第10話 転移魔法
ペスの話によると2人は幼馴染で、子供のころからずっとオプティの言いなりだったそうだ。町で農業をすることも隣町へ野菜を陸路で売り込みに行くこともすべて彼女が決めたことのようで、ペス自身もオプティの尻に敷かれている自覚があったのか、恥ずかしいといい頭をかく。
「あははは。お恥ずかしい。」
「ふん。情けない。」
「それは、大変だな。」
フラタニティとヘルパーが真反対の反応をする。普段から自分の意見はまっすぐに伝えるフラタニティは冷たく言い放ち、普段からフラタニティに振り回されるヘルパーは思うところがあり同情し、優しく声を掛ける。
「大丈夫か?暴力をふるわれていないか?」
「はい。暴力はたまにありますが、大丈夫です。馴れましたので。」
その答えを聞いたヘルパーは心底心配そうな顔をする。ヘルパーもフラタニティに暴力をふるわれることが多々あり、自分と同じ仕打ちを受けている男に強い親近感と同情を覚える。
「そうか。それは、悲惨だな。意見が分かれたとき暴力で解決しようとする奴は最悪だ。」
「なに。ヘルパー何か言いたいの?相手になるよ。」
自分が最終的に暴力で解決すればいいと思っている自覚があるフラタニティは、さっそく暴力で解決しようとし、ヘルパーはすぐさま両手を上げ降参する。
「ほら、これだ。降参だ。歴戦の魔法戦士が相手じゃ分が悪すぎる。」
「ヘルパーも十分歴戦の魔法戦士だよ。私に勝てばいい。」
「お前と比べたら、まだまだお子様だ。」
「何度も説明したけど、解決しなければいけないことの意見が平行線をたどった時の最も手っ取り早い解決方法は暴力だよ。」
フラタニティの言葉通り、ヘルパーは何度もこのセリフを聞いている。昔はこの考えを改めてもらうように説得を試みたが、説得の度に暴力をふるわれるため、随分前に諦めたのだ。
「これだ。堪ったものじゃない。」
「はい。ヘルパーさんも大変そうですね。」
ペスも自分の理解者を見つけて、ヘルパーの話に同調する。
「ねぇ。二人とも暴れていい?」
◇
ぐぅぅ~。
フラタニティの脅しの後、しばらく会話もなく静かに馬車が走っていたが、フラタニティの腹の虫が盛大になり、2人の視線が音の発生源に集まる。フラタニティは自身の腹をしばらく見つめた後、山積みになっている野菜の壁を背もたれにして姿勢を崩す。
「ヘルパー。飯にしよう。腹が減った。」
「フラタニティ。姿勢を正せ。野菜にもたれ掛かるんじゃない。売り物だぞ。」
「・・・。」
フラタニティのすぐ隣まで野菜が山積みになっており、姿勢を崩して座ると野菜にあたってしまう。フラタニティは少し無言でヘルパーを見つめ、何を思ったのか表情を変えずに姿勢を元に戻した。
「珍しいこともあったものだ。まさか姿勢を正すとわな。」
「野菜を汚したらまた怒られそうだからね。」
ならはじめからもたれるなよと思うが、その言葉を飲み込んで、ヘルパーはフラタニティを褒めることにする。
「そうか。良いことだな。偉いぞ。フラタニティ。」
人は、褒めて育てるべきだ。かつてヘルパーもフラタニティに褒めて伸ばしてもらった。子供の頃は、フラタニティに褒められるのが嬉しくて魔法を勉強したものだ。その時、してもらったように、ヘルパーがフラタニティの頭を撫でて褒める。
「こら。子供扱いするんじゃない。怒るよ。」
フラタニティがヘルパーの腕を払って嫌がる素振りを見せるが、本気で嫌がっていないとヘルパーは思っている。過去に何度も頭を撫でたことがあるが、未だに怒られたことはない。
ヘルパーの手から解放されたフラタニティは、何もない空間に手を突っ込みそこから目当ての干し肉を取り出す。転移魔法の応用だ。
