第2話 町の少年

1日前


フラタニティは垂れ目めな目をさらに垂らして、白い大理石の机に頬を付けて、虚ろな瞳で部屋の入り口に魔法で映し出している観葉植物のオブジェを見つめていた。


ここ数年のフラタニティの趣味は魔法オブジェの観葉植物を徐々に成長させることだ。成長させるといっても日々少しずつ成長させているだけで、昨日今日で目に見えた変化などない。だが、そんなことも数年続けると、観葉植物も大きくなるものだ。数日前から部屋の天井に届きそうで届かない状況が続いている。大理石の机の上で育てていた頃が懐かしい。今もなお観葉植物が天井に届く瞬間を見守っている。


「届いた。」


 そして今、観葉植物が天井に当たった。ここ数日この瞬間をずっと待っていたのだ。ただ、観葉植物が生長して部屋の天井に当たっただけだ。何の意味もない。そもそも観葉植物のサイズを調整しているのはフラタニティだ。大きくしようと思うといくらでも大きくできる。何も特別なものではない。そんな、なんでもない出来事にフラタニティは大きな意味を持たせていた。


タイムアップだ。


 観葉植物が天井に届くことは、魔法開発局にこもって新しい魔法のアイディアを考える時間の終わりを意味する。


 これ以上、部屋にこもって1人で考えても状況は変わらない、これ以上は時間の浪費だ。


以前新たな魔法を開発してから30年が経過している。その間、誰も新しい魔法を開発していない。厳密にはいくつか開発はされているのだが、人々の生活を変化させるような大きな発明はされていない。今までの歴史から魔法の発達が世界の成長に繋がってきた。つまり、世界は30年間成長していないことになる。


 あまり気乗りはしないが、少しその様子を確認しに行くか。


町を見て回ると何か新しい課題が見つかるかも知れない。そう思って、数年前も外を見て回ったが、結局課題を見つけることは無かった。町人が困っていることは大体、既存の魔法で解決できることばかりなのだ。


 あまり期待はしていないが、町を散策することで何か新しい気づきがあるかもしれない。


フラタニティは、魔法で外出用の服に着替え外に出る準備を済ませる。着替えた服は何十年も着ているお出かけ用の服だ。今のファッションからすると随分古風になるが、そんなことを気にするフラタニティではない。フラタニティが興味を示すのは魔法に関することのみだ。





町並みを見ながら歩くフラタニティは、町になにか違和感を抱くが、その正体を確かめられずにいた。頭をかしげて耳たぶを人差し指に巻きながら周囲を見渡すが、それ程おかしいところはない。


 数年前と比べるとほとんど変わっていないが、200年前と比べるとこの町は随分変わっている。フラタニティが子供のころは1000人程度の小さな町で、町の中心には非公認の何度も増改築を繰り返した教会が立っていた。フラタニティはその教会で育った孤児だった。


 違和感から周囲を観察するもその正体が分からない。久しぶりに外に出たことによる弊害だと結論づけて、今度は長い耳たぶを撫で大きく発展した町を感慨深く思いながら歩く。


 いつしか非公認の教会も公認となり、さらに技術開発局が設けられ魔法革新の町と呼ばれるようになった。かつての増改築を繰り返した統一感のない教会は、白い岩を削り出して作ったような立派な教会になっている。


町の中心から住宅街へと入ってきた。住宅街まで来ると、技術開発局はもうほとんど見えない。通路が狭くなり、人通りが多くなる。すれ違う人々は皆肉付きがいい、皆食う物に困っている様子はない。


人々の暮らしも安定していそうだ。フラタニティは子供の頃の町の住民と見比べて、町が豊かであることを確信する。


家の中を覗くと学習する知能を持ったゴーレムが洗濯魔法で衣類を洗濯している。フラタニティが30年前に仲間と共に発明した魔法だ。丸い水球の中で衣類がグルグル回っているが、洗剤を入れすぎているのかどう見ても過剰に泡立っている。


