第3話 町の少年

「お前、どの辺りに住んでいるんだ?ここじゃ見ない顔だ。」


 先に口を開いたのは少年だった。フラタニティにジロジロと見られ続けることが気まずかったのだ。


「私は中央の方に住んでいる。それより、なぜ、私の提案を拒んだ?魚を食べたいんじゃないのか?」


 フラタニティは回りくどい質問は嫌いだ。単刀直入に自分の聞きたいことを聞く。


「別に、ただ釣りを楽しんでいるだけだよ。魚が食べたいわけではない。」

「分からないな。釣りは食材を得るための労働。つまり仕事だ。楽しいことではない。」


魚を捕まえて遊ぶ。その概念はフラタニティにとって理解できるものではなかった。魚釣りは何度繰り返そうが食材を得るための手段であり労働だ。労働は楽しい物ではなく、楽に済ませたいものだ。


「釣りが楽しくても別にいいだろ。人の勝手だ。」

「驚いた。お前、本当に魚を捕まえるのが楽しいのか?」

「そう言ってるだろ。」

「つまり、釣りを仕事と認知していない。」

「なんで釣りイコール仕事なんだよ。働かなくても魚なんて食べられるじゃん。」

「そういうことか。」


 この少年は、人が仕事として釣りをしていたことも、飢えを凌ぐために子供たちが釣りをしていたことも知らないのだ。今、この町ではゴーレムが大半の労働を行っている。誰もしたがらない過酷な仕事は真っ先にゴーレム達に置き換わったと聞いている。釣りもその1つだ。つまり、釣りは過酷な仕事であり、誰もやりたがらない仕事であるのは想像が付く。


 それを、この少年は遊びとして、娯楽として釣りを楽しむという。年齢からして仕事としての釣りはすべてゴーレムに置き換わった後に生まれた子だ。つまり、人生経験の違いから来るジェネレーションギャップということだ。歩んできた人生経験の違いから来る相違。良くあることだ。


 長生きしすぎたフラタニティにとって、ジェネレーションギャップとはよく感じることであった。最近一番衝撃を受けたのは、絶滅に瀕している魔族を保護する活動が盛んに行われていることだ。フラタニティが若い頃は、いかにして魔族を殺すかを考えていたのに・・・。


 この少年は、魚釣りが楽しいと評価した。何が楽しいのだ?魚をたくさん捕まえたら楽しいのだろうか?確かに、お腹いっぱいに魚を食べられるのは良いことだが、この少年は食べるためではないと言った。


「じゃぁ。魔法で捕まえたらだめなのか。その方が効率的に捕まえられるし、たくさん食べられる。より楽しいんじゃないのか?」

「かぁー。分かってない。分かってないなぁ。全ッ然、分かってない。」


少年は、両手を挙げて頭を振る。どうやら、私は何か盛大に勘違いをしているみたいだ。


「おい。私に分かるように説明しろ。」

「魔法を使って簡単に捕まえても楽しくない。」

「分からないな。」


少年の話を聞いて、町を散策したときの違和感に気付く。


そうだ。町の子供達が魔法で遊んでいる姿を見ていないのだ。以前は、道ばたやそこら中で魔法を使って遊んでいた。その使用方法は道行く人をヒヤヒヤさせたり、驚かされたりと周囲に気を配りながら歩いていた。そして、今日はその心配をしなくても町中を歩くことができていた。つまり、子供が魔法で遊んでいなかったのだ。


 洗濯魔法を失敗したゴーレムの後始末をしていた女性もそうだ。魔法を使っていなかった。魔法を1つ使えば綺麗になるのに・・・。


 なぜだ。魔法技術は数年前とそれ程変わっていない。住民の魔法技術が低下している?いや、領主は教育にも力を入れていたはずだ。どうしてだ?


「そう思うなら、君もやってみると良い。いつも友達と2人で遊んでいるんだが、今日は学び舎の補習で1人なんだ。」

「そうか。試してみよう。釣り竿は・・・。」


すぐそばの木から枝を折り、一振りすると綺麗な釣り竿に姿を変える。


 少年が、友達の釣り竿を持ってきてやると言いかけ口ごもる。


「何か言ったか?」

「お前、本当に魔法が得意なんだな。ばぁちゃんみたいだ。」

「ばぁちゃん?」

「あぁ。年寄りは皆魔法が得意で、何かあるとすぐに魔法で解決するだろ。」

「いいではないか。効率が良い。」

「効率が良いって、俺と変わらない年なのに年寄りみたいなことを言うんだな。」

「私は230歳で、お前の言う。おばあちゃんだぞ。」

「また、言うのかよ。しつこいぞ。」

「そうか。事実なのだがな。」


 自分が230歳であることを認めてくれないことに、残念に思いながらも釣りの準備を進める。


 フラテニティーは、自身が生成した釣り竿に餌を付けようと少年から餌をもらおうとして手が止まる。少年が餌を持っていないのだ。これでは餌をもらえない。それに餌が無くては魚が釣れないではないか。


「おい、餌はどうした。」

「いらないさ。」

「おいおい。餌がないと釣れるものも釣れないぞ。」

「ふふふ。俺たちは疑似餌を使っているんだ。」

「ギジエ?何だそれは?」


 少年は得意げに垂らしていた釣り竿を引き上げて、フラタニティに見せる。釣り糸の先には木を削った何かが付いており糸で魚のうろこが何枚かくくりつけられており、その下に針が付いている。


「これが、疑似餌。木を小魚に見立てて釣りをするんだ。」


 どうやら、この木の物体は小魚を模して作っているようだ。お世辞にもあまり魚っぽくない。本当にこんなので釣れるのだろうか。


「こんな餌で釣れるのか?」

「あぁ。色々作ったがこいつが一番よく釣れるんだ。」

「この見た目で釣れるなら、私はもっとたくさん釣れるな。」


 フラタニティは、木製の針を魔法で変形させて小魚に作り替える。


「やっぱり器用だな。綺麗だ。」


 フラタニティが作った疑似餌は、色は違えど造形は本物そっくりの出来だ。フラタニティは疑似餌の出来映えから、きっとたくさん魚が釣れるに違いないと高をくくり、自慢げに見せつける。


「どうだ?これならたくさん釣れそうだろ。」

「フフ。試して見ると良いよ。その見た目なら期待できるかもね。」


 もっと、褒めてくれると思っていたが、少年は少し素っ気なく釣りを再会する。もう少し楽しい反応を期待していたのに素っ気ない反応しか返ってこなかったフラタニティは、釣りの結果を見せて見返すことにする。






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