第9話 無魔法栽培

「ほう。川から水路を作りその水を利用して水やりをする。害虫は虫を主食とする動物を放つのか。合理的だな。」


 ヘルパーが髭を撫でながら女性の説明を復唱する。


「なるほど、話が読めたぞ。物に対して魔法を使用すると魔法の痕跡が残る。その魔力残滓がない野菜を売ろうとしていたのだな。」


 フラタニティも冷静に耳たぶを撫でながら情報を整理していると、女性に頭を叩かれる。


「話が読めたぞ。じゃないわよ。そうよ。どうしてくれるの?売り物にならなくなったのよ。」

「「はい。すみませんでした。」」


 ようやっと女性が怒っている理由が分かり、素直に頭を下げて謝るふたり。親切心で魔法を使って荷台に野菜を運搬したのがいけなかったのだ。魔法で浮遊させて荷台に積んだ野菜にはすべて魔力残滓がある。流石のフラタニティでも魔法の痕跡を取り除くことは出来ず謝ることしか出来ない。


「はぁ。あんたも!近くで見てたんならちゃんと止めなさいよ。全滅じゃない!」


 路肩に置いていた野菜がすべて荷台に積まれていることを確認して今度は男に詰め寄り、対照的に男は両手を挙げて一歩下がる。


「ごっごめんよ。でも、この人達がここを通らなかったらB級品としても売れなかったから良かったのかなって・・・。」

「よくなんて無いわよ。」

「ほら、でも、昼に食べようと思っていたキュウリ2本は大丈夫だよ。」


 そう言って、ポケットの中からキュウリを2本取り出すが、女性の怒りは収まらない。


「2本残ったからって、どうなるのよ!バカじゃ無いの!!」


 確かに女性が言うように、これから野菜を売りに行くのにキュウリが2本無事だからといって焼け石に水だ。どうでもいい。男は鈍臭そうだし普段から彼女の尻に敷かれていることが容易に想像出来る。


「はぁ。もう良いわ。確かにあなた達が通らなかったら、全部ダメにしていたかも知れないしね。水に流してあげるわ。」

「そうか。すまないな。」

「本当にそう思っているの?」


 フラタニティが無表情で淡々と謝る態度を見て、女性が呟く。フラタニティの表情筋はあまり仕事をしておらず、感情が読み取りにくい。当の本人は至極真面目な表情を作っているのだが、初めて出会った人にはよく勘違いされる。


「あなた達、向こうに行くということは農業の町イタリまで行くのよね。まさか、歩いていくつもり?」

「そうだが?」

「まぁ。私達もイタリまで行くのよ。良かったら乗って行きなさい。荷台は狭いけど早く楽に着くわ。」

「いいさ。歩きたい気分なんだ。」


 久しぶりの旅を堪能したかったフラタニティは、頬をほんの少しだけ緩めて女性の提案を断る。


「いいや。乗って行きなさい。」

「なぜ、そうなる?また車輪が壊れるのが怖いのか?」


一度壊れたものは壊れやすい。それが心配なのかも知れないが、ヘルパーが手伝ったのだ。そう簡単に壊れることはない。何なら、元より良くなってすらいるだろう。


「違うわよ。私が道中守ってあげるっていってるのよ。魔法は使えるみたいだけど、ほら、子供と老人だと魔物は不安でしょ。」


 魔法について最低限の知識があればフラタニティとヘルパーの実力について理解できるはずだが、女性には最低限の知識がなかったらしい。男性の方はそれなりに理解しているのか、女性の発言にどう訂正しようかおろおろとしているが、そんな男性をよそに、女性は腰に差していた剣を掲げる。


「どう、立派な剣でしょ!包丁よりよく切れるのよ。」


確かに掲げられた年季が入っている剣は商人が持つには上等な剣だ。だが、お世辞にも女性の体格から強いとは思えない。女性は剣の切れ味に自信があるようだが、魔族と戦ってきたフラタニティに言わせると戦士として落第だ。対処できるのはせいぜいはぐれウルフやゴブリン1体がいいところで群れとなると危ないだろう。武術や魔術に精通していないなら護衛の一人や二人付けるのが普通だ。自信があり勇猛なのは良いことだが、あまりにも向こう見ずすぎる。


「おい。フラタニティいいのか?」


 ヘルパーもそのことに気づきフラタニティに声を掛ける。今のご時世、絶滅寸前といわれている魔族と出くわすことはないだろうが、ゴブリンの群れ程度なら十分に出くわす可能性はある。


「はぁ。」


面倒ごとの匂いがするフラタニティは長いため息を吐いた。何も起こらなければいいのだが・・・。


 フラタニティが荷馬車に乗ることを告げると、女性は嬉しそうに返事をし、馬の手綱を握った。





 馬の手綱を握る女性はオプティ、荷台の今向かいに座っている冴えない男性はぺスと名乗った。オプティは一定のリズムで鞭を叩き、それに合わせ2頭の馬は順調に歩み始める。しばらく無言でいたが男性が意を決して話しかけてきた。


「あっあの。もしかして、フラタニティさんって、魔法開発局のぉ―――。」

「あぁ。そうだ。気付いていたのか?」

「いえ。先ほどの魔法とお名前からもしかしたらと思いまして―――。」

「なるほどな。」


 目の前に座るぺスは居心地が悪そうにしており、恐る恐るオプティに聞こえないように話しかけてくる。


「あのぉ。オプティがすみません。これ、少ないですが護衛代です。」


 そういうと、財布から通貨を取り出しフラタニティに渡そうとするが、フラタニティは断る。女性にはいろいろと言いたいことはあるが、男性の目利きには目を見張るものがある。正しくフラタニティとヘルパーの実力を把握し、フラタニティの正体に気付いた。普通は、見た目に騙されるものだ。


 おどおどしていて気付かなかったが、この男は魔法の知識が深そうだ。この辺りで出る魔物に対しても彼女と自身の身を守るくらいの実力はあるだろう。


見たかヘルパー。これが人の判断というものだ。門番のゴーレムは判断に困っていたが、知識のある人が見れば、見た目16歳の子供でも大人として扱われるのだ。学習したゴーレムであれば私のことを成人女性として扱うかも知れない。


 ペスの対応に満足したフラタニティは、口角を上げヘルパーに目配せするが、何を伝えたいのか分からなかったヘルパーに無視され、またいつもの真顔に戻る。






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