ゴーレムはそれを見て事態を認識しているが適切な対応ができずにその場で回っている。奥から赤毛の女性が大きなタオルを持って溢れた泡をふきに来た。学習するゴーレムは、これでまた1つ学びを得ただろう。





 郊外に出て農作エリアに出るも働いているのはほとんど学習するゴーレム達だ。ごくたまに人が働いている姿も見るが彼らは好き好んで働いているのだろう。物好きな人だ。せっかく働かなくても食うに困らないというのに・・・。


フラタニティが子供の頃は、人が魔族に狩られていた時代で、今よりもずっと過酷な時代だった。貧しく必死に働いても食うに困る時代で、どうすれば魔族に襲われても生き残れるか、どうすればお腹いっぱいご飯を食べられるかばかり考えていた。


 そんな中、川で釣りをする少年を見つけた。


 フラタニティにとって川で釣りをすることは、お腹いっぱいご飯を食べる手段の1つだ。つまり、少年は空腹を満たそうとしているのだ。


ゴーレム達が農業をするようになっても、まだ経済格差は埋まりきっていないようだ。今は、最低限必要な労働はゴーレムがまかなっていると聞いている。労働の手が人からゴーレムに移り変わってから、労働力はそれ程求められなくなった。働かない住民は領主から日々、支給を受けて生活している。より裕福な生活をしたい者は働くが、そうで無いものは、日々趣味や娯楽に身を投じている。そんな社会だから、食うに困る子供がいるとは思わなかった。


 孤児なのだろうか?


 少し痩せているようにも見える。


少年は魚を捕まえる魔法を知らないのか、古典的な道具を使用して魚を釣ろうとしている。小川に糸を垂らしてじっと魚が掛かるのを待っている。


 空腹の辛さをよく知っているフラタニティは、少年に魚を捕まえてごちそうすることにする。ただの気まぐれだった。


「魚を捕まえる魔法(キャッチザフィッシュ)」


 大きな魚を2匹捕まえたフラタニティは得意げに少年に話しかける。1匹は自分用にもう1匹は少年用だ。食べ物を分け与えるときは人数分用意した方が相手も受け取りやすい。


「どうだ少年。1匹いるか?」

「いらない。それに、少年じゃない。見た感じ同い年だろ。」


 フラタニティにとって、少年の返答は意外なものだった。思わず捕まえた魚を滑り落としてしまった。


魚はペタペタと地面を何度か跳ね回り、砂まみれになりながら川へと帰還していく。


釣りをしているのは、魚を食べて空腹を満たすという目的があるからだ。どこに私の魚を拒む理由がある。


フラタニティが少年に興味を持ったきっかけだった。


フラタニティは魚を少年にあげたらさっさと散歩の続きをする予定だったが、予定変更だ。フラタニティは少年の隣に座る。


「私は230歳のお姉さんだぞ。」

「あはははは。魔法の扱いは上手いようだが、歴史の勉強は不得意のようだな。冗談はもう少しうまく言うべきだ。」

「どういうことだ?」

「細胞を新しくする魔法は今から90年前に開発された魔法だ。細胞が壊死していく歴史上最悪の伝染病を治すために開発された伝説の魔法の1つだ。230歳ということは、その魔法が開発された時、お前は140歳と言うことになる。当時の人の寿命を考えると生きているはずがない。つまりお前は230歳ではない。」

「ほう。勉強しているようだな。」

「何が、勉強しているなだ。大体、細胞を新しくする魔法を使用しても見た目は年老いていく。見た目、同い年のお前は精々16歳くらいだろう。」

「ふっ、若いな。自分が知っていることだけがすべてではないぞ。」

「なんだよ。意味分かんねぇ。」


 フラタニティの口角が上がる。努力をしない怠け者は嫌いだが、努力をする人は好きだ。この少年は、しっかりと学習している。つまり、フラタニティの好きな努力する人間だ。フラタニティはすぐに姿勢を崩し興味を持った少年を覗き込むようにして観察する。


 あぐらを組んで色々と見えてしまいそうな姿勢で近寄ってくるフラタニティに少年は居心地悪そうに姿勢を正して水面を凝視する。








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