世間一般に知られている転移魔法は、転移魔法所のみで使用することができる。転移先と転移元で対となる魔法理論が組み込まれた転移魔方陣に魔力を流すことで、決まった場所に荷物が転移できるようになる仕組みだ。
この転移魔法の理論を完璧に理解しているのは世界にフラタニティだけで、魔法理論を熟知しているフラタニティは転移したい物をあらかじめ転移魔方陣の上に乗せておけば、任意の場所から魔法を構築して取り出すことが出来る。
フラタニティ個人の収納スペースにはすべて転移魔方陣が組み込まれており、フラタニティが所有しているもので、どこに収納しているかさえ覚えていればいつでもどこでも取り出すことが出来る。
「すっすごい。本当に凄いです。どうやって魔方陣もなしに取り出したんですか?」
その光景は、ペスの常識を覆すのには十分だった。
「ふっふーん。分かるか?これが最高峰の魔法だよ。」
ほんの少し口角が上がるフラタニティ、どや顔をしているつもりらしい。ただ、そのどや顔に文句ひとつ付けられない。悔しいがこの芸当が出来るのはフラタニティだけ、文字通り世界最高峰の魔法だ。フラタニティの右腕的な存在であるヘルパーでさえ転移魔法の理論を理解することが出来ず、見よう見まねで転移魔方陣を見比べて魔法を構築することで何とかフラタニティの真似ごとをすることが出来る。
フラタニティ曰く、時間と重力と質量の関係性を体感すれば理解できるようになると行っていたが、まったく意味が分からない。
フラタニティがヘルパーのことを天才だと評価するが、ヘルパーから見たフラタニティは鬼才だ。神がかっているとさえ思う。そして、フラタニティが扱う魔法の異常性に気付くこのペスという男もやはり優秀だ。
フラタニティは、転移魔法で干し肉を4つ取り出し、魔法で浮遊させた干し肉をそのまま3人に配る。
「ほら。遠慮なく食べろ。」
「ありがとうございます。」
フラタニティとヘルパーはいつも通り干し肉に久しぶりにかぶりつく。特筆してうまくもないが、不味くもない。しいてあげるなら硬いくらいだが、干し肉なら普通のことだ。
干し肉をしゃぶっていると、以前よく干し肉を食べていたころを思い出す。あれは、60年ほど前の最後の魔族と大戦だ。魔法戦士としてヘルパーと各地を転々と巡り魔族と戦っていた頃、良く干し肉を食べていた。どうしても他の食べ物を食べたかったフラタニティは自由時間に転移魔法の基礎を構築し魔族との大戦が終息した翌々年にオーパーツ魔法とも呼ばれる転移魔法を完成させたのだ。なぜ、転移魔法を作ったのか思い出したフラタニティは声を上げる。
「あっ。」
「どうしたんだ、フラタニティ?間抜けな声を上げて。」
「フフ。何でもない。」
「なんだ?気になるじゃないか。フラタニティが笑うのは珍しい。」
「気にするな。つまらないことを思い出しただけだ。」
間抜けな話だ。旅先で干し肉以外の食べ物を食べられるようにするために転移魔法を作ったのに、まさか旅をして最初に転移魔法で取り出した食べ物が干し肉だとは、ヘルパーには絶対言えないな。
昔の思い出に浸りながら干し肉をしゃぶっていると、ペスがなんとも言い表せない、干し肉と乾いた馬糞を間違えて食べた旧友と同じ顔をしていることに気がつく。
「どうした?口に合わなかったか?」
「いや。大丈夫です。」
「無理に食べる必要はない。顔に出ている。」
ぺスが大丈夫だと答えるが無理をして食べていることはヘルパーも気づいたようで声を掛ける。
「魔法の味がするんだよ。」
馬を操りながらオプティが振り向き答えを教えてくれる。
フラタニティは理解できない @kashiba_midori
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