海に揺蕩うように、夢に揺蕩う。

 海は母である。母なる海。生きとし生けるものが還る場所。だからといって、いついかなる時も平静を保っているわけではない。波打つ海面のように、それはとても不安定なもの。でも、今日はどうやら落ち着いているらしい。寄せては返す揺らぎも穏やかで、赤ん坊をよしよしとあやすような、そんな安心感に満ち満ちている。
 こんな日だ。この満ち足りた安心感の中で、私も希望をつぶやきたい。エマとこの海を眺める日を。

 コウテイペンギンがいかに過酷な環境に身を置いているのか。南極というただの氷の塊の上で、生活する彼らにとっては、常に命の危険と隣合わせな環境にある。繁殖においても例に漏れず。どころか、卵を漏らして(滑らせて)しまう危険性すら孕んでいる。(卵だけに)。足だけを使って、命のバトンを渡し、地面に(氷面についたら消えてしまう)その小さな灯が消えてしまわぬように、足で挟み下腹部を乗せる。聖火といっても過言ではない命の灯に、彼らの命懸けの繁殖に拍手を惜しむ人はいないだろう。
 ペンギン団子、なんてかわいらしいネーミングを付けると、怒られてしまいそうだけれど、彼らにとっては雌がかえって来るまでの大切な期間。お互いがお互いのボディガード……あるいは、SPのように要ペンギン警護に全力を注ぐ。そこに縄張り意識があっては、自縄自縛というもの。むしろ、自縄を各雄同士でつないでいく……なるほど、文字通り、縄張りのようだと我ながら思った。
 というぬいぐるみの語りは、とても興味深く読み進めると、まさかのエマからのダメ出し。……いやそれはなんというか、試行錯誤の末、たどり着いた最適解というか、進化の過程で環境に対応するため最も効率の良いスタンスに落ち着いたというか、ある意味不可抗力というか……。なんて、ぬいぐるみ側に立ってあれこれ理由をまくしたてようと思ったのですが、もしかするとそんなことを言っていたら、このぬいぐるみも壁に叩きつけられてしまうかもしれませんね……。
 ペンディア。結局最初の案はエマに却下され、フェードアウトしていくペンディア。私は内心、壁に叩きつけられたり、文字通りお蔵入りにならなくて良かった……とホットとしました。
 日を改めて、ペンディアに問いかけ、何をしているかを問うペンディア。そして、語られる海の景色。ペンギンとは思えぬ語彙の多さで、多分に語られるその情景は、多彩なパノラマのように、万華鏡のように。どんな色になってもキラキラと輝いているのだろうと思いました。
 そんな中訪れた、奇妙な遭遇の機会。幻聴は現実になって、確かにエマとのパスをつないでいるなんて……幻想的でありつつも、決して幻ではないとまるで太鼓判のように押してくれるエマに心を打たれました。『幻想的』、なのではなく『現想的』になった瞬間でした。
 エマの口から語られる、残酷な真実。これも決して幻ではなく、でも逆に幻であってほしいと願うばかりの事実。
 身も心も焼かれるような残酷な内容に、言葉を失いました。お鉢が回ってきただけなんて……でもそのお鉢は、真っ赤に焼けた火鉢で……。
 勇気あるファーストペンギン。
 袋小路の袋を破り、向かう先は宇宙。ファーストでありセカンドである二人。宇宙へと希望を見出す彼に対し、リンが婚姻関係を解消してまで反対した理由。
 それは、視点の問題だったのかもしれません。彼も確かに、娘の事も含め未来を見据えていた。しかし、それは地上から見ているだけだった。
 対して、リンはバードビューイング……すなわち、鳥類の視点から未来を俯瞰して捉えていた。当然、地上から見る未来と遥か上空から見える未来では、見通せる範囲が段違いですものね……。
 リンが見ていた未来は、すでに発見された小惑星への侵略が開始される未来。これは予知ではなく、事実。地上にいる彼にとっては、そこまではさすがに見通せなかったことでしょう。
 コウテイペンギンの子育て。絶食から解放された雄は雌と交代し、餌を取りに海へ。その距離はどれだけ果てしないのか、想像に難くない。
 孵化から150日後。ヒナの独り立ちの時。ただの氷の塊の上にポツンと取り残されるヒナたちの心境を思えば、心苦しくなりつつもその先に待つのはさらに過酷な運命だと考えれば、ヒナたちにとってみれば、これが最初の試練と捉えることもできなくはないのかもしれない。
 おっかなびっくり海に飛び込んでいくヒナたち。まだまだ危なっかしく親の保護下に置かれるべきと考えるのも自然な流れではあるけれど、自然を前にすればきっとそんなことは言っていられない。
 それでも、自然に流れてきたこの水は、きっと南極の海よりも冷たい水なのかもしれません。
 宇宙に揺蕩うこと数日。呼び声に応える声を海に投げ続ける。ぽちゃんという音すら立てずに水面に消えていくその声を相手が拾ってくれることを祈って。
 私は今、エマの部屋にいる。マキオが出立前に仕掛けを施したそのペンギンは、今もエマの部屋にある。任務中彼は行方不明になったし、たとえ生きていたとしても、将来的にリンから「ノー」を叩きつけられ、決して帰国は叶わなかったことでしょう。さながら、エマがぬいぐるみを壁に叩きつけるように。
 願いも、願いも、かなわないのなら、何もかもを投げ出したくなる。リンにはどうしたって敵わない。母は強し。
 もしかすると、私が今浸かっているのは、海なのではなく、ぬるま湯なんじゃないかと思えてくる。どっちつかずな私を「それで良いんだよ」と思考や判断をぼかしてくるような、でもそれで自分が納得してしまうような。
 私の声が聞こえますか? あなたに訊きたいことが山ほどあるの。山って言っても、ピンとこない? ええと……そう、氷山みたいな。いつか、この声が届いたら良いな。そして、あわよくば。ちゃんと答えが返ってくると良いな。
 寄せては返す、波のように。