第5話 町の少年
フラタニティが捕まえた魚を川に逃がして、ふわりと風に漂うように先ほど座っていた所に戻ってくる。
そこには、先ほどと打って変わって目を輝かせている少年がいる。少年がフラタニティがただの少女ではないことを理解するのに十分なパフォーマンスだったのだ。
「なぁ。本当に何歳なんだ?」
「だから、230と言っている。」
「違うだろ。それに俺と同じ年齢とも思えない。魔法技術と身のこなし、教会の聖騎士だろ。成人していないと入れない。」
「230歳で、聖騎士ではない。」
フラタニティは少年にヒントとして、魔法開発局のペンダントをちらりと見せる。世界的にはマイナーなペンダントだが、ここは魔法革新の町フラン。勤勉な少年なら知っていても不思議ではない。
「あーーー。そのペンダント。魔法開発局の人だったんだ。あと年齢は23歳だな。随分幼く見えるけど、それなら納得がいく。」
「そうだ。私は23歳で、魔法開発局の職員だ。」
フラタニティが少年に折れた瞬間だった。
本当に230歳だが、この少年はどうしても信じたくないみたいだ。ここで、23歳と折れていた方が色々と話を聞けそうだと判断したのだ。
「やっぱり!なんで230歳って嘘ついたんですか?」
「すまない。少し揶揄ってやろうと思ってな。」
「ひどいじゃないですか。流石にその見た目で230歳は信じられないですよ。まぁ、23歳というのも驚きですが・・・。」
少年は口にしてからフラタニティの様子を伺う。見た目が子供っぽいと遠回しに言ったことで怒られるとでも思っているのだろう。確かに容姿を気にする女性は多いが、フラタニティは自身の容姿を気にしていない。あまりにも気にしていないからヘルパーから、もう少し気を配れと言われる始末だ。
「よい。昔からよく言われていることだ。」
「どうすれば、おねぇさんみたいになれますか?」
「ほう。私みたいになりたいのか?」
「はい。」
少年は、目を輝かせてこちらを見てくる。おねぇさんか。うん。悪くない。その力強い瞳もおねぇさんという音の響きもフラタニティを満足させる。だが、私の高みまで来るのはそう簡単な話ではないし、魔法を極める道など魔法使いの数だけ存在する。この少年に最も適した訓練は何か。それを見極めるためいくつか質問することにする。
「では、いくつか質問に答えてくれ。魔法は好きか?」
「あんまりかな。」
「だよな。子供はみな魔法が好き・・・。なに?魔法が好きじゃないのか?」
「おねぇさんの今の魔法は好きだよ。でも、魔法はなぁ。ほら、年より臭いじゃん。」
「なっ!!」
まったく予想していなかった少年の返答にフラタニティは鈍器で頭を殴られてような衝撃が走る。魔法が年より臭くて嫌いだって!? そんな馬鹿な。少年の目は間違いなく興味を引く何かがあった輝きを持っていた。どういうことだ?
「本当に好きじゃないのか?」
「まぁ。苦手じゃないけど、好きじゃないかな。」
「そうか。なら、魔法を好きになることから始めろ。好きになるのが難しかったら興味を持つだけでも良い。」
「俺には難しいかも・・・。」
「なぜだ?」
「魔法の何がいいのか分からない。」
少年の返答からやはり魔法が好きなようではないらしい。では、なぜ少年の目は、あのような輝きを放っていたのだ。まるで、自分の目標とするものがここにあるようだった。魔法以外の何かに興味を持ったのか?だが、なんだ。
「私の魔法には興味を持ったじゃないか?」
「そうだけど。他の魔法とは違ってかっこいいから・・・。」
「かっこいい?」
「うん。シュって動いてかっこよかった。」
なるほど、そういうことか。
「なら、魔法使いはやめた方がいい。お前は魔法に興味があるんじゃなくて、かっこいいことに興味があるんだ。好きでもないのに極められるほど魔法の世界は甘くない。鍛錬の中での気付きや創意工夫に極端な差が現れる。」
「そうか。」
「魔法を極められなくても、自分が思うかっこいい人を目指せばいい。」
「うん。そうする。」
少年はフラタニティにはっきりと辞めた方がいいと告げられ少し気落ちするが、かっこいい人を目指せと伝えることで納得したようだ。
「少年、君はかっこいい人は好きかい?」
「うん。」
今の話で少年が気づいたかは分からないが、この少年はかっこいい自分を目指している。先ほど見せた魔法はそれを十分満足するようだったみたいだ。だから、魔法を使いたいと錯覚したようだが、本質は違ったのだ。
「なぜ、かっこいい人を目指す。」
「その方が、人生が豊かになる気がするんだ。」
「どういうことだ?分からない。豊かにしたいなら魔法を極めた方がいい。いろんな物を作れるようになるし、お腹いっぱいご飯を食べることもたやすい。」
「違うよ。僕は物に囲まれた豊かさを求めているんじゃない。温かい心に包まれたいんだ。」
「温かい心?」
「うん。僕は心を豊かにしたい。」
