんなことに――わたしはただ、妹のシオンと一緒にショッピングモールに買い物に行っていただけだったのに。服屋さんで試着室から出て来なくなってしまったシオンのようすを見に、試着室のカーテンを引いただけで。
気が付いたときには見知らぬ場所の魔法陣の真ん中にいたわけである。
「ごめんね」
「どうしてあなたが謝るの?」
「僕が召喚したんだよ、君の妹を異世界から来た巫女『神姫』としてね」
「お前のせいかっ!」
わたしは青髪に掴みかかった、が軽くいなされてしまった。がるるる、と唸っていると青髪は肩を竦めて言った。
「お前だなんて他人行儀な言い方はやめておくれよ。この世界での君の身元保証人は僕だっていうのに」
「身元保証人……?」
「僕たちがいるこのサリュト神国において異世界人は珍しいからね。君なんかがふらふら外をひとりで歩いていようものなら、悪い輩に娼館にでも引っ張って連れて行かれてしまうよ」
さらりとした口調で言ってのけた青髪の言葉に、わたしは血の気が引いた。なにこの世界そんなに物騒なの? 聞いてないんだけど……。
「それに元の世界にも戻れないよ。君の妹が神姫としての務めを全うしない限り、異世界へと通じる扉は開かれない」
「うげ」
がくりと肩を落としたわたしの背を優しく青髪はぽんぽんと叩いた。
「だから君はおとなしく僕の実験材料に……じゃなかった愛情を注がれる愛玩動物となるがいいさ」
「青髪ぃ!」
なってたまるか――の叫びが、サリュト神国、聖殿前大通りに響き渡ったのだった。
青髪の名前はリュスカというらしい。本当に耳慣れない単語で覚えにくいから青髪で通したいところなのだが、あちらがちゃっかりわたしの名前を憶えてしまったらしく「アズサ」と親し気に呼んでくるので絆されつつあった。
「ほら、アズサあーんして♡」
「じ、自分で食べられるし……」
第一、ひとが見てる。ぐきゅるるる、と盛大なお腹の音を聞かれてしまったわたしは聖殿帰りにレストランのような場所に連れて行ってもらった。
薬の効果なのか、見知らぬ食材であっても「鶏肉に似た味」とか、「蒸し料理」とか自動的にメニューを翻訳したり解説したりしてくれるので便利なことこの上ない。この青髪ことリュスカは優秀な魔法使いなのだろう。
鶏肉に似た味の肉のソテーを頬張りながらお腹を満たしていると満足そうな笑みを浮かべたリュスカと目が合った。
「僕、君がごはん食べてるとこ見るの好きだなー」
「ソウデスカ……」
うんざりしながら食事を続けているとリュスカは唐突に「結婚しない?」と言って来た。
「は、はぁ?」
「それは君たちの世界の言葉でイエス、っていう意味?」
「んなわけないでしょうが、ノーだ、ノーっ! 大体わたしはまだ学生で……18歳ではあるからいちおう年齢的には出来るけど」
ぼそりと呟いた余計な一言のせいでリュスカはぱんと「決まりだ」とばかりに手を叩いた。何も決まっちゃいないんだが。
「じゃあ問題ないね。サリュト神国でも学生結婚は結構多いんだよ? まあ僕はとっくに学校なんて卒業しているけど」
「ちなみに何歳なんですか……?」
「24歳。神皇のもとで魔術師として仕えているから将来安泰だよ?」
そういう問題ではなくって。なんかマッチングアプリでデートしているような感じ、って使ったことはないんだけれど。たまに変なの来る、と言っていた友達の言葉を思い出した。その変なのにまさに当たっているわたしはどうしたらいいのだろうか。
「わたし、あの馬鹿妹がお役目……? とかいうのを果たしたら元の世界に戻るのでお断りします」
「じゃあ保険でいいよ」
保険――なんか嫌な感じの言葉である、と思ったらまさにその予想は当たってしまった。
「君の妹が元の世界に戻りたい、と願わなければ――たとえばこの世界にずっといったいと願いでもすれば、帰還の扉は開かれない。あくまで君はおまけで召喚されたわけだからね、すべては神姫であるシオン様の意向のまま、ってこと」
「え……じゃあ、シオンが帰りたくないって駄々こねてるうちは、わたしもこのよくわかんない国にいなきゃダメってこと……?」
そのとおり、えらいねえと馬鹿にしたようにリュスカは言った。まじで腹立つなこいつ。
「だからね、わかるかい?」
そのときふっと声の調子が一段落ちた。
暗く低く、囁くように眼前の男は言う。
「君が異世界で言葉を理解できるのも、読み書き、それに話すことができるのもすべて僕が調合した魔法薬のおかげだ。この効き目はおよそ一日で切れる……つまり、どういうことなのかわかるよね?」
唇に邪悪な微笑みを浮かべて魔法使い様は言った。
「君は僕のそばにいないと、ものすごーく大変ってこと。わかったら『わんっ』て可愛らしく鳴いてごらん。ああ別に『にゃあ』でもいいよ。僕は犬猫どちらも好んでいるからね」
マッチングアプリで変なのどころかやばいやつに当たった時の対処法――検索したいけど、この世界にスマートフォンはない。残念ながら。
だから仕方なく、本当に仕方なく――わたしは。
「に……にゃん☆」
このリュスカとかいう最低野郎に精一杯媚びることにした。
ド定番に挑む!溺愛❤短編小説集 鳴瀬憂 @u_naruse
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