第8話 荷馬車の夫婦

「いやぁ。本当に助かりました。」


 男性性が頭を掻きながらヘルパーに何度目かのお礼を述べる。男性性の隣には車輪が付いた荷馬車がある。先ほど、馬に荷台を引かせたところ正常に動いたことは把握している。女性は念入りに車輪の様子を確認している。


「このくらい、たやすいことだ。」


 そう言いながら髭を撫でるヘルパーはどこか得意げだ。男性性に感謝されて気分を良くしているのだろう。そんな得意げなヘルパーをフラタニティーは、一歩下がったところからじっと見つめる。


“ものを浮遊させる魔法“。単純な魔法だ。だが、浮かせるものが大きく重くなるにつれ途端に魔力操作が難しくなる。荷台を浮かせられる程度になれば熟練の魔法使いだ。だが、フラタニティーからするとまだまだ成長途中だ。


 140歳のヘルパーからすると230歳と一緒にするな! であるが、人とは何かと比較してしまうものだ。フラタニティーはたったこの程度のことで褒められていい気になっているヘルパーが気に入らない。私なら半分の時間でできた。


そんな褒められていい気になっているヘルパーが次いでとばかりに、草むらの上に山積みに置かれている野菜を1つずつ丁寧に浮かし荷台へ並べていく。その様を見て男性性はまた頭を下げて礼を述べるが、フラタニティーがしびれを切らす。


 フラタニティーはせっかちで負けず嫌いなのだ。


 ガサガサガサ。


 フラタニティーが魔法を使用すると、山積みになっている野菜がその塊のまま浮遊して荷台に移動する。


「一体。いつまで作業をするつもりだ。」


 フラタニティーが、ヘルパーに声を掛けながら背後の男性をちらりと見ると口を大きく上げて固まっていた。それもそのはず、魔法のことを少しでも理解していれば、大量の野菜を傷つけずにまとめて浮遊させるのは至難の業だ。一般人ならその難易度から試そうとも思わないほどだ。


男性の反応に満足したフラタニティーは、人差し指に耳たぶを巻きつかせながら踵を返す。


「ヘルパー。行くぞ。」


 男性に褒められていい気になっていたが、フラタニティーに台無しにされたヘルパーは短く返事をする。そのまま、荷馬車を通り過ぎようとすると先ほどまで車輪を確認していた女性がフラタニティーにの手を掴み引き留める。


「ちょっと待って!」

「どうした?まだ何かあるのか?」


 女性はフラタニティーの子供っぽくない対応に一瞬戸惑うが、瞬き1つすると何もなかったかのように話し始めた。


「あなた達、向こうに行くということは農業の町イタリまで行くのよね。まさか、歩いていくつもり?」

「そうだが?」

「まぁ。私達もイタリまで行くのよ。良かったら乗って行きなさい。荷台は狭いけど早く楽に着くわ。」

「いいさ。歩きたい気分なんだ。」


 久しぶりの旅を堪能したかったフラタニティーは、女性の提案を断る。


「そう。ならあなた達の後ろを着いていくわ。」

「なぜ、そうなる?また車輪が壊れるのが怖いのか?」


一度壊れたものは壊れやすい。それが心配なのかと考えたが、女性の提案を聞いて絶句する。


「違うわよ。私が道中守ってあげるのよ。ほら、子供と老人だと魔物は不安でしょ。」


 魔法について最低限の知識があればフラタニティーとヘルパーの実力について理解できるはずだが、女性には最低限の知識がなかったらしい。男性の方はそれなりに理解しているのか、女性の発言にどう訂正しようかおろおろとしているが、そんな男性をよそに、女性は腰に差していた剣を掲げる。


「どう、立派な剣でしょ!」


剣を見ればおおよその実力は分かる。使い込まれたいい剣だ。だが、お世辞にも強いとは思えない。女性は自分の腕に自信があるようだが、フラタニティーからすると落第だ。商人が護衛程度に身に着ける剣としてもほどほどだ、対処できるのはせいぜいはぐれウルフやゴブリン1体がいいところだろう。群れとなると危ない。


 この程度の腕なら護衛の一人や二人付けるのが普通だ。自信があり勇猛なのはいいことだが、あまりにも向こう見ずすぎる。


「おい。フラタニティーいいのか?」


 ヘルパーもそのことに気づきフラタニティーに声を掛ける。


「はぁ。」


面倒ごとの匂いがするフラタニティーは長いため息を吐いた。何も起こらなければいいのだが・・・。


 フラタニティーが荷馬車に乗ることを告げると、女性は嬉しそうに返事をし、馬の手綱を握った。





 馬の手綱を握る女性はオプティ、女性の尻に敷かれている男性性はぺスと名乗った。オプティは一定のリズムで鞭を叩き、それに合わせ2頭の馬は順調に歩み始める。


 それに対して、目の前に座るぺスは居心地が悪そうにしており、恐る恐るオプティに聞こえないように話しかけてくる。


「あのぉ。オプティがすみません。これ、少ないですが護衛代です。」


 そういうと、財布から通貨を取り出すが、フラタニティーは断る。女性にはいろいろと言いたいことはあるが、男性が正しくフラタニティーとヘルパーの実力を把握していることでよしとすることにした。


 おどおどしていて気付かなかったが、この男はそれなりに魔法を使えそうだ。この辺りで出る魔物に対してなら彼女と自身の身を守るくらいはできるだろう。


「なぜ、彼女に本当のことを教えない?」

「私がこんな性格なもんですから、彼女に強く言い返せないんです。」

「ふん。情けない。」

「それは、大変だな。」


 フラタニティーとヘルパーが真反対の反応をする。普段から自分の意見はまっすぐに伝えるフラタニティーは冷たく言い放ち、普段からフラタニティーに振り回されるヘルパーは同情をする。


 ぺスの話によると2人は幼馴染で、子供のころからずっとこういう関係性だったそうだ。町で農業をすることも隣町へ野菜を陸路で売り込みに行くこともすべて彼女が決めたことのようだ。


「で、なぜ。陸路で輸送している? 転移魔法があるだろう。」


 ヘルパーが最もなことを聞く。この時代、物流のほぼすべて転移魔法が使われている。わざわざ、魔物が出る危険な陸路を通る必要はない。


「無魔法栽培で育てた野菜なんだ。転移魔法は使えない。」


「「無魔法栽培?」」


 フラタニティーとヘルパーが顔を合わせる。初めて聞く言葉だ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る