少年の釣り竿が大きく弧を描く。
「来た!」
大きく釣り竿を引き上げると糸の先には、顔程のサイズの魚がいた。少年は慣れた手つきで魚から針を外し、しめる。
「どう。僕の方が先に釣れたね。」
「えっ。あぁ。そうだな。大きな魚だ。」
少年は、釣れた魚を自慢げにフラタニティに見せびらかすが、フラタニティにはそっけなく返す。
「おいおい。どうしたんだよ。もう少し悔しがると思っていたのに。」
「・・・。」
つい先ほどのフラタニティであれば、きっと悔しがったのだろうが、フラタニティにとって釣れた魚よりも重要なことを思案していた。「僕は、こころを豊かにしたい。」先ほど少年が話していた言葉を反芻していた。
分からない。人の幸せは、物の豊かさで決まると思っていた。便利な道具が人の暮らしを豊かにし、お腹いっぱい食べられるようになり、それが幸せだと思っていた。誰しもがお腹いっぱいご飯と食べることが幸せではないことは分かっていたが、同じ構図だとばかり思っていた。事実、私の周りにはそのような奴しかいない。
心を豊かにする。どうすればいい。何をすれば心は豊かになるのだ。少なくてもこの子はお腹いっぱいご飯を食べても心は豊かにならないだろう。私が子供のころから随分と人生観が変わっている。これは、一朝一夕に知りえることは出来ない。時間を掛けなければ、肌で感じなければ知りえないことだ。
「おーい。どうした?」
「あぁ。すまない。考え事をしていた。」
「俺は、これから魚を焼いて友達を呼んでくるよ。」
「なんだ。結局食べるのか。」
「当たり前だろ。自力で捕まえた魚はうまいぞ。」
「魚は魚。味なんか変わらないだろ。それに、何人も呼んでいいのか?1口か2口しか食べられなくなる。」
「かぁ。分かってねぇなぁ。」
「お前もここにいろよ。友達が」
◇
少年が友達を呼び帰ってきたころには日が沈みかかっており辺りが暗くなってきたときだった。それまで、釣りを続けていたフラタニティだが結局魚は一匹も釣れなかった。
なぜだ。私の疑似餌の方が断然魚に似ているのに・・・。
フラタニティは、自分が作った疑似餌と少年の疑似餌を見比べるが、なぜ少年の疑似餌で釣れてフラタニティの疑似餌で釣れなかったのか理解できない。
集まった子供たちは近くに住んでいる子供たちなのだろう。雑談しながら魚が焼けるのを待っている。
魚が焼けたのだろう。少年が私のところにはしで突いた身を一塊手にのせてくれる。こんなに人数を呼ぶからたった1口だ。2人で食べれば少しはお腹も膨れたというのに。1口だけでは逆にお腹がすくだけだ。
1口で魚を食べるもいつもと同じ魚の味だ。私は何を期待していたのか。魔法で捕まえようが釣りをして捕まえようが魚は魚だ。味が変わるはずがない。少年に一言言おうとするが少年は子供たちに囲まれて魚を取り分けている。
子供たちはやれ俺の身が小さいだの、骨が混じっているだの、焦げが苦いだの言いたい放題でそれを取り仕切る少年は大変そうだ。全く、2人で食べていればこんな苦労もしなかったのに、何がしたいんだか・・・。
理解できないと少年の顔を見ると、とても満たされた顔をしている。その顔を見たフラタニティは少年の言うことが少し分かったような気がした。
全員に魚がいきわたった時には、日は完全に沈んでいた。辺りが暗くなってきた。そろそろ、周囲を照らす魔法を使用しようかと考えていた頃に誰かが叫ぶ。
「やばい。かぁちゃんが来た。」
「何、逃げろ。」
「こらぁ!あんた達何時だと思っているのよ!早く帰りなさい!」
走ってきた保護者はこの中の誰かの母親だろう。子供たちは蜘蛛の子を散らしたように帰っていく。
「まったく。悪ガキどもめ。心配させやがって、何時だと思っているんだか。」
子供たちはみんな帰って行ってその場に残ったのは、フラタニティと女性のみ。自然と女性がフラタニティの方へ近寄ってくる。
しまったな。すごく悪い予感がする。
「ほら、あんたも早く帰りな。」
「分かった。今日はありがとうと伝えてくれ。」
「ん?待ちな、あんた見ない顔だね。どこに住んでいるんだい?」
「中央から来た。」
「中央!はぁまた遠いところから。あいつら中央の女の子をこんな時間まで連れ回して・・・。ごめんね。おばさんがうちまで送っていくよ。」
「いや。いい。1人で帰られる。それに子供じゃない。」
「そんなこと、許すわけないでしょ。ほらさっさと帰るわよ。親御さんが心配しているわ。ほら家はどっちなの?」
「いや。いい。私は、あれ、あれぇぇ~~。」
女性がフラタニティの正体に気づいたのは、魔法開発局に着いてからだった。
「だから、1人で帰られるっていったのに・・・。」
「すっすみませんでした。私ったらとんだ勘違いを・・・。」
「いえいえ。うちの所長がご迷惑を・・・。」
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