第7話 油断がある

「フラタニティ、もう昼にしないか?」


 ヘルパーがお昼ご飯を食べることを提案したのは、太陽が真上を少し通り過ぎたときだった。来た道を振り返ると、今朝出発した町はコメ粒ほどのサイズになっている。


「ふむ。もうそんな時間か。よし、もう少しだけ歩いて昼にしよう。」

「どこで昼にしても変わらないだろ。どこまで歩くつもりだ?」


 辺りを見渡しても同じような高原が広がっているだけで、ヘルパーからするとどこで休憩しても変わらなく思えたのだ。


「ここから、もうしばらく歩けば小川が見えてくるはずだ。そこで休憩しよう。木陰もあるはずだ。」


 この先に小川が流れていて、木陰があるだと?一体何年前の話だ。少なくともこの数十年フラタニティは町の外に出ていない。本当にその木はあるのか?


「・・・分かった。」


 いろいろと言いたいことはあったが、フラタニティの意向に従うことにする。些細なことでフラタニティに逆らってもよいことがないことは身に染みて分かっている。議論が平行線になったときフラタニティは暴力で解決しようとするのだ。暴力沙汰になるくらいなら素直にその小川まで歩いたほうがいい。


 だが、本当に小川があるかは確かめた方がいいな。


 目に魔力を宿し“遠くが鮮明に見える魔法”を使用する。


「ヘルパー。私のこと信用していないな。」


 フラタニティは魔法開発局の局長になる前、魔族と戦う魔法戦士だったこともあり魔力探知に優れている。実際、ヘルパーがなんの魔法を使用したか瞬時に理解していた。


「そうじゃない。どこまで歩くのか、目安が欲しいだけだ。」


 本当は少し疑っていたが、白を切り遠くを凝視する。


「そうか。」


 そう返事したフラタニティの目に魔力が集まっていくのを感知する。フラタニティも“遠くが鮮明に見える魔法“を使用する。


「なんだ。フラタニティも自信がなかったのか?」


 そんな軽口を叩きながら行き先を拡大する。道の先に木が見える。フラタニティの話が正しければその辺りに橋が見えるはずだが、道路を荷馬車が走っており良く見えない。しかも道に対して荷馬車が斜めに止まっている。その光景は不自然である。


「そうじゃない。私もお前の話を聞いて目安が欲しくなっただけ―――ん!? ヘルパー行くぞ。」


 この距離からでは荷馬車が斜めに止まっていることしか見えず、荷馬車より小さい人の姿は背景に埋もれて見えない。だが、荷馬車が斜めに止まっている事実だけで、フラタニティは異変を感じ取り全速力で走り始めたのだ。


 フラタニティの身体強化は他の追随を許さないほど卓越している。ヘルパーの長い人生でいまだにフラタニティと同等の身体強化魔法を使用した人類はいない。ヘルパーも魔法で体を浮かし飛行するが、その差は広まるばかりである。


 必死に先行で走るフラタニティを追っていたが、肉眼で荷馬車を確認できる距離まで来るとスピードを落としはじめすぐに追いついた。


「どうした。フラタニティ?」

「まったく、ヘルパーもまだまだだな。飛行しながら遠くも見られないのか?」

「お前と違って、もう年なんだ。一緒にするな。」


 そう言って、“遠くを鮮明に見る魔法”で見てみると、若い男女が脱輪した車輪を何とかはめようとしているのが見える。


「しろ。ヘルパー。油断があるぞ。」


 フラタニティが足を止めてヘルパーを睨みつける。これは、まじで怒ってるやつだ。「油断がある。」それが、フラタニティがヘルパーに戦闘を教えるときによく口にしていた言葉だ。その言葉があったからヘルパーは魔人との大戦で生き残ることができた。重い言葉だ。


戦闘中は戸惑いや躊躇が生死を分けることが多々あった。何が起ころうとその場で即決して即行動。それが出来ないと油断がある。そう教えられた。


 今の自分はどうだっただろうか?フラタニティよりも早く魔法を使用して馬車を認知していた。それなのにどうだ。俺より後に魔法を使用したフラタニティが先に行動を開始した。それは、間違いなく油断だ。


もし、もしもあの夫婦が魔獣に襲われていたら助けられなかったかもしれない。若い奴らは考えすぎだと、笑うかもしれないが、その判断が必須だった時代を少しでも生きたヘルパーはその重要性を知っている。それを怠ったものから死んでいった時代が確かにあったのだ。


「すみません。確かに油断がありました。」

「自覚があるようでよかった。次は置いていくぞ。」

「はい。」





分かりやすく落ち込んだヘルパーは、髭を撫でながら俯き後ろをついてくる。


 まったく、油断があると言ったところなのだがな。まぁ少しは多めに見てやるか。


車輪が抜けた馬車をそう簡単に直せるはずもなく、フラタニティらは空荷の荷馬車に追いつく。


 荷馬車の通った後には大きな轍がある。なるほど、この轍を通って脱輪したのか。道路の脇を見ると大量の野菜が山になって置かれている。そんな荷主の二人に近づくと怒号が聞こえてきた。


「まったく。だからもっとゆっくり通れって言ったでしょ!」

「ごめんなさい。」

「ほら、もっと力を入れて荷台を上げなさいよ車輪が入らないでしょ。」

「無理だよ。1人で荷台を上げられる訳がないでしょ。」

「じゃぁ。どうするってんのよ。商品も全部降ろして少しでも軽くしようって言ったのはあんたでしょ。車輪直さないと、今月の売り上げゼロよ。どうするのよ。」

「だから、人を雇おうって言ったんだよ。」

「うるさいわね。私のせいだって言いたいわけ。最終的にあんたも同意したわよね。ごめんなさいは?」

「はい。ごめんなさい。」


 夫婦なのだろう一方的に女性に怒られ泣きべそを書きながら荷台を持ち上げようとしている男と、車輪を何とかはめようと試行錯誤している女がいる。


「ヘルパー。油断した反省もかねて、あの人たちを助けてあげなさい。」

「フラタニティ、めんどくさいと思っただろ。」


 ヘルパーがそう声を掛けると、フラタニティはフィっと顔を逸らした。






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