第4話 町の少年

「だめだ。釣れん。釣れないぞ。」

「そう簡単に釣れないさ。1日やって1匹釣れるか釣れないかだ。」

「そうなのか?」

「あぁ。始めたばかりの頃は、釣れないことの方が多かったんだぜ。」


 少年はニカッと歯をむき出しにして笑いながら話してくれる。


「1日釣りをして1匹釣れるかどうか。非効率極まりないな。」

「まぁ、嫌だったらやめても良いんだよ。」

「いや。やる。」


 笑っている少年に対して、フラタニティの顔は、ふてくされた子供のような顔をしている。その顔に気付いた少年は思わずすこし優しく話しかけてしまった。


 あぐら組んで右膝に肘を、手に顎を乗せて、目を細めながら釣り竿を見つめている。


ムッスリとした表情で隣に座る少女。


なんて、姿勢が悪いんだ。町の中央に住んでいる人は上品だと聞いたことがあるが、この少女からは品性が感じられない。ってか、そんなにつまらなさそうな顔しているのに何で釣りするの?何か喋って欲しい。せめて、魔法を使っていたときみたいに得意げな顔をしていて欲しい。


少年にとって、釣りとは友達と会話を楽しみながら気長に忍耐強く魚が食らいつく瞬間を待つのが楽しいのだ。こんなにむすっとした顔で隣に座られると声を掛けづらい。あーぁ。こんなことなら釣りに誘わず1人で釣っておけば良かった。何でも良いから早く釣れて欲しい。釣れればきっと表情もやわらぐはずだ。





あれからしばらく地獄のような時間が続いたが、今は更に状況が悪化していた。


「チッ。」

「ひぃぃ。」


 また、隣から舌打ちが聞こえてきた。怖い。この子、怖い。


 少年は、フラタニティの姿勢と態度の悪さから完全に萎縮していた。


 思うように魚が釣れないフラタニティは文字通りイライラしていた。なぜ釣れない。魔法で強化した目で、魚がどこにいるか完全に把握している。その近くに糸を垂らしているのにどうして釣れない。


 何匹かフラタニティの疑似餌に近づく魚はいたが、餌を食べることはなかった。その様子をしっかりと見ていたフラタニティは、思わず舌打ちを打ったのだ。


 チラリと少年の方の糸を見ても近くに魚の影は見えない。この分だと、今日は本当に1匹も釣れないかも知れない。これの何が、楽しいのだろうか?ストレスがたまるだけだ。


フラタニティは、自身の耳たぶを指で弾き、振り子のように弾いてはキャッチし、また弾く。


 フラタニティは、長い耳たぶをよく触る癖がある。そして、耳たぶを指で弾くときはストレスがたまっているときの癖だ。ここに、ヘルパーがいれば瞬時に察するのだが、今日であった少年には理解できない。


「耳たぶ、長ぇなぁ。」


 フラタニティが耳たぶで遊んでいる姿を見て、ぽつりと少年が呟く。


「何か言ったか?」

「いや、別に何も。」


 声に出すつもりは無かったのか、口を押えながら視線を逸らす。が、フラタニティが逃がさない。


「言いかけたのだ。気になるだろう。良いからいえ。」

「いや、その。耳たぶ長いなって思って。」

「・・・。」


 教会が運営する学び舎で、幼馴染みのそばかすが綺麗だといったら叩かれて泣かれたのを思い出す。温和な幼馴染みだったからこそ、叩かれたことのショックは大きく、それ以来女性の容姿について話さないようにしている。


 ましてや、幼馴染みとは正反対で魔法が得意な子に魔法攻撃されたら命が危ない。


「いや。ごめん。」

「まぁ、いい。断片的に聞こえてはいた。この耳が気になる人はそれなりにいる。」


 フラタニティは、断片的に聞こえた内容と少年の視線から何を言いたいのか、言い当てる。少年は、フラタニティの顔を見てすぐさま視線を下げる。


 耳たぶをつまんで、頬の横で見せびらかすように見せてくる。金髪のロングヘアを耳にかけて背中に流している。首元とうなじがあらわになり、長年部屋に籠もりっきりだったため以上に白い肌が見える。


 最近性を意識し始めた少年に取って少々刺激的な物だった。


「・・・。」

「おい。黙ってどうしたのだ?気になるのだろ触っても良いのだぞ。」


フラタニティは、自慢気に垂れ目を細く自慢気にニヤリとにやける。


「いい。」

「ふーん。つまらない。」


 間延びした返事から、フラタニティの表情から笑みが消える。


 釣りが思うようにいかない腹いせで、少し少年を揶揄ってやろうと思ったのだが期待外れだ。のこのこと耳を触りに来た少年の耳元で「変態。」と囁いてやるつもりだったのだが、小さないたずらは日の目を見ることは無かった。


 仕方なしに、耳について話すことにする。


「昔は、普通だったのだ。だが、魔法を使っているうちに伸びて来てな。」

「魔法を使っているうちに伸びた?」

「あぁ。100歳の頃は、今の半分くらいだった。」

「はぁ。その設定続くのな。」


 少年は、少し残念な物を見る目でフラタニティを見る。今補修を受けている親友も最近「俺の体に魔王が封印されている。」と言っていたのを思い出す。最初は心配したのだが、親に相談するとそういう時期もあるだとか、そのうち治るから心配しなくて良いと言われた。


 フラタニティの荒唐無稽な話も同じ話だと思っている少年は、暖かくフラタニティの話に付き合うことを決める。


 少年のフラタニティの見る目が変わったが、気にせず話し始める。


「私は、魔法で自身に流れる時間を遅くしている。」

「へぇ。それで、長生きしているんだ。」

「あぁ。」

「で、なんで耳たぶが伸びたんだ?」

「魔法で自身に流れる時間を遅くするのだ。分かりやすく、私の1秒は君たちの1時間だとしよう。」

「で?」

「魔法で自身に流れる時間を遅くして、世間一般の時間に合わせて生活するためには、私は君たちが1時間で出来ることを1秒でする必要がある。つまり、ものすごく早く動いているのだ。意味が分かるか?」

「分かんねぇ。1秒は1秒だろ。早いも遅いも無い。」

「そこからか、まぁいい。お前には少し早いからな。時間の流れは相対的なものだ。絶対的じゃ無い。」

「ふーん。なるほどね。複雑な設定だ。それで、耳たぶはどうして伸びるのだ?」


 設定? 少年の反応に違和感を覚えるが、話を続ける。


「ここからは、論理的に話せないのだが、早く動くにも限界がある。速度を早くしていくと、体が重くなってくる速度の壁があるのだ。その壁を突破するために、いくつもの魔法で全身を強化したり浮遊させたりしている。」

「ふーん。考え込まれているんだな。何年考えたんだ。」

「そうだな。最初の基盤が出来るまでは10年掛かった。」

「10年!そんなにも!」


 少年は、顔を青くする。俺の親友が、変なことを言い始めたのは去年だ。長ければあと9年あのままと思うといたたまれない。


 フラタニティは少年の反応に気を良くしたのか、饒舌に話し始める。


「あぁ。未だに改良を続けている。耳たぶに魔法をかけるのが難しくてな。質量を魔法で相殺できず、徐々に伸びてきている。」

「細かい設定なのに、耳たぶが伸びた理由は雑だな。」

「おい。お前、私の話を創作か何かと勘違いしているな。」

「え。そうじゃないの?あっ。」


 言ってしまって、口を押える。


 一度、親友に君が生まれたときはもうすでに魔王は討伐されていると完全論破したとき、一週間部屋に閉じこもったのだ。今日であった名前も知らない少女を不用意に傷付けてしまったかも知れない。


 そう思い。恐る恐る少女の様子を確かめる。


まぁ。信じろというのも。難しい話か。あの天才のヘルパーでさえも、理解できないのだ。目の前の少年が理解できるはずが無い。


「よし。釣りも飽きたし。面白いものを見せてやる。」

「おい。ムキになるなよ。信じるから。」

「その言葉を私が信じるとでも?」

「いやでも・・・。」


フラタニティは、釣り竿を地面に突き刺し、腕まくりをしてのっそりと立ち上がる。


「見ていろ。今から目にもとまらぬ速さで魚を捕まえてきてやる。」

「おい。あぶな―――。」


そう言いかけて、発言を途中でやめる。フラタニティの雰囲気が変わったからだ。


 そこからの出来事は、まさに一瞬だった。


 水面すれすれを飛び、鷹のように魚を一掴みし対岸に着地する。


「どうだ少年、少しは信じる気になったか?」

「すげぇ。どうやったんだ?」


 腕利きの冒険者や教会の聖騎士のような動きで、少年の心を掴むのには十分だった。


 少年のフラタニティを見る目が学び舎の英雄を見る目に変わった。






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